座談会全体の様子

3回目の緊急事態宣言で、アルコールが提供できなくなってしまった飲食店。

このピンチに、だったらノンアルコールのワインやカクテルと料理のペアリングを考える?それともジュースやお茶を出す?どうしたらいいのか、悩ましいところではないでしょうか。

大阪市、神戸市にあるフレンチレストランの2人の若手料理人が、「今だからこそ」こだわっているのは実はコレ。水、お茶、ジュース、ひとつとっても世界は広い!

そして時間があるからこそ、普段なら「絶対やらない」挑戦も。

クックビズ・オンライン座談会で、料理人のリアルな声を聞きました。

<プロフィール>
■白竹 俊貴さん(写真左下)
大阪市内のフランス料理店や、北新地の人気フレンチ「弘屋」に5年間勤務したのち、2016年大阪府豊中市にて、フランス料理「PERTICA(ペルティカ)」オープン時にシェフに就任。「RED U-35」2019年 BRONZE EGG受賞。料理人でありソムリエとしても活躍。

■森下 裕介さん(写真右下)
神戸・三宮の中でも異国情緒あふれる北野のフレンチレストラン「Recette(ルセット)」勤務。20代後半よりスーシェフに就任。「RED U-35」2019年 BRONZE EGG受賞。

ワインが出せない。かといってノンアルコールは専門家でないと作れない

クックビズ世古:3回目の緊急事態宣言が出ているなかですが(5月17日)、今回、アルコール提供の飲食店が休業、それ以外が20時までの営業となりました。

アルコールを提供しないで対応されている飲食店も多いですが、お二人のお店ではいかがでしょうか?

森下さん:今世間ではいっせいに、ノンアルコールのワインやカクテルを使ったペアリングを始めているお店も増えているようですが、うちの店はノンアルコールのメニューを作ったり、出すことはしていないですね。

フランスワイン1本でやってきたお店なので、急に始めても、以前からノンアルコールをやっているお店には敵わないと思っています。

もしかしたらカタチになるのもあるかもしれないですが、うちの店は無理かなと判断していますね。

「Recette」でスーシェフを務める森下さんのバストアップ写真

神戸・三宮のフレンチレストラン「Recette(ルセット)」でスーシェフを務める森下さん

白竹さん:僕らもノンアルコールのドリンクの開発はやっていません。

あれはね、真似できないです。専門の方がやっているので。ひとつの専門性の高い料理を作るのと同じです。フランス料理をやっている人に、突然日本料理をやれというような感覚になりますよね。

ノンアルコールのドリンクのレシピも一応は調べてみたんですが、このドリンクだけの仕込みをする人が必要だなと。今の仕事と並行して出来ることじゃないなあと判断しました。

「PERTICA」でシェフを務める白竹さんのアップの写真

豊中市のフランス料理「PERTICA(ペルティカ)」でシェフを務める白竹さん

森下さん:普段からノンアルコールでのペアリングをやっているお店に、とても太刀打ちできるものじゃないですね。

1年以上とか長期にわたってアルコールが禁止になるなら考えもしますが、それを必死に考えて、慣れてきたころにアルコール提供が解除される可能性もあるので、今そこに力を入れることではないと判断しています。

白竹さん:それにノンアルコールで対応しようというより、当初は、お酒を提供しない要請を受け入れるか否かの話し合いになりました。「お酒で縛ったところで、なんになるんだよ」っていう意見も出ましたね、正直。

森下さん:ほかの飲食店も悲鳴を上げているところが多いですよ。それは本当にきついなと。

ミネラルウォーターや中国茶だって、めちゃくちゃ奥が深い

森下さん:僕のお店では、どちらかというと、ソフトドリンク、ミネラルウォーターに力をいれています。

うちの店は小さい酒屋さんとのお付き合いが多いんですが、酒屋さんは飲食店以上に苦しいと思います。だから、できるだけジュースをいっぱい買っています。なるべく売上に貢献したいんですが、なかなか厳しいですね。

白竹さん:そうですね。僕の店は、元からアルコールを飲まないお客様も多かったんです。場所柄、お子さま連れも多いし、車で来店される方も多くて、そんなに影響はないんですね。ただやっぱり、お茶やジュースの提供量は増えました。

クックビズ世古:お茶やソフトドリンクはどういうのを出されていますか?

森下さん:ジュースは、ぶどうジュースが多いです。赤と白。1~2種類だったラインナップを高級なぶどうジュース(グラス900円ほど)も含めて、増やしました。果物農園さんが作っているラ・フランスのジュースだとか、評判はいいですね。

あとは、ミネラルウォーターの新しいブランドを採り入れたら、意外と人気なんですよ。

たとえば、「OREZZA(オレッツァ)あるんだ」と銘柄をご存知のお客様がいてご注文されたり。逆に、「シャテルドンを飲んでみたい」と、知らなかったから飲んでみたいという声もあって、反響が大きかったです。

recetteで出している7種類の水の写真

ルセットで提供しているミネラルウォーター。右からシャテルドン、オレッツァ、サンペレグリノ、アクアパンナ。
「シャテルドン」は、フランス・ピュイドドーム県にある人口700人程の小さなコミューンで作られている炭酸水のプレミアムミネラルウォーター。(森下さんのInstagramより)

白竹さん:僕は、曽我農園さんのリンゴジュースと、オーストラリアの「ピヒラー」というぶどうジュース、あと中国茶で、水出ししているものが5種類、温かいもので12種類、あと自家製のジンジャーエールですね。

中国茶とかはすごいですよ。僕自身も中国茶に詳しいスタッフに聞いて知ったものも多くて、漢字8文字くらいのなんかの必殺技みたいな名前の銘柄とかあるんですよ(笑)。

perticaで提供している中国茶やジュースなどがテーブルに集められている写真

ペルティカで提供している中国茶やジュースなど。左から中国茶の茶器と茶葉17種、ノンアルコールジン「NEMA」、ボタニカルウォーター(絵柄ビン)、オーストラリアのぶどうジュース「ピヒラー」、曽我農園のリンゴジュース。後ろが自家製ジンジャーエール。

クックビズ世古:すごいですね(笑)。お二人ともアルコールを出せない打撃があっても、水やジュースにこだわるという工夫をされていて驚きました。

緊急事態宣言が解除されて、お酒が出せるようになっても、変わらず提供しますか?

白竹さん:提供します。今やっている中国茶は、水出しや準備にどれくらい時間がかかるかとか、これからメニューに採り入れるための、今が準備期間だと思っています。持続させないと意味がないので。

森下さん:僕も、お客様の評判が良かったものは、ずっとやっていきたいと思いますね。

仕込みから10日かかる、忘れられた伝統料理。今だから作ってみたい!

クックビズ世古:これから先に何か新しく考えていることありますか?

白竹さん:普段なら平日でもランチタイムは忙しくて追われているんですけれども、今はゆとりがあります。

お酒が飲めないと、料理をお出しする回転も早くて、動いている時間はスピードが増しているんですが、それ以外の時間は絶対に忙しくはないので、その時間をどう使うかなんです。

だから、仕込みに1週間以上かかるような料理にトライしています。いわゆる古典料理でめちゃめちゃ時間がかかる料理。

たとえば「リエーブル ア ラ ロワイヤル」とか。(野ウサギ1匹の中に豚肉、フォアグラなどを詰めたフランス料理で、準備に10日かかると言われている)

僕は以前から「パテ アン クルート」はやっているんですけれども(肉のテリーヌをパートブリゼ(生地)で包んだフランス料理)、これも1週間ほどかかるんですよ。

白竹さんの作った、出来上がるまでに1週間かかるという「パテ アン クルート」。(白竹さんのInstagramより)

時間を使ってできる料理に挑戦していると、毎日、何かをやろうかなとは思えるというか、クセづいてきたというか。

昔だったら「こんな時間かかること、やってられるか」となっていたことですよ(笑)。でも逆に、今だからこそ「やらなあかん」という気持ちですねえ。

今こそ時間がかかることでもやってみて、それが早く仕上げられるようになればいいなと思っています。

森下さん:僕は新しいことはもう出し尽くした感じで、改めて今は何もしていないんです。でもお店は、「営業していますか?」「個室が空いていますか?」という問い合わせは増えていて、母の日などは、むちゃくちゃ忙しかったですね。記念日にはお客様はやっぱり来てくれています。

recetteのブリオッシュの写真

森下さんが作ったルセットの伝統的なブリオッシュ。低温発酵で作り、丸2日かかる。(森下さんのInstagramより)

白竹さん:僕の店でも、お客様から「お店、大丈夫?」という問い合わせが増えましたね。

先日も、よく来ていただいているけれども、表情からはうちの店をどう思われているのか読めないお客様がいまして(笑)、その方から「お店に行こうか?」と問い合わせていただいたことがあって、うれしかったですね。

逆に「あ、うちの店を気に入ってくれていたんだなあ」と気づけたというか。

みなさんに助けられているなあと思います。

まとめ

我慢が強いられ不安が蔓延するなかで、つい“奪われたもの”“なくしたもの”ばかりを数えたくなる今。

たとえば私たちはフレンチレストランを訪れた際に、「ワインがない」とがっかりするのか。そうではなく、水やジュース、お茶という新しい引き出しを開けて、味わう楽しさがあるとしたら。知らなかったものの奥の深さに出会うことができるのが「今」なのだとしたら。

“あるもの”のなかから可能性を探り続ける、料理人の想像力の豊かさ、創造性の高さ、粘り強さを考えさせられた座談会でした。

<協力>

店名 フレンチレストラン「Recette(ルセット)」
店名 フランス料理「PERTICA(ペルティカ)」

<写真提供>

フレンチレストラン「Recette(ルセット)」
フランス料理「PERTICA(ペルティカ)」
※座談会風景を除く