カウンター9席と4名掛けのテーブルがひとつという小さなお店ですが、提供する料理は骨太の本格イタリアン。シェフはイタリアンの名店を渡り歩いて修行された花谷和宏さん(36歳)。2011年12月、この場所に念願だったカジュアルイタリアンのお店をオープンされました。
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たまたまアルバイトで入ったのがイタリアンのお店でした
———花谷さんは、なぜイタリアンのシェフになろうと思ったんですか?
花谷氏:イタリア料理にこだわりはなくて、自分のお店を持ちたいという夢だけがありました。大学を卒業して3年くらいは定職に就かずにアルバイトばかりしていました。25歳になって、ふとこのままではマズイ、と思ったんです。
そんな時にアルバイトをしたのが、たまたまイタリアンだったんです。調理学校に通ったこともなく、調理についてまったくの素人でした。なので、当然知らないことばかり。無我夢中で働いているうちに、いつのまにかイタリア料理が好きになっていました。
僕の時代は、今のように選択肢が豊富になかったですから、やるしかないって気持ちが大きかったですね。
———がむしゃらにイタリア料理に打ち込んだ結果、夢だった自分のお店を持つことができたんですね。修行から開業まではスムーズに進みましたか?
花谷氏:いえいえ、とんでもない。30歳の頃でしょうか、調理全般を一通りできるようになったので、何でもできると勘違いしてしまいました。実際は全然できてなかったんです。その時は本当に落ち込みましたね。
でも、その経験があったおかげで、その後にグッと成長できたので結果的にはよかったです。技術的な部分は、やっていけば必ずできるようになるんです。でも技術だけではダメ。“心”が料理にきちんと向き合っていないと、相手(お客様)に感動を与えられないんです。
この“心”の部分が大事!“心構え”や“覚悟”と言い換えてもいいいかもしれません。これは、技術と違って必ずできるようになるものではないんです。でも、それができる『人』を育てること、それが自分の使命だと思っています。
飲食業界の常識にとらわれず、労務環境を整えたい
———『人』を育てることが使命だということですが、今の若者はご自分の頃と比べてどのへんが違うと思われますか?
花谷氏:自分の頃と比べて情報がたくさんあり、選択肢もたくさんありますよね。でもその反面、ちょっとでも自分に合わないと感じたら、すぐに辞めてしまう。辞める理由がいくらでもあるし、次の選択肢がとにかく多い。
だから、ひとつのことにあまり執着しない。しんどいこと・辛いことを経験しないと、その先にある楽しいことにたどり着かないのに。そういう意味では、もったいないなと思います。
———すぐに辞めてしまうのは、たしかにもったいないですよね。特に飲食業界は離職率が高いと言われてますが、そのへんはどのようにお考えですか?
花谷氏:私はシェフであり経営者です。料理を作るのはもちろんですが、スタッフが働きやすくなるような労務環境をきちんと整えることも大切な仕事だと思っています。最近は飲食業界の暗いニュースをよく聞きますし、ネガティブなイメージが強い。
それを払拭するような、労働時間や休日数、賃金態系を一般の企業並みにもっていきたいんですよ。飲食の常識にとらわれずにね。そうすれば、いい人材が入ってきて業界が盛り上がると思うんです。
どんな業界もそうだと思いますが、結局すべては『人』なんですよね。『人』を育てるための土壌を作ることが、未来のシェフやサービスマンをつくることにつながる。そう信じてコツコツやっていくだけですね。
僕ひとりじゃ限界がある。一緒に働く『人』次第
———ミシュランの「ビブグルマン」に選ばれましたが、掲載後は何かかわりましたでしょうか?
花谷氏:特に予約が取りにくくなったり、売上があがったりとかはありませんね。一度掲載されたので、僕としてはそれで満足。次も載りたいなどのこだわりはないですね。それに縛られてしまって、自分のやりたいことが制限されるのがイヤなんです。
僕は自分がおいしいと思う料理をリーズナブルな価格でお客様に提供し、喜んでもらえればそれが一番!ただ、自分ひとりでできることには限界があるので、一緒に働いてくれるスタッフは大切にしたいですね。
おいしい料理を作りつつ、次代を担うシェフやサービスマンを育てていきたい。『人』が育たないと、いいレストランはできませんからね。ひとつのお店で2~3年頑張って働けば、次に目指すべき道や体得するべきことが見えてくると思います。
それがわかったら、次のお店にうつればいい。ステップアップのための転職でないと、意味がないですから。そのためにできる限りのことはやりたいと思います。ひとりでも多く飲食業界に飛び込んでくれることを期待しつつ、僕なりにがんばりたいですね。
「自分に合う仕事」ではなく、まずは「自分が合わせてみること」
———花谷さんが、これから仕事を探す若者にアドバイスするとしたら、どんな言葉をかけたいですか?
花谷氏:最近の人は、「この仕事は自分に合わない」と言うのをよく耳にするのですが、僕は自分が仕事に合わせてきた方なんです。はじめから、自分にぴったりの仕事なんてまずないでしょう。
どんな仕事でもがむしゃらにしっかり取り組めば、おもしろさが見えてくると思うんです。その人の気持ちや向き合い方次第で、素敵な仕事かどうかって感じ方が変わってくる。だから、僕の働き方を見て「料理の仕事ってすばらしいな!素敵だな」って思ってもらえれば本望ですね。

「オステリア ハナタニ」
兵庫県神戸市中央区 1丁目27−10 天城 ハンター坂ビル1F
編集後記
飄々とした雰囲気とは異なり、お話の内容はとても熱い花谷シェフ。飲食業界の常識にとらわれず、労務環境を本気で改善していく志に、とても感銘を受けました。
オーナーシェフの仕事とは、おいしい料理を作るだけでなく、未来のシェフをつくっていくことでもあるのだな、とあらためて気づかされた今回の取材でした。
花谷シェフ、ありがとうございました。またランチ食べに行きますね!