草原の牛

「グラスフェッド(grass-fed)」とは、直訳すると「牧草飼育」。

自由に動き回れる広大な自然環境で放牧され、牧草のみを食べて育った牛のことを「グラスフェッドビーフ(牧草飼育牛肉、牧草牛)」と呼びます。

最近では、ベストセラーとなった『シリコンバレー式 自分を変える最強の食事』の影響で、グラスフェッドの乳牛から作られる「グラスフェッドバター」が話題となりました。

実は、この「グラスフェッド」、日本では一般的ではない飼育方法なのです。

牛の飼育方法「グレインフェッド」と「グラスフェッド」はどう違う?

牛の畜産方法には、大きく分けて2つの種類があります。

ひとつは、おもに穀物で飼育される「グレインフェッド(grain-fed)」

牧草で肥育した後、一定期間、人工的に配合した穀物を与えて育てるもので、

  • ショート(出荷前80~100日穀物で肥育)
  • ミドル(出荷前120~180日穀物で肥育)
  • ロング(出荷前200~240日穀物で肥育)

という種類に分けられます。

栄養バランスに優れ、かつ高エネルギーな穀物を食べて育つため、柔らかでサシが入った霜降り肉となります。
日本、アメリカ、カナダで育てられる牛はほとんどがこの「グレインフェッド」です。


エサを食べる牛

もうひとつは、「グラスフェッド(grass-fed)」と呼ばれる飼育方法で、直訳すると「牧草飼育」となります。

自由に動き回れる広大な自然環境で放牧され、牧草や干し草のみを食べて育てられます(出荷前のわずかな期間、穀物を与え太らせることはあるようです。穀物を一切与えていないものは100%grass-fedと表示されたりするようです)。

放牧された牛はよく運動をするため、グレインフェッドに比べると赤身が多く、肉質は締まって硬めながら肉本来の味や香りが楽しめます。また、牧場によって牧草の種類や自然環境が異なるため、牧場ごとに個性ある味が楽しめるのも特徴となっています。

「グラスフェッド」での飼育を行っているのは、おもにニュージーランドとオーストラリア。
ニュージーランドでは特殊な例を除いて牧草飼育ですが、オーストラリアは「グレインフェッド」と「グラスフェッド」両方での飼育を行っています。


牧草飼育の牛

ちなみに、「パスチャーフェッド(pasture-fed)」という飼育方法もありますが、これは、肉質が柔らかくなるといわれるマメ科やイネ科の植物だけを与えるもので、「グラスフェッド」とは別のものです。

こう聞くと、「グラスフェッド」で育てられた牛の方が、自然で安全なイメージがあり好ましい印象ですが、この飼育方法は日本ではほとんど行われていません。

理由は、国土の狭さ(グラスフェッドで1頭の牛を育てる場合、1ha(100m×100m)もの土地が必要)や、牧場整備の労力不足、飼育期間が長いわりに出荷量が少ないため流通に乗りにくいなど、さまざまな問題があるためです。

霜降り好みの日本人も注目し始めた「グラスフェッドビーフ(牧草牛)」

日本では久しく、柔らかくサシの入った霜降り肉=「グレインフェッドビーフ(穀物肥育牛)」が好まれてきました。しかし最近になって、歯ごたえがあり、旨味の強い赤身肉の「グラスフェッドビーフ(牧草牛)」が注目を集めるようになっています。


ビーフステーキ

大きな理由として考えられるのは、下記の3つ。

まず、肉ブームでさまざまな肉を食べ比べる機会が増えたこと。

霜降り肉一辺倒な人たちも、肉本来の旨味が味わえる赤身肉に目を向けるようになってきたのです。部位や産地だけでなく、飼育方法の違いによって味に違いがあることに気づいた消費者が増えたといえるでしょう。

2つめは、糖質制限ダイエットのブームです。

これは糖質を制限して、野菜とタンパク質をたっぷり摂るという食事法です。

肉は推奨食材のひとつですが、なかでも赤身肉はビタミン、ミネラルが豊富で、抗酸化作用のあるオメガ3脂肪酸を豊富に含んでおり、高タンパク質・低カロリーで、うってつけとされています。

そもそも糖質制限をする人は健康に関心が高く、身体によい食材を選びたいという人が多いため、より健康的な印象の「グラスフェッドビーフ(牧草牛)」への注目度が高まったといえそうです。

3つめは、冒頭で述べた『シリコンバレー式 自分を変える最強の食事』や『ジョコビッチの生まれ変わる食事』、『世界のエグゼクティブを変えた超一流の食事術』などのベストセラー本による海外セレブたちの影響です。
彼らのように、より健康的に、意識的に、食べ物を選びたいと考えるヘルスコンシャスな人たちが日本でも増えてきているのです。

アサイーやチアシード、キヌアなどのスーパーフードと同様に、“育ち”が健康的でヘルシーな肉を食べたいというムードが高まっているように感じられます。

一般への認知度はまだまだ低い「グラスフェッドビーフ(牧草牛)」ですが、こうしたへルスコンシャスな人たちの間ではすでに常識となっている印象です。

グラスフェッドな牛の乳から作る「グラスフェッドバター」も人気

もうひとつ、肉以外で人気のグラスフェッド商品をご紹介しましょう。

それは、前述の『シリコンバレー式 自分を変える最強の食事』で一気に火がついた「グラスフェッドバター」です。

この本は、シリコンバレーで成功したIT長者が、15年間、30万ドルを投じて自らの身体で研究した食事法を紹介したものです。その中で朝食として推奨されているのが、「グラスフェッドバター」を入れたバターコーヒーです。


バターコーヒーとは、有機栽培の良質な豆から抽出したコーヒーに、MCTオイル(ココナッツから抽出した中鎖脂肪酸オイル)大さじ1〜2杯と、無塩の「グラスフェッドバター」大さじ1~2杯を加えたものです。

著書いわく、カフェインは脳の炎症を防ぐとともに、エネルギー消費量をアップさせ、グラスフェッドバターに含まれる不飽和脂肪酸による中性脂肪減少効果が期待できる「完全無欠コーヒー」なのだとか。

「グラスフェッドバター」はその名の通り、グラスフェッドで育てられた牛の乳から作られたバターです。

希少なため、日本で手に入るのはほとんどがニュージーランドやフランスなどの外国産。日本では、岩手県のなかほら牧場(日本で数軒しかない山地酪農を行っている牧場)で、ネットによる通信販売を行っています。

グラスフェッドは要注目!

今はまだ、「グラスフェッド」は、一部のヘルスコンシャスな人たちやセレブのあいだで人気となっているにすぎませんが、今後、予防医学や健康管理に力を入れる人が増えていけば、広く一般に浸透していく可能性はあります。
そもそも「グラスフェッド」は人工的な飼料や成長ホルモン剤、抗生物質を使わない自然で安全な飼育法であり、そうした牛肉や乳牛のミルクを求める消費者は少なくないはずです。

しかし、いざ購入しようとするときネックとなるのはやはり高めの価格帯。

コストや時間、手間がかかる飼育方法であり、流通量が少ないとなれば、人気が出てもすぐに生産量を増やす、というわけにはいかず、価格も低くは設定できないのが難しいところです。状況が変わっていくには、長い年月が必要です。

大切なのは、地道な啓蒙活動やPRと、国や自治体、消費者の継続的な支援でしょう。

「熟成肉」をブランド化して成功したように、「グラスフェッドビーフ」を効果的にアピールしていく戦略が当たり、生産体制が拡充できるようになれば、徐々に「グラスフェッドビーフ」は浸透していくのではないでしょうか。

今後も「グラスフェッド」は要注目です!