スーパーの野菜や果物のコーナーで「糖度○度」という表示を見たことがある人は多いのではないでしょうか。糖度が高いと言われると、思わず手が伸びてしまいますよね。
ところが料理に使う食材としてみると、必ずしも甘いものがいいというわけではないようです。甘い野菜や果物がもてはやされる中、プロと一般消費者の嗜好の違いを紹介します。
目次
「甘くない」からおいしい!酸味が全体のおいしさを引き立てる
甘い方がおいしいとされているフルーツでも、あえて甘すぎないものが好まれることがあります。その一例が、ショートケーキや大福に使われている「いちご」です。これらには、あえて酸っぱいいちごが使われます。
単品で食べると物足りなさを感じるものでも、スイーツにするとちょうどいいアクセントになります。生地や生クリーム、あんこの甘さにほどよい酸味のある食材を組み合わせることで、全体のバランスが整うのです。
パティシエなどのプロは食材を単体ではなく、ひとつの食べ物(料理)として見たときの味わいを作り出しているといえるでしょう。
味覚から見る一般消費者が感じる「おいしさ」とは
「簡単・便利・早い」を好む一般消費者
プロがそのような計算をして作っていても「ショートケーキのいちごは酸っぱくて苦手」という声は少なくありません。
一般消費者の味覚とプロの味覚には違いがあるのでしょうか。それについて、日本の家庭の食卓文化をリードしてきたミツカンの興味深い調査を紹介します。
2014年に同社は、味覚リサーチを専門にした部署を立ち上げました。この専門部署ができたのは、同社が数多くのマーケティングリサーチを行なってきた中で感じ始めた危機感があったからです。
食品会社では新商品の開発の参考にいくつもの調査を実施します。商品開発の中では、実際にモニターにサンプルを試してもらい、アンケートを実施することもあります。
そうして集めたアンケートを集約したものを商品開発に活かすわけですが、その結果生まれた味はどうしても平均的なものになってしまうことが次第に分かってきました。
近年の一般消費者が求める食べ物への傾向は、従来のそれとは変化しているといいます。どのように変化したのか。調査から分かったのは「簡単・便利・手間がかからない」部分の比重が大きくなっていること、おいしさへの関与度が低くなっているという事実でした。
食の専門家から聞こえる「食べ疲れ」
一方で、調査からは「食べ疲れ」というキーワードも浮かび上がってきました。食の専門家からよく聞かれるようになった言葉だそうです。
最初の一口でインパクトのある味を目指した結果、押し出しの強い味が主流になってきていることが原因の1つだと分析しています。スーパーに並んだ「糖度○度」をウリにした野菜や果物は、そうしたインパクトのある味を追求した結果といえるかもしれません。
プロの場合「甘い」という表現ひとつをとってみても、必ずしも砂糖をたくさん使っているという意味ではないことがあります。
こうした微妙な表現を再現するために「調査に頼るだけでは限界がある」と感じたミツカンは、プロの料理人の元で社員を修業させる取り組みを始めました。
食材から見るプロと一般消費者の選ぶものの違い
一般消費者の食材選びは「手間なし・使い回しのしやすさ」重視
食材についてはどうでしょうか。もっとリアルな声を聞くために、詳しい方にお話をうかがってみました。お話いただいたのは、プラネット・テーブル株式会社の創業者・菊池紳さん。
同社は、農畜水産業や食の分野で生産者とプロをつなぐプラットフォームを運営している注目のベンチャー企業です。
菊池さんから飛び出した一般消費者が好む食材のキーワードは「使いやすい・簡単・時短」。味はモノトーンなもの、言い換えると際立った特徴のないものが好まれる傾向にあります。具体的な食材としては、ジャガイモやたまねぎなど。どこでも買えて、レシピ数が多く、いろんなものに使える食材が挙げられます。
また、洗ったら調理せずにそのまま食べられるものや、単品で食べても満足できるものも好まれます。肉は薄切り肉やミンチなど、自宅で切る必要がなく、火の通りやすいものが人気です。
プロの食材選びは「五感を表現できる」もの
一方、プロの好む食材は対照的です。好まれるのは、辛味、苦味、酸味などしっかりとした特徴を持つ食材。エンダイブ、わさび菜、からし菜、ルッコラ、クレソンなどクセのあるものが注目されています。
味覚のほかに、プロが食材選びの上で大切にしているポイントがあります。それは、色と食感です。よりカラフルで視覚に訴えるもの、カリカリ、サクサクなど食べたときに意外性のあるテクスチャーのものが好まれています。プロが好むのは五感を表現できる食材といえるでしょう。
なぜプロと一般消費者とではこれほど食材に対する嗜好に違いがあるのか。それをひも解くカギは、外食に求められるものの変化にあります。
外食産業を進化させたのは“外食に慣れた層”
かつてシェフは、おいしいものを作るいわゆる『職人』でした。今も基本的な立ち位置は変わっていません。他方、一般消費者が外食に対して求めるものは、より広がりました。
日々の食事の延長から新しい味覚の発見まで、時と場合によって求めるものが変わってきたのです。その結果、外食はより非日常性を求められることが増え、それに伴ってシェフは『職人型』から『アーティスト型』へと進化していきました。
消費者側の意識が変わった理由の1つは、外食に慣れた通の消費者が増えたこと。外食業界の情報発信も担う彼らは、多少のことでは感動してくれません。外食に慣れた層から見れば、もし、サラダに一般家庭にもある普通のレタスやキャベツしか入っていないとしたらガッカリしてしまうでしょう。
こうして消費者ニーズをとらえることに貪欲なプロは、次第に「他の人とは違うもの」を求める傾向が強くなっていきます。市場にまだ出回っていない、めずらしいものという観点で食材を探しているうちに、プラネット・テーブル株式会社の提供しているプラットフォームに行き着くプロが多いようです。
まとめ
わたしたちが生きていくために欠かせない食。一般消費者は食に対して「簡単・便利・時短」を求める傾向がある一方で、プロは「他とは違うもの」「五感を表現できる」ことを求めていることがわかりました。
変わらないことに価値を置く日常の食から、常に目新しいものを求めるエンターテイメント性の高い食まで、その形態は実にさまざまです。食のトレンドの変遷を知れば、今よりもっと食べることを楽しめるようになるのではないでしょうか。
<取材協力>
企業名・人名 | プラネット・テーブル株式会社・創業者 菊池 紳氏 |
<参考資料>
ミツカン社員がプロの厨房で“修業”するわけ(前編)(日経ビジネス、2018/9/26)
味覚をリサーチするミツカン。「おいしい」」未来の食卓とは(後編)(日経ビジネス、2018/10/3)