膿をバックにたたずむ吉川さんの写真

イタリアで修業し、現在、ヴェネチア近郊の町・パドヴァにあるミシュラン三つ星レストラン「Le Calandre(レ・カランドレ)」で活躍する料理人・吉川 朴(ほお)さん。

吉川さんが勤務するのは世界トップレベルのガストロノミーレストランが集まる北イタリアにおいても、独創的な料理を提供することで人気の高い名店です。当時、史上最年少で三つ星を獲得をした早熟の天才シェフ・マッシミリアーノ アライモ氏のもとで働く吉川さん。ここでメイン料理を担当しながら後進の育成も行っています。

クックビズのオンライン座談会では、そんな吉川さんにイタリアの料理人の教育事情について取材。育成の悩みなども織り交ぜながら、料理人の卵たちがどのようにステップアップしていくのかお伺いました。

クックビズからは、座談会運営の世古、方城が参加しました。

海をバックにコート姿の吉川さんのバストアップ写真

■吉川 朴(よしかわ ほお)さん/「Le Calandre(レ・カランドレ)」(イタリア)料理人
2015年よりイタリアに渡り、ミシュラン一つ星レストラン「ラ・チャウ・デル・トルナヴェント」や「グラン カフェ リストランテ クアドリ」を経て、2020年11月よりベネツィア近郊の三つ星レストラン「Le Calandre(レ・カランドレ)」でメイン料理を担当。現在に至る。

イタリアでは料理学校のカリキュラムにインターンシップがガッツリ入る

クックビズ世古:今回はイタリア在住の吉川さんにお話をお聞きします。こんにちは。よろしくお願いいたします。

吉川さん:こんにちは。

クックビズ世古:今日のテーマは「イタリアの料理人の研修・教育事情」についてです。吉川さんは2015年にイタリアに渡って活躍されていますが、指導の機会は増えていますか。

吉川さん:今のレストランで後進育成に携わっています。

クックビズ世古:新人はどういった方が入ってくるんでしょうか。

吉川さん:イタリアにおける新人というのは、料理学校の研修生と通常の求人応募の大きく2通りあって、当店では今、料理学校の研修生がいます。

きれいにセッティングされたテーブルが並ぶ「Le Calandre(レ・カランドレ)」の内観写真

吉川さんが勤務する「Le Calandre(レ・カランドレ)」。天才シェフ・マッシミリアーノ アライモ氏が率いるミシュラン三つ星レストランです。

イタリアの料理学校のカリキュラムは、学校の授業に加えて「飲食店での実習」が大きくウェイトを占めます。だいたい授業と実習=50:50ぐらいでしょうか。だから15~16歳という年齢の人とも一緒に働くことがあります。

クックビズ世古:そうなんですね。そこは日本と違いますね。

吉川さん:学校からのインターンシップだと有名なレストランや自分の希望するレストランで実習できることが多く、それが大きなメリット。だから料理人の卵はまず学校に入学します。

クックビズ世古:吉川さんのお店は、通常、研修生を何人ぐらい受け入れているんですか?

吉川さん:学校からのインターンシップ、一般応募含めてトータルで3~4人ぐらいです。私がいる店はコロナ禍ということもあり、今は研修生1人。

学校からのインターンシップと一般応募の研修生について、大きな違いとしては、前者が学校からの実習できているので給与は発生しませんが、後者は給与が発生する、という点でしょうか。

広場のような場所にずらっとテーブルが並んでおり、宅所にはお皿などがセッティングされている。そのそばに立つ吉川さん

イタリアと日本の指導の違いは調理ポジションごとか否か

クックビズ世古:イタリアと日本で教え方に違いはあるんでしょうか。

吉川さん:ありますね。イタリアは前菜場、パスタ場など調理のポジションごとに指導しますね。

例えば席数40~50人のお店で、キッチンスタッフ3人で運営している場合、日本では全員がどの業務も把握し、手が空いていたら違うポジションの仕事もサポートします。業務はローテーションで協力して回すという感じ。だから日本では新人教育もポジションにこだわらずに、まんべんなく教えるスタイルです。

一方、イタリアは1人ごとにポジションが与えられ、前菜場、パスタ場と担当が決まっています。だからイタリアでは研修生が入ってきたらどこのポジションにつくのか指示し、その業務を覚えたら次へ移りながらレベルアップしていくスタイルです。

クックビズ世古:網羅的に学んでいく日本に対して、イタリアでは1つずつステップアップするとのこと。研修生にとってもイタリアのほうが、レベルアップを実感しやすいかもしれないですね。

「イカ墨のカプチーノ(cappuccino al nero di seppie)」の写真

イカ墨のラグーと芋のクリームでカプチーノを表現した「イカ墨のカプチーノ(cappuccino al nero di seppie)」は、吉川さんの師匠・マッシミリアーノ氏が生みの親。

スタートはデザート場。その理由は全ての経験を積めるから

吉川さん:最初のポジションとしては、デザート場になることが多いですね。ただし料理人とは別に専属のパティシエを雇っているレストランの場合や、ある程度経験がある一般採用の研修生は違いますが。

クックビズ世古:それは一般的な流れですか?

吉川さん:たぶん日本でもまず最初にデザート場というケースが多いのではないでしょうか。私は、実はホールからスタートしてその後、

デザートの盛り付け→デザートの仕込み→前菜場→メイン場→パスタ場

という流れでした。

クックビズ世古:一般的に火を扱うところが最後になりますよね。

吉川さん:私の考えですが、繊細なデザートは調理の基礎を忠実にこなすことが要になるからじゃないかと。

まず計量ですが、デザートの鉄則として材料を正確に量れなければ、同じ品質のものが作れません。次にフルーツも多用します。食材の品質をしっかり見極める目を養うことができますよね。

池袋の「AL TEATRO(アル テアトロ)」の調理場で仲間と2人で写るコックコート姿の吉川さんの写真

新人時代の吉川さん。池袋にある「AL TEATRO(アル テアトロ)」に勤務。

そしてババロアやパンナコッタなどを作る場合、火を扱います。それに加えて調理から盛り付け、デコレーションに至るまで手の器用さが求められるんです。

クックビズ世古:なるほど。

吉川さん:デザート調理は、タイミングやスピードも特に必要ですから、計量する素早さも身につくし、砂糖類は放っておくと固まりやすいので、まめに調理台まわりを掃除し、整理整頓する必要もあります。

「清掃」は、モノを大切に扱う習慣、料理への愛着につながる

クックビズ世古:吉川さんも指導されるということですが、心がけていることはありますか。

吉川さん:いくつかありますが、まずどんな研修生も過去にどんなことをやってきたのかを聞くことからスタート。誰にでも一から全てを教えるということはしていません。

飲食店で働くことが未経験の方ならていねいに。経験がある人なら仕事のベースはあると思うので、大きく指示を出してあとは様子を見る感じ。入ってきた研修生に合わせた仕事を指示するように心がけています。

吉川さん愛用の調理道具の写真

吉川さん愛用の調理道具。

クックビズ世古:レベルに合わせてですね。

吉川さん:そうです。あとは少し厳しいかもしれませんが「清掃」です。個人的な印象ですが、掃除をきちんと行う人は料理もきちんとしていると感じています。だから最初の半月~1か月は掃除!大事な研修生の仕事です。

「清掃」は物を大切に扱うことにつながっていくと思うんですよね。

クックビズ世古:たしか吉川さんをご紹介くださった料理人の川崎さんが「吉川さんは、調理器具を本当にていねいに扱う」とおっしゃっていました。商売道具を大切に扱うことは、料理そのものへの愛着ですしね。

そんな吉川さんの意図は、研修生にうまく伝わりますか。

吉川さん:いや~、それが最近むずかしいですね。

青いお皿に盛りつけられた、鶏胸肉とほうれん草、黄色パプリカのソースが目にも鮮やかなパスタの写真

鶏胸肉とほうれん草、黄色パプリカのソースが目にも鮮やかなパスタ。

新人指導の悩みは日本もイタリアも変わらない

吉川さん:店が閉まってから掃除したり、退勤時間直前に仕事の依頼をするとあからさまに顔に出る。「あぁ早く帰りたいんだろうな」と思うことが多くなりました。仕事や清掃業務がちょっと雑になったり、そういうところに表れてくるんですよね…。

最近の研修生をみていると、料理人にはなりたいし、意欲がないわけではないんですが、取り組み方が希薄な方が増えたなと感じます。私の時はもっとガツガツしてたから(苦笑)。これは時代でしょうか。

クックビズ世古:以前、吉川さんにお聞きしたイタリア人の「マイペース」という国民性もあるのかなとも思いましたがいかがでしょうか。

吉川さん:たしかにイタリアは誰かとガツガツ競争するという方は少ないかもしれません。しかしイタリアでも厳しい人は厳しいです。特にシェフ、スーシェフという立場の人はそうですね。

クックビズ世古:新人のモチベーションをあげるのはむずかしいですよね。それはイタリアも日本も、どこの職場も変わらないかもしれません。特に今は労働時間や休みなど働き方改革が社会全体に広がりつつあるので、それをふまえたうえでの育成になりますよね。

吉川さん:そうですね。

飲食店で何より大事なことは、お客様に料理を食べていただき、満足してお帰りいただくこと。自分たちが納得のいくものをご提供しつづけることが大切なんで、どうしても手間がかかります。だからこそ貴重な時間を無駄にできないので、時間の使い方1つ、業務への取り組み方1つに期待したいんですよね。

後進の育成・対応が、私のこれからの課題かもしれないですね。

クックビズ世古:労働環境に配慮しつつ、後進のモチベーションをあげること。教育も時代に合わせて行う必要もありそうです。

今日はお忙しい中、イタリアからありがとうございました。

座談会での吉川さんのアップの写真

まとめ

イタリアに渡って修業し、むこうで才能を開花させたい。イタリアンのシェフを目指す人なら一度は思い描く夢ではないでしょうか。

今回、イタリアに渡って6年になる吉川さんに、現地の料理学校や、研修・教育事情について教えていただきました。日本と違い、学校教育の枠内で早くから職業教育・訓練を行うことが多いイタリア。

学校のカリキュラムに、街のレストランでの研修のウェートが高いことや、そのまま就職に直結するケースも多いなど、日本とはかなり違うようです。

そんな吉川さんのイタリアでの修業時代を知りたい方は、こちらも要チェックです。

クックビズ総研:イタリアのミシュラン三つ星で活躍中の26歳、日本人。五感で“色”を出せる料理人をめざして【リレーインタビューVol.1】

<協力>

店名 「Le Calandre(レ・カランドレ)」

<写真提供>

吉川 朴氏
※座談会風景を除く