
「居酒屋甲子園」とは“居酒屋から日本を元気にする”を目的に、NPO法人居酒屋甲子園、多くのボランティア、サポーター企業によって開催される外食業界に働く人に学びを共有できる場を提供する大会です。
全国からエントリーされた居酒屋のうち、優秀店舗として選出された5店舗が、約5000人が来場する全国大会で自店の取り組みや想いをプレゼンし、来場者投票によって「最も学びと気づきを与えた店舗」が日本一に選ばれます。
2006年のスタート以来、参加店舗数もサポーター企業数も増え続け、今年は史上最多の1765店舗がエントリー、サポーター企業も144社と過去最高でした。
「居酒屋甲子園」全国大会は人気イベント。会場のパシフィコ横浜・国立大ホールが毎年満員になるほどです。
目次
単なるコンテストではなく“学びの場”
「居酒屋甲子園」の最大の特徴は、単に日本一の居酒屋を決める場ではなく、外食業界で働く人たちに学びや気づきを与える場であることです。審査は全国12地区に分かれて行われ、全参加店舗から全国大会に参加する5店舗へと絞り込まれます。
<審査の流れ>
1次予選(5~6月) 申し込み全店舗を対象とした覆面モニター調査(2回)
2次予選(7月) 1次予選各地区上位20%の店舗を対象とした覆面モニター調査(1回)
地区大会(8月) 2次予選各地区上位5~6店舗によるプレゼン審査
最終審査(9月) 地区大会優勝店舗によるプレゼン審査
全国大会(11月) 最終審査進出12店舗の中から5店舗がプレゼン
1次・2次の覆面調査員は一般客として来店。チェック項目は予約時の電話対応から料理・メニュー、提供スピード、中間接客、清潔度まで50にも上ります。
この大会では、審査基準と選出理由が非常に明瞭です。参加店舗にとっては上位進出も目的ですが、審査過程でもらえるフィードバックが最大の魅力となっています。人手不足に悩み、日々の仕事に埋もれがちな店舗にとって、「居酒屋甲子園」は業務改善にすぐに役立てられるアドバイスを得られるまたとない機会になっているのです。
「居酒屋甲子園」の全国大会概要には、日本一の決定の基準は“店舗として優れているかどうか”ではなく、“最も学びと気づきを与えた店舗かどうか”と明記されています。
上位進出してプレゼンのチャンスに恵まれれば、自店の強みに改めて気づき、見直し、さらにパワーアップするきっかけにもなります。そして、優秀店舗の取り組み事例が共有されることで、他の参加店舗も学び共に成長するができます。これが、毎年参加店舗数が増え続け、全国大会来場者5000人をキープし続ける「居酒屋甲子園」の最大の魅力なのです。
ますます求められる、居酒屋の地域活性化貢献
ここ数年、「居酒屋甲子園」では“ローカル”を大テーマに掲げ、地方・地域から日本を元気にするために居酒屋はどうあるべきかを追求しています。今年のメインテーマは「COOL LOCAL~求心力~」。いいお店に人は集まる、人が集まるところに活気が生まれ町が盛り上がる。元気な町は自分たちが作るのだ、という想いが伝わってきます。
今回、全国大会でプレゼンテ―ションすることができたのは次の5店舗。
- ベジテジや 四条烏丸店(京都府)
- 三好屋商店酒場 深谷店(埼玉県)
- 和歌山ちゃんぽん 忠次郎(和歌山県)
- DAN-CHICKEN-DAN WATER CITY 町田店(東京都)
- レストランカフェ ウト・トーク(徳島県)
ホームページ上で一般公開されている全国大会出場店舗の選出理由には、
“地域に応援される店舗づくりを展開する姿はローカル飲食店の模範”
“人口が少ない土地の飲食店ができうる地域活性の可能性”
“人材不足の課題に一石を投じる”
といった説明があり、大会テーマの「地域活性」や飲食業界の課題の改善ヒントになる店舗が選出されていることがわかります。
ダイナミックな映像や音楽による演出も「居酒屋甲子園」の特徴です。
毎年DVD制作にも力を入れていて、仕事が忙しく観覧に来られない人も、後日全国大会出場店舗のプレゼンを見ることができます。ロビーでは過去大会のDVD販売も行っていました。
優秀店舗に欠かせない“施策・仕組み・人材”の三条件
全国大会でのプレゼン持ち時間は各店舗20分。映像、スピーチ、ロープレ風寸劇などを交えて行われます。
業務改善のヒントの宝庫である全国トップクラス店舗のプレゼンに頻繁に登場していたポイントは3つ。
「顧客を引き付ける施策」
「それを機能させる仕組み」
「それらを支える人材」
各店舗のプレゼンポイントは以下の通りです。
1)ベジテジや 四条烏丸店(京都府)
立地/駅徒歩3分 席数/67席 坪数/39坪 客単価/3500円
「ベジテジや」は、まだサムギョプサルの知名度が低かった2005年にサムギョプサル専門店としてスタート。「包まぬ豚は、ただの豚」というユニークなキャッチフレーズのもと、「包む」をコンセプトにした店舗戦略、メニュー開発で今では日本・アジアに100店舗以上を構える人気店に成長しました。
<顧客を引きつける施策>
コンセプトにこだわり抜いた商品開発・サービス
- 自社農園を設立し独自開発した包みやすいサンチュ
- リピート顧客を飽きさせない1万通りの包み方の提案
- SNS映えするカラフルな盛り付けで顧客を魅了
- 帰り際には“あなたの顔も包んでね”と韓国コスメの定番フェイスマスクをプレゼント
<仕組み・人材育成>
- サムギョプサルの知名度・理解を高めるために、敢えて接客に時間を割く(飲食業の平均接客時間3分のところ14分)
- 漫然と接客するのではなく、1)注文ヒアリング 2)食べ方の説明と調理 3)お見送り の3段階に分けて考え、顧客との距離を縮めていく
- 上記を実現するために、筆記テストなどを取り入れた独自の人材育成システムを構築
2)和歌山ちゃんぽん 忠次郎(和歌山県)
立地/駅徒歩3分 席数/42席 坪数/24坪 客単価/2800円
飲んだ後にラーメンでシメたいというニーズに応え「呑んで、つまんで、麺で〆る」の一店舗完結を具現化した、和歌山初の麺居酒屋です。
女性の一人客から家族連れまで客層は幅広く、オーダー率100%の「和歌山ちゃんぽん」と、どれも美味しいと評判の70種類以上ある一品料理メニューで、オープンから3年、昨年売上対比100%以上をキープし続けています。
<顧客を引き付ける施策>
一品料理をメニュー上で“ビンゴ”になるよう注文すると一品サービス。イチオシ商品、高利益商品がもれなくオーダーされるよう、メニュー配置を工夫。
<仕組み>
顧客の入店動機を「食事」「一店舗完結」「二次会」の3つに分け、滞在時間や単価を分析し効率よく回転、低単価商品でも利益が上がる仕組みを作っている。
<人材育成>
接客のベースとなる挨拶、身だしなみなど55の項目を盛り込んだ独自のチェックツールなどを考案。
3)DAN-CHICKEN-DAN WATER CITY 町田店(東京都)
立地/駅徒歩10分 席数/145席 坪数/90坪 客単価/3000円
ライバル店が商圏内に多数乱立する場合、差別化は大きな問題です。店舗コンセプトを徹底して磨き込み、個性を突出させる。DAN-CHICKEN-DANはまさにその好事例です。
席数150のお店には、月平均来店客数4000名、お祝いイベント件数はなんと年間4000件。非日常的な空間を求めてやって来るリピーターも多いそうです。
<顧客を引きつける施策>
- 味覚、嗅覚、視覚だけでなく、聴覚(肉の焼ける音など)、触覚(パンをちぎる触感など)も含めた“五感”を刺激する料理で来店者を魅了
- 中世ヨーロッパの街並みをイメージした店内、ダンサーやマジシャンによるパフォーマンスなど、トータルで非日常的エンターテインメント空間を表現
<人材育成>
3段階でスタッフの育成ステップを考案。
- 業務上の不備を減らし改善するBASEフェーズ
- 専門知識の習得などを通してさらに仕事が好きになるLIKEのフェーズ
- 上記を経て初めてお客様の幸せを考えられる態勢が整うHAPPYのフェーズ
<改善の仕組み>
1日に50枚の顧客アンケートを回収し、そこから1日2個の改善点をピックアップ。1ヶ月で60個の改善を実現する仕組みを継続。
<福利厚生>
専門知識習得の時間や家族サービスの時間を創出することに成功。店舗の社員率は70%!
- 労働時間を最大230時間とし、サービス残業は禁止
- 毎月スタッフの家庭に無農薬野菜を宅配
- スタッフの家族や配偶者に、定期的に食事券や誕生日旅行をプレゼント
4)レストランカフェ ウト・トーク(徳島県)
立地/ロードサイド 席数/67席 坪数/40坪 客単価/3000円
人口2700人の町、最寄り駅まで徒歩50分、町にあるコンビニはたった2軒。この条件を聞いて普通は「飲食店を経営するのは無理」と思うかもしれません。しかしウト・トークはこの状況下で8年連続売り上げアップを達成しています。
もともとハンバーグが看板メニューの30年続くレストランカフェ。二代目が父親から事業を受け継いだ時に、ないものを欲しがるのではなく、あるものをうまく利用して地域に密着した店を目指し、成功した事例です。
<顧客を引きつける施策>
- 人口の少ない町だからこそ、老若男女問わず人気のあるハンバーグを引き続き看板メニューに
- 性別、年齢に合わせた豊富なメニューを用意。看板メニューのハンバーグは月替わりも考案し、常連客を飽きさせない
<地域活性>
- 地産地消にこだわり、要のハンバーグは地元牛を使用
- 味は良いが形が悪くて市場に出せないフルーツを農家から直接仕入れ、期間限定デザートに
- 地元の強みを盛り込んだコラボメニューを考案、地元媒体に取材してもらったことで集客のきっかけをつかむ
- 花屋や菓子店などの地元店とコラボをし、ワークショップなどの地元の人たち向けレジャーイベントを企画
徳島県はレジャー施設数が全国最下位。家族や友達同士で出かける先が少ないことを逆に利用。
「発信の場」「思い出を作る場」という役割を意識的に担い、家族三世代でレストランに訪れる人も少なくなく、地域と共に成長していく、家族経営の小型店の成功事例として、注目を集めていました。
…どうでしたか?
五者五様の具体的な取り組み事例には、参考になることが多いのではないでしょうか?
細かいところにこだわり抜いた優勝店舗の地域活性化策
日本一の決定基準は、“いちばん感動したプレゼン”ではなく、“最も気づきと学びがあった店舗”であること。会場投票の結果、「居酒屋甲子園」で今年度の日本一に選ばれたのは埼玉県の「三好屋商店酒場」でした!
三好屋商店酒場 深谷店(埼玉県)
立地/駅徒歩1分 席数/47席 坪数/16.5坪 客単価/2500円
「三好屋商店酒場」は2009年9月にオープンし今年で9年目。母体は深谷市を中心に6業態8店舗を持ち、今期年商7億円を達成というまさにローカルの鑑!
店舗理念は「深谷駅前元気印計画発信店」。たまに行く特別な店ではなく、気兼ねなく毎日通える大衆的な店であることが大切と、お財布にやさしい価格帯、親しみやすい雰囲気づくりなどを心掛けたそうです。
<顧客を引きつける施策>
- 勝てばもう1杯飲める「ジャンケンハイボール」は単純だけれど盛り上がり、スタッフとお客様の距離が縮めやすい
- 誕生日に歳の数だけ手羽先が食べられる「手羽先バースデー」は団体予約に繋がりやすい
<仕組み・人材育成・地域活性>
- DMハガキはお客さん自身が来店時に書き、スタッフは誕生月が近づいたら投函するだけという簡単オペレーション。DM回収率はなんと35%!
<地域活性化>
- ハイボールの名前を地元中学名にし、顧客に盛り上がる話題を提供
- 深谷ねぎをはじめ地元旬食材を取り入れたメニュー開発
<人材育成>
- 人材も地元で採用し、独自の新人教育ツールを使って育成
- 若い従業員、新人でもすぐ覚えられるように、接客の重要ポイントをビジュアル化し「文字で学習するのではなく、『絵』で『記憶』する」方式に
このような細かな努力が実を結び、小さな居酒屋が2,3軒あるだけで「飲む店がなかった」駅前が、今やチェーン店も参入し地元の人から「駅前に行けば店が選べる状態、賑やかになった」と言われるまでになりました。
三好屋商店酒場オリジナルの新人教育ツールが無料配布されると聞き(この知見の共有が居酒屋甲子園の醍醐味!)、プレゼン終了後、ロビーに設けられた三好屋商店のブースには大勢の人が詰めかけました。
人口減少、商圏の郊外化によるシャッター商店街など、かつての繁華街がさびれていく問題は日本各地で発生しています。特別なことではなく、ごく当たり前の事をブラッシュアップしていった「三好屋商店酒場」の事例は、同じような状況に苦しむ店舗の良いヒントになるのではないでしょうか。
飲食業界の変化の兆し〜女性スタッフ・社員旅行・福利厚生
実は筆者は2010年、2011年にもこの全国大会を観覧させてもらったのですが、その時と比べて大きな変化がありました。
◎女性の来場者・出場者が増加!
プレゼン出場者、会場来場者に若い女性がとにかく多かったのです。来場者の中には子ども連れの方も見かけました。これは以前には見られなかった光景です。
今の20代は家族で居酒屋にご飯を食べに行った世代なので、上の世代よりも居酒屋に日常感・親近感を感じているといった違いもあるかもしれません。現場でも若い女性が欠かせない存在になってきていることは明らかで、女性店長・スタッフも珍しくなくなりました。
元気な女性スタッフの多さにびっくり。女性スタッフの映像・コメントが以前よりも明らかに増えていました。
◎福利厚生の充実
夜が遅く、休みも決して多くないというイメージの飲食業界ですが、実際、家族の理解が得られにくく離職率が高いという課題があります。しかし今回、労働環境改善や家族向け福利厚生の拡充以外にも、社員旅行を実施する店舗もあったり、「目の前のスタッフが幸せでないのに、お客様を幸せにできるわけがない」という言葉もよく耳にしました。
まとめ
人手不足、仕入れ価格の高騰、繁華街の郊外化、地域の過疎化、少子化・高齢化、人工知能の発達など、飲食業界を取り巻く環境は一見厳しく映ります。が、「居酒屋甲子園」のプレゼンを見た後は、ないものねだりをするのではなく、今あるものをうまく利用することで、限られた環境でもまだまだ成長できる、そんな可能性を感じることができました。
「居酒屋甲子園」
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