様々な形のグラスに様々な液体が入っている写真

木本硝子株式会社」は昭和6年(1931年)に浅草でガラス食器問屋として創業し、ガラス食器の世界を長年見続けてきました。
海外工場から大量にガラス食器が輸入されるようになり、消費者は低価格の製品を購入することが可能になる一方で、祖父の代からパートナーとして付き合いがあった工場やガラス職人たちが海外製品に押され青息吐息に。

三代目となる代表取締役の木本誠一さん(以下、木本社長)が現在チャレンジしているのは、江戸切子など日本の伝統技術の力と現代のライフスタイルに合うスタイリッシュなデザインを融合させたグラス商品の企画制作です。なかでも力を入れているのが、日本酒のための専用グラスのプロデュースです。(画像は、木本硝子の「es」シリーズ)

今回は、生まれ育った東京都・台東区の街、そしてモノを作り出す職人たちを心から愛する木本社長の想いと、魅力的なガラス商品を次々と世に送り出す先駆者としての取り組みについてお聞きしました。

輸入硝子の影響を受けてガラス食器業界は変わった

木本社長は大学卒業後、大手総合電機メーカーに4年勤務したのち、ガラス食器問屋の「木本硝子株式会社(以下、木本硝子)」[前述で記載済]を三代目として家業を継ぎました。
大学でマーケティングを学び、大企業で世の中の動きを見て、これからはスーパーマーケットが流通を変える時代になると確信。それまで百貨店を主な取引先としていましたが、大手流通グループとの取引を開始。

グラスがたくさん置かれた棚の前に座る木本社長の写真

ショールームで取材に応じる「木本硝子株式会社」代表取締役 木本誠一さん(ライター撮影)

「当時は輸入総代理店制度のもと、例えば海外で3,000円で売られているグラスを、日本で1万円の値付けで売る時代でした。うちの会社は海外のガラス工場と直接取引を行って大手スーパーに卸していたので、それまでの輸入ガラス食器価格相場の3分の1で売ることができました。」
「消費者により求めやすい価格で提供できるようになり、国内外価格の是正にはなったかな」と木本社長は振り返ります。

順調と思えた経営は、世の中がデフレになるに従い下降線をたどるように。会社存続のため大規模なリストラを行った3カ月後、リーマンショックが襲いました。早めに手を打っていたので大打撃は免れましたが、社員は減り、それまでとは違う経営をする必要があることは明らかでした。

幼い頃からガラス業界を見つめてきた木本社長に、ある考えが浮かびました。

「消費者が求めるガラス食器を、作り出せばよいのではないか」

こうして、ガラス問屋として職人と市場を繋いできた木本硝子が、プロデューサーとして積極的に商品開発に関わるようになるのです。

既成概念にとらわれない商品を生み出すコラボレーション

木本硝子では、祖父の代から付き合いがあった江戸切子の製品は、長年継続して取り扱っていました。江戸切子とはその名の通り、ガラスの表面にさまざまなカット模様を施すガラス工芸で、江戸の伝統産業でもあります。

「職人が作るからクオリティが高いのは認めますが、デザインが現在のライフスタイルに全く合わない、古臭いと感じて」木本社長は自分で新しい江戸切子のデザインを考えますが、どうしても既成概念から抜け出せません。

ある日、社外のデザイナーの力を借りることを思いつきました。
「もともと私は人と同じことをするのが嫌い(笑)。自分たちでダメなら、外部のプロの力を借りればいいのです。知人に日本酒が好きなデザイナーがいたから頼んでみたんですよ。」

そこで企画したのが黒の江戸切子。「江戸切子と言えば赤か青」という常識を破り、黒という現代的な色彩を取り入れたのです。

モダンな高層マンションの生活にもマッチするグラスを作ることができれば必ず売れるだろうという予感があっても、考えたデザインを形にしてくれる作り手を見つけるのは楽ではなかったと言います。
「職人に今のままじゃだめだから黒い切子をやろう!と話しても、総論で賛成でも各論で『俺の仕事じゃない』と断られましたね」と木本社長は振り返ります。

黒のストライプ模様が入った様々な形のグラスが5つ置かれた写真

「KUROCO ストライプ」(画像提供:木本硝子)
黒の江戸切子グラスは「第五回東京の伝統的工芸品」チャレンジ大賞を受賞

江戸切子は色がついたガラスと透明なガラスの2層構造になっていますが、黒の切子は通常の切子よりも技術力が要求されます。

まず、表面の薄い黒いガラスが光を通さないようにするために高い技術力が必要です。また、グラインダーで模様を削る時に、黒はかなり見えにくいので苦戦を強いられます。さらに、ただでさえ加工が難しい黒色を使うのに、グラスの上部ギリギリまで加工を施すデザインを採用したので職人にはハードルの高い要求を強いる商品となったのです。

黒の縞模様の江戸切子の写真

「KUROCO リング」(画像提供:木本硝子)

黒色の玉市松模様の江戸切子の写真

「KUROCO 玉市松」(画像提供:木本硝子)

グラス上部は薄くなり割れやすいため、加工を嫌う職人がほとんどでしたが、職人魂に火がつく人がいました。そんな職人と外部デザイナーとのコラボレーションで付加価値がついた黒い江戸切子の製品は、食器売場以外に高級家具店やセレクトショップへと販路を拡大できる魅力がありました。
こうした商品開発の全体を取り仕切りる自らの役割を、木本社長は「プロデューサー」だと強調します。製品を作るのは工場や職人さんの仕事。デザインはデザイナーの仕事。「問屋としてあらゆる職人やデザインを見てきた自分は、企画と全体をまとめることに徹する」という姿勢を貫いているのです。

KUROCOのカタログの写真

木本硝子の商品カタログには、工場、職人、デザイナーの名前が記載されている(画像提供:木本硝子)

なぜ「日本酒用のグラス」がないのか?という違和感

木本硝子が今力を入れているのが「日本酒グラス」のプロデュースです。
「日本酒グラス」にこだわる理由は3つあります。

  1. 世界にはベネチア、ボヘミアに代表される歴史と伝統のあるガラス文化があるが、「江戸切子」だけでは商品インパクトが弱い
  2. 市場には「売りやすい価格帯」に合わせて製造される製品ばかりでエッジが効いた製品がない
  3. 無類の日本酒好きの木本社長が自分で使いたいと思う日本酒グラスがない

特に3つ目に挙げた、日本酒グラスがないことへの違和感を持つようになったきっかけには、いくつかあるそうです。

木本社長は普段から現場に足を運ぶことを大切にしているので、時間をつくっては日本全国の酒蔵を巡っています。酒の造り手の想いを聞いてまわっている時に、海外を視野に入れている酒蔵がワインに対抗するためにラインナップを揃えようとしていることを知ります。

ですが、国内外の飲食店で日本酒の提供にいつも使用されるのはおちょこ、ぐい呑、もしくは素っ気ないプレーンなグラス。日本酒と料理のペアリングを楽しむ動きが加速しているのに、気の利いたお店でも使われているのはワイングラスばかり。日本酒好きの女性が増えても、おしゃれに持てるグラスがない…といった現状への不満が湧いてきました。。

ワインの場合は、ブドウの産地にあわせてグラスを替えますし、スパーグリング、白ワイン、赤ワイン、デザートワイン、とそれぞれに適したグラスが存在します。
「日本酒の銘柄にあわせたグラス、日本酒と料理のペアリングに合わせたグラスがない」という現状にまずは気づいてもらうことが大事だと木本社長は語ります。

こうした違和感を解消すべく、木本社長は魅力的な日本酒グラスのプロデュースを心に決めます。日本酒専用グラスは、ないのが当たり前。酒蔵すら疑問に思わなかった(もしくは潜在的に思っていた)ニーズを、木本社長が顕在化したのです。

「Mai」シリーズのグラスの写真

「Mai」シリーズ(画像提供:木本硝子)

女性デザイナー秋山かおりさんがデザインしたグラスは、優しいフォルムが女性にも人気です。

ガラスのおちょこのようなフォルムのグラスの写真

フランス人デザイナーのArthur Leitner氏がデザインした「Brume」(画像提供:木本硝子)

現時点ですでに60種類の日本酒グラスをを製造し、今年末には100種類のラインナップを揃えようと目論んでいます。

「目指すのは、世界で唯一の日本酒グラスのプロデューサー。飲食店が料理とお酒を提供する時にベストなペアリングができるグラスを提案できる充実したバリエーションを持つ会社にしたい」と意気込みます。

日本酒の特徴にあわせた日本酒グラスの使い分けを!

実際に同じお酒を入れて飲み比べをさせていただきましたが、グラスの違いが香りや味わいの感じ方をいかに変化させるのかを体感できました!
よく見かける酒造組合認定グラス(写真一番左)に比べて、ボウル部分がすぼまったグラス(ESスリム01:写真中央)でいただくと、すっきり感がより感じられました。一方、ボウル部分が大きめのグラス(ESステム01:写真一番→)でいただくと、香り成分が鼻に届きやすいため、より繊細に香りを感じることができました。

グラスの種類と特徴と書かれた紙の上に3種類のグラスが置かれている写真

「体験」がコンセプトのショールームにて、3種類のグラスで日本酒の味わいの違いを飲み比べ(ライター撮影)

芳醇な香りをもつ大吟醸系の日本酒に向いたグラスと、すっきりとした飲み口の発泡系や淡麗系の日本酒の良さを引き立たせるグラスは違うもの。グラスをいかに使い分けるかでお酒の魅力の引き出され方が変わってきてしまうのですね。

「我々がやっているのは全ての人がハッピーになることです。料理とペアリングする際に、食材や日本酒の美味しさをよりよく引き出すことができれば、生産者・お客様・飲食店のみんなが笑顔になります。たかがグラスですが、グラスを通じて少しでもお役に立つことができれば嬉しいです」と木本社長。

「メイド・イン・トウキョウ」の誇りと今後への期待

木本硝子の商品には「KIMOTO GLASS TOKYO」とう表記が入りますが、「TOKYO」と入るのには理由があります。これは、木本硝子の商品のほとんどが東京都内の工場や職人さんによって作られている「メイド・イン・トウキョウ」を意味しています

ライトアップされた木本硝子のショールームの写真

木本硝子株式会社のショールーム外観(ライター撮影)

多くの伝統工芸と同様に、ガラス職人や工場も高齢化と後継者不足が深刻化しています。「その理由は、給料が安いから。仕事にプライドを持つことができて、年に1回家族で海外旅行に行くような生活が送れるならば、ガラス職人をやりたい奴が絶対にでてくる」さらに「お客様にガラス食器の新しい世界観を伝えることが木本硝子の使命。その結果、作り手の仕事が増えればこんなに嬉しいことはないです」と語る木本社長の言葉の端々から、職人に対する敬意を感じることができます。

地域と一体になり、仕事や生活、人生を楽しむ生き方を大切にする考え方の源を聞くと、「祭りのDNA」があるからと木本社長は説明してくれました。台東区は浅草最大の祭り「三社祭」をはじめ、大小さまざまな祭りが開催されている街でもあります。

ガラス業界を見続けて半世紀が経ち、今はガラス食器に関わる職人や地域、そして日本の文化をトータルで見つめ、プロデューサーとしての仕事を心から楽しんでいる木本社長。
これからどんな新しい「日本酒グラス」が生み出されるのか、そして生み出された「日本酒グラス」がどう食事シーンを豊かにしてくれるのか、今後が楽しみです。

取材協力

「第10回台東モノマチ」 多業種が集まる台東区南部・徒蔵(カチクラ)エリア(御徒町〜蔵前〜浅草橋にかけての2km四方)を歩きながら「町」と「モノづくり」の魅力に触れることができるイベント。今年は5月25、26、27日の3日間開催され、大勢の来場者で賑わいました。木本社長が木本硝子が変わる10年間とリンクするイベントと言うように、イベントで出会った人たちとのコラボが製品づくりに生かされています。
企業名 木本硝子株式会社
住所 東京都台東区小島2-18-17 (都営大江戸線新御徒町駅より徒歩3分)
電話 03−3851−9668 (ショールーム訪問時は要事前)
URL http://kimotoglass.tokyo/