大阪・玉造の閑静な住宅街にひっそりと佇む「居酒屋ながほり」は、各界の著名人や料理関係者も足繁く通う人気店。「とにかく飽きてしまうんや!」とユーモアたっぷりに柔らかな関西弁で語る店主の中村さんが、若い時代に修業した店の数はなんと30軒以上!型にとらわれない自由な生き様は、クリエイティブで優しい温かみに溢れていました。

インタビューのポイント

point.1 お客様が唯一の師匠。すべてはお客様が教えてくれた
point.2 美味しい料理を作って、人に喜んでもらえる。料理人は「聖職」
point.3 料理はエンターテインメント。芝居・映画・ライブ…エンタメを見て、感性を磨け

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「お客さん」が僕の師匠。

まずは料理人になられたきっかけを教えてください。

中村氏:
最初の思い出は、僕が幼稚園くらいの頃かなぁ。父親が公設市場で下駄屋さんをやってて、ちょくちょく遊びに行っていて。市場の玉子焼き屋さんで可愛がってもらううちに「ぼく、自分で玉子焼いてみるか?」と遊びで焼かせてもらえたんです。自分で焼いた玉子が美味しくて(笑)。小学生の頃には、いろんな飲食店が入った『飲食ビル』をやりたい!とぼんやり夢見るようになりました。そして中学校の頃にした初めてのアルバイトは新大阪駅のうどん屋さん…という風に、飲食業に小さな頃からずっと縁があったんやねぇ。そして高校生の頃に料理人になりたいと本気で考え始めて‥大阪各地の飲食店を30軒以上も転々としました。

 

1つの店でなく、様々な店で働いてこられた理由はありますか?

中村氏:
とにかく飽きてしまうんやね(笑)。店に魅力が感じられなかったり、年功序列でなかなか仕事させてくれなかったり、経営者とうまくいかなかったり…理由はいろいろやなぁ(笑)。例えば店でホールを任されたら、お客さんと話するのが好きやったこともあって、注文も沢山取るし、一生懸命やるから店の売り上げもあがる。だから店を辞める時には、惜しまれてやめることが多かったよ(笑)。そして27歳で独立し、大阪市中央区島之内に最初の「居酒屋ながほり」をオープンしました。

 

では料理も師匠に教わったというより独学ですか?

中村氏:
しいていえば僕の師匠は「お客さん」やね。お出しした料理を「これは旨いわ!」とか「これはあんまりや!」とはっきり教えてくれるし、「あの店が美味しいで」と教えてくれた。だから料理は独学といえば独学ですね。店が休みの時をフルに使って、お客さんに教えてもらった美味しいものを沢山食べて勉強するんです。それを食べながら、どんな風にしているのか考え、自分で試行錯誤試するんやけど、同じ味が再現できてもダメ。いつも「その味を超えること」を目指して、それ以上の素材を仕入れ、自分の料理を確立していく。上をいかないと意味がないからね。常に一番でいたいし、常に一番にならないと!だから現状に満足してられないです(笑)。

探求心から始まった生産者との出会い。

オープン当時の「居酒屋ながほり」はどのような店でした?

中村氏:
焼鶏やお造りなどがある居酒屋のスタイルは大きく変わっていません。カウンター10席と6席のテーブルがひとつ。今の店のだいたい1/3くらいの規模かなぁ?オープンして最初の2か月は苦しかった。知名度もないし、お金もないし…オープンした時はつり銭も無かった!(笑)。だからお客さんがお支払いの時に1万円出されると「ちょっと待ってくださいね~」と言って近くのコンビニで両替して‥(笑)。そんなスタートでした。

店をやりながらお客さんがいろいろなことを教えてくれるので、もっとパワーアップしたい、もっと良くしたい…と日々、試行錯誤の連続。だからオープン当時も今も、店名は同じ「居酒屋ながほり」ですが、当時と今とではもう店の中身が全然違います。やはり一番の違いは扱っている素材。とにかく素材に徹底的にこだわり、最高の素材を扱えるようになりました。

 

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