
多くの病院では、入院する病児には病院食が出ますが、病人ではないお母さんなど付き添いの家族には食事は提供されません。有料の付き添い食が出る病院はごく稀です。結果、カップラーメンやおにぎりだけなど偏った食生活に連日の看病疲れが重なって、体を壊してしまうお母さんも少なくありません。
2015年7月、闘病中の子どもを抱えて過酷な状況にある病児ママを美味しい食事で応援しようと、NPO法人 キープ・ママ・スマイリング(以下KMS)の活動はスタートしました。調理ボランティアのほか、一流シェフや管理栄養士、大学食物栄養科の教員・ゼミ生など、多数の食のプロが活動に参加しています。
目次
入院中の子どもに付き添うお母さんと家族を、温かい食事でサポート
現在のメインの活動場所は、国立成育医療研究センターの敷地内にある「ドナルド・マクドナルド・ハウス せたがや」(東京都世田谷区)です。ここは入院中の子どもに付き添う家族が滞在するための施設で、KMSでは、滞在中の病児ママ・家族に向けて月に一回夕食を作っています。
全国のマクドナルド・ハウスでは、滞在者に夕食を無料で提供する「ミールプログラム」を実施しており、KMSはその活動に参加し、独自のミールを展開しています。主婦や飲食業関係者、家族連れなど、さまざまな調理ボランティアが参加して毎月開催される「大人ミール」以外にも、栄養士を目指す大学生のゼミが食事を作る「細田ゼミミール」、学校の長期休暇には中高生が食事を作る「中高生ミール」、大晦日には「おせちミール」なども実施しています。
KMSが開催したミールプログラムは既に60回を超え、のべ2,000名以上のお母さんたちに野菜たっぷりの温かいごはんを届けてきました。
■有料ボランティアでも参加者は常に満員!人気の秘密は?
取材をさせていただいた2019年10月20日の「大人ミール」活動日には、ハウスの23室すべてが満室。約50人分の食事を作ることになりました。
この日は、青山の人気レストラン「The Burn」料理長・米澤文雄シェフ考案のオリジナルメニューを提供する回。米澤シェフが指導する回は特に人気が高く、すぐに満員になってしまうそうです。今回の調理ボランティアの参加者は15名でした。

米澤文雄シェフ
NYの三つ星レストラン「ジャン・ジョルジュ」本店で日本人初のスー・シェフを務め、「ジャン・ジョルジュ」東京店で料理長に就任。2018年夏から青山のグリルレストラン「The Burn」の料理長に。KMSが実施するミールプログラムには2015年の開始当初から参加、無償で協力している
調理メンバーは皆ボランティアですが、米澤シェフの回は参加費を支払います。これはすべて材料費にあてられます。
ボランティアの参加理由は、「ミールプログラム」の趣旨に賛同しているのはもちろん、著名なシェフと一緒に調理ができ、調理のコツやポイントを直接教えてもらえること、家庭ではなかなか作り出せないプロの味を試食できることに魅力を感じている人も多数いました。参加者の満足度は非常に高く、リピーターも多いそうです。
米澤シェフ考案のメニューには、ハーブやスパイス、柑橘類がアクセントに使われることが多く、市販のトマト缶を使う時には生のトマトも一緒に合わせて風味をよくするなど、プロならではの食材の組み合わせや、ちょっとした工夫が好評です
「通常のミールは40人分で2万円以内、一人あたり500円の予算でメニューを考えますが、米澤シェフの回は40人分で3万円程度に見積っています。お母さんたちに美味しいものを食べてほしいので、米澤シェフの回だけは特別(笑)。ボランティア参加者は各回平均7~8名なので、参加費はちょうど材料費相当になります。活動を持続させるための料金設定です」(NPO法人キープ・ママ・スマイリング理事長 光原ゆきさん)
■温め直しても美味しい、野菜不足を解消できる…お母さんたちのために考えられたメニュー
KMSが実施する「ミールプログラム」では、主菜・副菜(1~2品)・汁物の組み合わせが基本ですが、この日の献立はバターチキンカレーとさつまいもとリンゴのポタージュ。カレーに添えられた数種類のアチャールやピクルスが目にも鮮やかで食欲をそそります。
米澤シェフに毎回「ミールプログラム」の献立を考える際に気をつけていることを尋ねてみると、ポイントを3つ挙げてくれました。
<献立を考える上でのポイント>
- 温め直しても美味しいこと
- 調味料をあまり使わないこと
- 野菜をなるべく多く使うこと
「調味料をたくさん使うと、味が難しくなります。料理がいくら美味しくても、食べ進めるうちに次第に身体が疲れてしまうことってありませんか?普段食べるものはシンプルな方が身体にやさしい。疲れたお母さんたちには、野菜をたっぷり使って、身体に負担の少ないやさしい味を提供したいと考えています」(米澤シェフ)
また、マクドナルド・ハウスのキッチンはレストランの厨房とは違い、滞在するご家族が自炊をするための設備となっています。ガス台やシンクの数は多いものの、火力やサイズは一般家庭レベル。調理ボランティアの調理スキルもプロ並みではありません。普段とは違う苦労もあるのでは?
「調理道具が限られるので、料理工程は工夫しています。この活動の開始当初は大量の煮込み料理を作るための大鍋もありませんでした。寄付をいただいて大型のボウル、バット、鍋、ミキサーなど道具は増えましたが、2時間ほどの調理時間で必ず作り終わらなければならないため、メニューづくりにはいつも頭を悩ませます」(米澤シェフ)

カウンターに並べられた50人分のマリネとピクルス。出来上がった料理は、食べ方の注意書きを添えてカウンターやガス台、冷蔵庫にセットされる。お母さんたちが病院から帰って来る時間はまちまちなので、各自が温め直して食べる
病棟から戻ってきた家族がそれぞれのタイミングで料理を召しあがれるように、ミールプログラムでは、できあがった料理を鍋や冷蔵庫に入れた状態で提供。食べる時に、好きな量を盛り付け、温め直して食べてもらいます。
「全国のお母さんたちに美味しいごはんを届けたい」から始まった缶詰プロジェクト「ミールdeスマイリング」
NPO法人キープ・ママ・スマイリング(KMS)が新たに力を入れている活動は、美味しい料理で全国の病児ママを応援するプロジェクト「ミールdeスマイリング」です。
■原点は病児の付き添い時に知った、手作りごはんのチカラ
温かい食事を提供する活動の原点は、理事長の光原ゆきさんご自身の苦い経験にあります。
難病のお子さんの病院付き添いは24時間体制。お母さんの姿が見えないと幼い子どもは不安で泣いてしまうため、トイレに行くのもままならない。検査や回診にいつ呼び出されるかわからず、慌てて走って買いに行ったコンビニのおにぎりやカップ麺を食べるのがやっと。でもそうした生活が続いたため、ついに自身が体を壊して1週間寝込んでしまったそうです。
「ある病院にいた時、近くの飲食店から温かいお弁当を届けてもらったことがありました。美味しいのはもちろん、お弁当を作って届けてくれる人の優しさが心に深くしみました。温かい手づくりのごはんは、こんなにも心と体を癒すんだ!と驚きました」(光原さん)
闘病中のお子さんと一緒に日々戦っているお母さんたちを食事で元気づけたい!その思いから夕食づくりの活動はスタート。現在では、ドナルド・マクドナルド・ハウス せたがやのほか、聖路加国際病院でも2カ月に1回、病児ママの茶話会にお弁当を提供するなど、着実に活動の場を広げています。
■無料配布!缶詰で全国のママを元気にする「ミールdeスマイリング」
温かい食事を提供できているのは、東京都内の限られた施設のみ。全国の病棟で付き添うママたちに温かいごはんを届けたくても、衛生面のハードルの高さもあってなかなか難しい現状があります。
何かいい方法はないかと考えていたところ、2018年の春に小規模ロットでのレトルト商品生産が得意な会社と出会うことで、この活動は新たな局面を迎えます。
新しく動き出したのは、米澤シェフの味をレトルト缶にして全国の病児ママに届けるプロジェクト「ミールdeスマイリング」です。
日本財団からの助成金を得て、第一弾は4種類の缶詰(各1,000個)を生産。全国の小児病棟で24時間病児に付き添うお母さんたちへの無料配布を開始しました。シンプルでやさしい米澤シェフの味は好評で、缶詰なら衛生面も安心です。

第一弾の缶詰ラインナップ。大豆ミートのキーマカレー(左上)、ニシンの野菜ソース煮(右上)、にんじんとオレンジの食べるスープ(左下)、豚肉のりんご煮(右下)。野菜たっぷりで材料は全て無添加
撮影/八田政玄
2019年4~6月には東京、福島、兵庫、大阪、栃木の全国5カ所で試食会を開催。缶詰はそのままでも十分美味しいですが、アレンジして楽しむのもおすすめ。試食会では簡単にできるアレンジメニューの試食とデモンストレーションを披露しました。
このプロジェクトがスタートした時に開始したクラウドファンディングでは、目標額の100万円を大きく超える163万円が集まり、「ミールdeスマイル」第二弾の商品開発資金になる予定です。
病児ママ向け缶詰の需要の広がり!企業と一般向けに販売も
「ミールdeスマイリング」プロジェクトの次なる目標は、2020年から全国の複数の小児病棟で定期配布を実施し、病児ママには缶詰を無償で届けていくこと。そして一方では、缶詰を商品化して企業や一般の人たちにも購入してもらうこと。
■「美味しいから買う。気が付いたら病児ママを支援できていた」が理想
昨今ではメディア取材も増え、露出の度に夕食づくりのボランティアや賛助会員も増えていますが、こんな反響もあったそうです。
「朝の情報番組で取り上げられた後、奥様の介護をしているという男性から缶詰への問い合わせがありました。日々の料理に苦労していて、テレビを見たら美味しそうだったからぜひ買いたいと言ってくださったんです」(光原さん)
その時は、クラウドファンディングの返礼品でしか缶詰を扱っておらず、一般で購入すると割高になると伝えたところ、その男性は「値段の問題じゃない、美味しいものが欲しい!」と購入を切望されたそう。
「この男性とのやりとりから、“病児ママがかわいそう”という購入動機ではなく、『美味しい缶詰を買ったら、実はそれが病児ママの支援に繋がっていた』という、社会で支え合うカタチが理想形だとあらためて強く思いました」(光原さん)
試食会から約半年後の2019年11月には、佐賀大学医学部付属病院小児病棟で付き添い中のお母さんへの「ミールdeスマイリング」が始まり、缶詰の贈呈式の様子は複数のメディアにも取り上げられ、一気に注目度がアップしました。今後は月に一度4缶セットを提供していく予定です。
KMSでは、企業や一般の人たちが購入できるよう、食品メーカーとコラボして缶詰の商品化も検討中とのことですが、介護家庭、日々忙しい共働き家庭、さらに非常時用の備蓄食としてなど、さまざまな購入希望者やニーズが考えられます。今後の展開に大いに期待です。
■今後への展望〜食で入院付き添いの現状を変える〜
定期的に温かい食事を提供する活動を中心に、「ミールdeスマイリング」の缶詰を全国規模で広め、付き添いママたちへの支援の必要性を認知してもらうことを目標にしているNPO法人キープ・ママ・スマイリング(KMS)。現在は、プロジェクトに協力してくれる食品メーカー、食のプロ、食に興味を持つ人など、さまざまな協力者を常に募集しています。
活動の意義に賛同し、4年以上活動に携わる米澤シェフは
「休みを返上してレシピを考え、調理にも参加していますが、それほど大変だと思ったことはないですよ。活動をすることで、自分が力を注ぐ以上に返って来るものがあります。料理人は恥ずかしがり屋が多いですから(笑)、きっかけさえあれば誰でもやれると思います。食を通して貢献できるこうした活動をやりたい人は多いでしょうね」と語ります。
調理ボランティアには、入院付き添いの経験を持つ人もいますが、シンプルに「料理をするのが好きなだけ。好きなことで役に立つなら、こんなにいいことはない」と楽しく活動に参加している方も。(調理ボランティア募集告知と申し込み受付は、Webサイトで随時実施)
理事長の光原さんは
「ゴールは私たちが全国でごはんを作ることではないんです。付き添いで疲弊しているお母さんや家族が、食事や睡眠など生活の質が保障され、安心して病気の子どもに向き合える、そういう世の中を作ることを目指していきたいです」と、さらに大きな目標を描いています。
今後、さらに病児ママ支援の動きが全国規模に広がっていくに違いありません。キープ・ママ・スマイリングの活動については、これからも目が離せません!
<取材協力>
| 団体名 | NPO法人 キープ・ママ・スマイリング |
| プロジェクト名 | ミールdeスマイリングプロジェクト |













