
いつか自然豊かな土地に移住し、カフェやレストラン、居酒屋を開きたい!そう考える人は多いでしょう。ですが、資金があっても土地や建物との出会いがなければその夢は実現しません。今回ここでは、熊本県の阿蘇地域に移住して自分の飲食店を開いた方々と飲食店物件を扱っている不動産会社に取材し、地方での物件探しのコツについて考察します。
目次
「夢ノート」に描いた理想の土地で南フランス料理店を開業
今回の取材の舞台は、熊本県の阿蘇。美しい阿蘇山の周りにはカルデラと呼ばれる平地が広がり、そのカルデラを囲むようにして外輪山があります。山々とカルデラが作る素晴らしい景観と、四季折々違った表情の自然を味わうことができるこの地域には現在約5万人弱の住民がいますが、年間一定数の移住者が阿蘇にやってきます。
1999年にオープンした、南フランスのプロヴァンス料理が食べられる南阿蘇村のレストラン「ボンジュール・プロヴァンス」のオーナー・田中啓子さんも、都市部からの移住者です。
店は、村の中でも木々に囲まれて奥まった場所にあり、森の中に現れるおとぎ話に出てきそうな雰囲気とおいしい味を求めてたくさんのお客さんがやってきます。
田中さんには、土地を探す時から明確に「こんな店にしたい」という設計図がありました。当時のノートには、店の外観に始まって内観の平面図、資金計画に至るまでの計画が、驚くべき細かさで記されています。普通の料理ではだめだから、どこも出していないプロヴァンス料理を出したいということも明確にイメージされていました。
いい土地があったらそれに合った店を考えていくという順番ではなく、まずどんな店にしたいか具体的なイメージがあり、それを叶えるための土地を探したことが移住開業の原点だったのです。
絵画を売る営業職に就いていた田中さんは、九州全域を仕事で回りながら夢を実現できる土地を探したそうです。憧れていたプロヴァンスに似ている土地として南阿蘇の久木野地区を見つけるのにそう時間はかかりませんでした。
田中さんは、自分がどういう店を作りたいのか、自分の思いの丈をできるだけ不動産会社に伝えることが土地探しでは大事だと言います。
「周りに家がなくて、近代化されてなくて、広さはこれくらいで、眺望が良い場所。飲食店が軒を並べているのではなく、ゆったり過ごせるところ、居心地が良いところ。外を見れば緑が見えるところ。他になかなかそういうお店がないなか、自分はそういうところを作りたいと思っていました。」と田中さん。
どんな山の中にあってもお客さんは来てくださるはずだと、確固たる自信があったと言う田中さんは、まだ整地されておらず、草などが生い茂っていた段階の土地を紹介された時すぐに「この場所だ!」とピピっと来たそうです。
自分が行くとしたらこういうお店がいいという理想を見事に具現化した「ボンジュール・プロヴァンス」ですが、これまで宣伝費をかけたことがないと言います。来店された方の口コミ紹介や、評判を聞きつけた地元誌やテレビなど、メディア露出で知名度を高めていきました。今では、様々な地域から情報を聞きつけてやってくる人でにぎわうようになりました。
不動産のプロが語る、地方で理想の飲食店物件を見つける秘訣
「ボンジュール・プロヴァンス」の主、田中啓子さんに土地を紹介したのが、南阿蘇村にある不動産会社「西部開発株式会社」の野添智揮社長です。「何のために店をやるのか」「阿蘇に来てどうなりたいのか」というビジョンが明確で、そういう思いがきちんと表現できる人物でなければ、「ボンジュール・プロヴァンス」のように成功する飲食店の経営者にはなれないと野添社長は言います。
地方には不動産会社が少ないので、根気強く物件を探すことが必要ですが、不動産会社と良好な関係を築くことはとても大事だと野添社長は言います。
売る側と買う側という関係ではなく、身内や親しい友人に紹介するように物件を紹介してもらうことができれば、いい物件に出会う確率は上がります。そうした関係性を得るためには、飲食店をどうしたいのかということをしっかりと考えて、自分の夢を不動産会社にしっかりと伝えることが重要です。何のために地方に来て店を開くのか、店に来たお客さんにこう感じてもらいたい、そのためにこんな雰囲気を出したい、そうしたところまでしっかりと計画することが求められるのです。
また、地方の物件探しの場合、物件数が少ないので頻繁に現地を訪れることも大事になります。地方では、見知らぬ人に土地や建物を売ることにはあまり積極的ではありません。それは全国どこの地方でも共通の特徴で、そのため現地に足を運んでそうした雰囲気をつかむことはとても重要だそうです。
美味しい水の湧く眺望抜群の土地でこだわりのピザ店を開業
熊本県阿蘇市の「ピザハウスりんりん」は、阿蘇山が見える眺望抜群の場所にあります。現在は芝生が美しい庭ですが、福岡市内でサラリーマンをしていたオーナーの西村恩恵さんが出会った当初は、土地が道路より1mほど低く、草もぼうぼうと生えていたそうです。それを整地し、電柱が眺望の邪魔をしないような位置に変えるところから店づくりを始めたのです。
2001年にオープンした、「ピザハウスりんりん」の一番の自慢は、敷地内に湧く水を使って仕込んでいるピザとコーヒーです。水は食べ物の基本だと考える西村さんは、水が湧くことを期待してこの土地を買い、ボーリング工事をして湧き水を手に入れました。
阿蘇の湧水で練り上げた食感の良いピザに、無農薬栽培の豆を使った、香りが自慢のコーヒー。よそにないようなものを作れば、関東や関西からもお客さんは来てくれる。そして自分が惚れ込んだ山、水、風。店の前の広いスペースは駐車場にするべきだという人もいましたが、あえて眺望を意識して芝生にしたそうです。
土地選びの時には、自分の思いとどういう店にしたいのかという視点を大事にすることは基本中の基本だと西村さんは言います。西村さんは、素材にこだわったピザとコーヒーを眺望が良くて居心地が抜群の店で提供したい、その思いがあったからこそ、地主さんが売りたいという気持ちを持っていた理想的な土地に出会うことができました。
西村さんがあえて観光地の中心部を避けたのは、土地代などの初期投資がかかりすぎることを懸念したことも理由のひとつです。「目の付け所をどこにするか、そして広い視点で物事を見ることが大事」だと西村さん。例えば、建物を建てる時には、自らデッキの高さまで細かく注文しながら作り込みました。また、大工まかせにしないために、建設中の期間は敷地内にプレハブの小屋を建ててそこに住みながらの作業だったそうです。
店ができてからも、様々な場所に旅行してさらに店を良くするための情報を得ていると言います。
まとめ
今回の取材で、地方で飲食店を成功させるために大切な物件探しについてお話を伺った3人は、口をそろえて「不動産を探す前に、どういう店にしたいのかをまずは明らかにしておくことが重要」だと言っていました。
どのような雰囲気の店でどんな味を提供したいのか、お客さんにどう感じてほしいのか。いい物件と出会うには、実現させたい飲食店のイメージを明確にすることが最大のポイントといえそうです。
取材協力
企業名 | 西部開発株式会社(不動産会社) |
店舗名 | ボンジュール・プロヴァンス(南阿蘇村のレストラン) |
店舗名 | ピザハウスりんりん(阿蘇市のピザレストラン) |