カウンターに立つ山下さん


平成25年12月、ユネスコ無形文化遺産に登録された和食日本料理。日本が誇る伝統的な食文化が一気に世界中の注目を集めました。健康に良く、四季を感じられるもの。素材の美味しさを味わい、栄養バランスも良い。日本料理の魅力と奥深さは一言では表せません。

最近では、海外で働きたいという若手料理人が増えており、実際、海外で活躍する料理人が高待遇でいきいき働いていることをご存知でしょうか?
この記事では、未経験から海外にチャレンジできる仕組みについて、大東企業株式会社の取組みを紹介します!

<企業説明>

個室会席 北大路の外観

創業から約90年。バブル崩壊やリーマンショック、コロナ禍など、経済危機に何度も直面してきた大東企業株式会社。
<NEXT FOOD CULTURE GLOCALLY/食文化を通じて、地域と世界の人々に貢献し、持続可能な食の新しい価値をつくる>という新しいパーパス(方向性)が設定され、大きく舵を切った2022年。地域の人々と社会をもっと楽しく、料理人のクラフトマンシップで食の未来を切り拓いていくといったミッション・ビジョンの実現へ向け動き始めました。
コロナ禍を経た現在、企業内だけではなく、和食業界全体に生じている『若手職人の育成、定着』といった喫緊の課題に着目。さらに料理人の可能性をひろげる『海外挑戦への道筋』をつくりました。

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銀座から世界へ。海外展開を視野に、大東企業グループが目指す新しい食文化のカタチ

大東企業株式会社の歴史は約90年前に始まりました。元々ハイヤーの運転手だった初代社長が政界関係者から「銀座で土地を買った方がいい」というアドバイスを受け、土地を買い、ビルを建て、1951年に飲食事業をスタートしました。当初は居酒屋8店舗ほどを運営。200~500席という大箱の居酒屋は連日大繁盛の人気店へと成長しました。数年後には料理番組の影響から和食に着目。業態を懐石料理に絞り、本格日本料理店の運営を始めました。
平成初期、2代目社長の時代です。

そこから3代目社長に代が変わり、国内でこれ以上店舗を増やしてもマーケット的に厳しいのではないかということで海外進出を開始。まずはバンコクに日本料理店を出店したところ、アッパー層がこぞって来店したそうです。世界的ビールメーカーの会長が訪れた際には「本物の銀座の味をここで出してほしい」と熱望され、現地に新会社を設立するに至りました。これが大東企業株式会社が海外へと歩みを進めるきっかけとなりました。

長方形の皿に盛りつけられた鮮やかな刺身

■海外出店への道

当時、海外で和食といえばラーメンや大手飲食チェーンが知られており、本格日本料理店は見かけませんでした。出店するには仕入れルートの開拓などが難しく、日本から素材を持ち込むなど課題は尽きなかったそうです。
この課題をクリアしたバンコク店の成功を受け、シンガポール、ベトナム、ミャンマー、アメリカからも出店依頼が殺到!各国へ視察に行きましたが、コロナ禍の影響で出店が困難になりました。
しかし、「できないと諦めるのではなく、できることをやろう!」と底力を発揮し始めます。

■若者の想いを知り、新たな方向性を設定

コロナだけでなく、この先の未来、和食がどうなるか、板前さんをどう育てていくか。業界全体に課題が山積していました。この状況に『海外で活躍できる板前を輩出していきたい』と乗り出しました。
きっかけは、職人を志す若者に「夢はありますか?」という質問をしたときです。ひと昔前は「独立したい」が多数を占めていましたが、現在は「日本の給料が安いので海外で働きたい」という意見が多くなっていることでした。
夢を持つ若者を海外で活躍させるためにはどうすればいいか。課題を得た大東企業株式会社は【銀座から世界へ】という流れを作ることをミッションとし、NEXT FOOD CULTURE GLOCALLYという新しいパーパスを掲げました。

一度はコロナ禍でとん挫した計画。そこから若者の想いを知った同社は、海外出店やプロデュース業に乗り出し、着実に準備を進めています。

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