料理技術だけでなはい“何か”こそが、これからの料理人に必要なこと。

藪ノ:料理技術の交流ですね。

栗栖氏:そうです。我々が海外に行った時にも、学んだことを日本に持ち帰って何かと現場に活かしています。その工夫を考えられる能力として、高等教育が必要なのではと考えています。
例えば調理法を聞かれた時に「油でさーっと炒めて」ではなくて、炒める温度は何度?油は大豆?ゴマ?といったことをきちんと説明できるか、相手がどのレベルのことを聞いているのか、トップシェフが聞いているのか、学生が聞いているのか読み取らないといけない。僕自身でいえば、そこを読み取れる能力を持つことができたのは、大学で勉強させてもらえたからだと、今は思っています。

栗栖氏3

大学は1~10まで与えられて学ぶ高校までとは違い、自分がどう勉強するか、それをどう発表するかの場所です。同じように、自分で研究し、それを発表する場がないと、進化していかないのが料理の世界です。

ただ作って「これが自分たちの仕事や!」ではなくて、自分が表現したい料理を分かっていないときちんと伝わらない。技術だけでいえば、15歳から修行した方が、確かにうまいし早い。ただ、これからの和食の料理人を育てるという意味で、もっと大事なことがあると思うのです。

藪ノ:その“大事なこと”とは、ずばり、どんなことですか。

栗栖氏:「和食の世界は、今後どうしたらいいのか」そこを考えていける人材を増やしたい、と2代目は考えていました。僕も同じ考えで、和食の世界が今後どうなるか、何が必要となってくるのか、それが大事な部分でもあると思っています。
和食の伝承という意味でも、海外の方に向けても、技術だけでなく、文化的な勉強も必要だし、説明する能力が身についていないと、生き残っていくことは難しい時代になってきています。同時に、僕が惹かれた「料理屋」というビジネスの面白さは、ここにあるとも思うのです。

対談

藪ノ:私が飲食業界の課題と感じるのは、優秀な大学生が就職しないことです。アメリカだったら、金融にも行くし、ベンチャーにも行くし、企業家にもなるのに、日本の場合、大学生の希望する就職先には金融10社が並びます。最終的には変えていきたいのですが、栗栖さんは優秀な大学を卒業した方に入社いただくにはどうしたらいいと思われますか?

栗栖氏:業界自体が変わることと、それぞれの店舗の経営者の考え方、指導の仕方、店舗経営の仕方も変えることが必要だと思います。「たん熊 北店」では2代目が決めた“割烹ならではのオールマイティーなおもてなし”という方針を踏襲していますが、これからの時代は“何を売りにするのかを先に”決めないといけませんね。
たとえば、焼き鳥屋やうなぎ屋は何を売ってるかわかりやすいですが、割烹(かっぽう)って言っても、今の時代、何屋さんかわかりにくいですよね。何を売ってるのか、料亭とどう違うのか、働いてる人間も説明できなかったりするのは問題です。

今の若い人が知らない「割烹」と「料亭」の違いこそに、それぞれの魅力がある。

藪ノ:確かに、割烹と料亭の違いを明確に言える人は少ないかもしれません。

栗栖氏:割烹のよさというのは、お仕着せ料理、つまり決まったコース料理だけではなくて、お客様の要望に柔軟にお応えできることです。「今日は刺身はいいわ。最初から温かいのちょうだい」とかね。「焼き物は時間がかかるんで、それまでにちょっとだけ、あたたかいおつまみ出しますね」ってお応えする。お客様の状況や求めるものに合った対応ができるんです。

食べる順番もお客様が決める。基本的には、生もの、お椀、焼き物っていう流れは決めていますけれども、最後にお刺身とごはんを食べたい人だっているでしょうし、最初から天ぷら食べてもいいんですよ。ただ、お若い方なら最初に天ぷらでもいいですが、年配の方だとそれだけでお腹いっぱいでお食事終わってしまいますから、それはご説明が必要です。“自分たちは何を売っているのか”を従業員が理解できていないと、お客様とそうした会話ができないのです。

藪ノ:敷居の高いお店だと、こちらから言わないと逆に何も知らないまま、お料理が出てくるときがありますよね。

栗栖氏:料亭の場合は、細かいところは気にしていなくて、美味しいものがでてくる前提ですよね。きれいなお庭があって、座敷のしつらえも美しくて、高級な掛け軸を愛でて、お客様に日常生活にはない和の世界を楽しんでいただくのが料亭ですよね。
だからトイレも和のしつらえ、サービス係りも全員着物と徹底しています。それが、和室はあるんだけれども、トイレは洋風などと、ちぐはぐになると何に対して値段を払ったのかな、と感じてしまうはずです。そういった料亭と割烹の違いというのも、今はみんな知らないでしょ。

我々は割烹という中で何をウリにしているかというと、「和食だったら何でもできる」ということです。うちの店は、冬はすっぽん、京野菜の料理をお出ししていますが、寿司も会席も天ぷらもできるし、鍋もできる、ということが魅力です。
だから料理長は大変です。すべて勉強せなあきませんから。ともすればどれも中途半端、すべてが65点になってしまうんですよ。

丸鍋

僕はそこを整理整頓していきたい。中途半端になるなら、ホテルにお願いして寿司の専門店や肉の専門店をいれてもらう方がよいかもしれない。そんなことを考えながら、「和食なら何でも美味しい」という“ウリ”をお客様にも従業員にも伝え続けたいと思っています。

<次ページでは、調理師と料理人の違いについて、栗栖氏が語ります>