一般社団法人メンタルサポート総合学園 代表理事 学園長 平村雄一郎氏

2021年秋のオープン以来、InstagramをはじめSNSで⼀気に認知度がアップした「クマの⼿カフェ」(⼤阪・上本町)。⽩い壁の⼩窓からふわふわの“クマの⼿”がにょき︕ドリンクやパフェをお客様に⼿渡す画像や動画が拡散され、今では海外でも話題に。顔を⾒せずに接客できるので、ストレスの多い社会からちょっとはみだしてしまった⼈が、社会復帰の⾜がかりとして活躍しています。

今では多くの人の共感をよび、国内外からお客様を呼び寄せる「クマの⼿カフェ」。その魅⼒を知りたくて、代表の平村雄一郎さんに話を伺いました。
(取材︓2023年 4⽉13⽇)

小さな窓からクマの手でドリンクを提供している様子

小さな窓からクマのおててでサーブしてくれます

▼プロフィール
平村雄一郎氏/一般社団法人メンタルサポート総合学園 学園長
1960年生まれ、大阪府出身。ファッションディレクターとして活躍。モデルを使ったイベントや、パリコレ、東京・大阪コレクションなどファッションショーの製作に約20年間携わる。バブル期以降、アパレル業界が低迷。華やかな世界の裏側で心身ともに疲弊するモデルを見てきたことで、「第二の人生」として人の気持ちに寄り添った仕事をしたいと心理学を学びはじめる。2008年、民間の心理カウンセラーの資格を取得。2017年に一般社団法人「メンタルサポート総合学園」(大阪・北浜)を設立。2021年9月、繊細な人が働く「クマの手カフェ」(大阪・上本町)をオープンする。

コロナを機に「クマの手カフェ」が誕生

──「クマの手カフェ」を立ち上げた理由を教えてください
コロナがきっかけです。2017年に「メンタルサポート総合学園」を設⽴してから、 ⼼の悩みをお聞きしたり、⼼理学を学びたい⽅にむけての基礎講座や、プロのカウンセラーの養成を⾏なっていたんですが、コロナ禍で思うように開講できなくなりました。

電話やオンラインでもできるのですが、私は「⽬を⾒て」「⼈と会って」というスタイルを⼤切にしています。特にカウンセリングを⾏う場合などは「元気です」と ⼝では⾔っているけれど、表情、うつむきがち、⼩さなため息を見逃さないという⾮⾔語のコミュニケーションが⼤事なわけです。それを専⾨語で「ノンバーバルコミュニケーション」といいます。オンラインですと、それが読み取りにくい。それでしばらく学校をお休みすることにしたんです。

インタビューにこたえる平村さん

「クマの⼿カフェ」を運営する、一般社団法人メンタルサポート総合学園 学園長 平村雄一郎さん

そうしたら⽣徒さんへの対応や授業のサポートをしてもらっていた当校卒業のカウンセラーの卵さんたちに
「学園⻑、私たち、何しましょう」
「活躍する場所がないです」 と。
「そ、そうだね」と突き上げ状態になったんですよ(笑)
それで、カウンセラーの卵さんたちにカフェを運営してもらうことを思いつきました。

ヒントになったのが、欧州の「⼩窓のバー」という壁に窓をあけて、⼿だけでお酒を提供するスタイルです。それなら非対面・非接触でコロナ禍にぴったりだと。

──欧州の「⼩窓のバー」が原型なんですね

クマのクッキーなどが乗った色鮮やかなドリンク

メニューは「メンタルサポート総合学園」の卒業⽣でカウンセラーをめざす川井⽥さんと平村代表の二人三脚で考案。川井⽥さんは素⼈ながら菓⼦や料理が得意。現在「クマの⼿カフェ」店⻑として活躍中。

そうなんです。それでカフェ立ち上げの構想を練っているうちに、カウンセラーの卵さんたちが運用する店なら、メンタルサポートとして当校の強みを活かし、繊細な⽅のための飲食店にならないかなと思ったんです。

繊細な方が、お客様として寛げるお店にしよう。いや来店頂くだけでなく、「⼼の問題で⼈前に出にくい⽅や、なかなか社会復帰できない⽅を雇⽤すれば、もっといいのでは」とアイデアが次々に出てきました。

だから初めから“繊細さん”をサポートしようと思って⽴ち上げたわけではなく、順序的には、カウンセラーを⽬指す卒業⽣の活躍の場を作る→“繊細さん”に活躍して もらおう…です。

──“繊細さん”の求人募集はどのようにしたんですか?
店頭の⽴て看板の裏に「繊細さん、よかったらいっしょに働きませんか」の張り紙1枚のみ。それ以外の告知はゼロです。オープン集客のPRとしては、インフルエンサーさんにInstagramでのPRを依頼をしましたが、求人募集としては張り紙だけだったんです。

でもそのInstagramの効果が予想以上で、瞬く間に「こんなカフェができる」と広がってプレオープンのときにはすでにお客様が並んでいる状態だったんです。

求人募集の看板

店頭の求人募集の立て看板

しかも求人の問い合わせも、店をオープンした初日から
「ここで働けるんですか?」
「どうやったたら、ここでアルバイトできるんですか」
と相次ぎました。

こちらも雇⽤するノウハウなどなかったので、Instagram で履歴書をお送りくださいと情報を流しました。すると10代からシニア世代まで幅広い世代の⽅、 30〜40⼈ほど履歴書が届きました。⾯談は当校卒業のカウンセラーの卵さんたちが対応しました。

6カ月で卒業と決め、繊細さんの社会復帰の足がかりに

──どんな方が求人に応募してきたのですか
「クマの⼿カフェ」で働くことを希望される⽅は、⼼の不安を抱えている方が多いです。応募動機 をお聞きし、⾯接はプチカウンセリングという意味もあり、メンタルケアもしています。
⾯接に来る⽅は、パニック障害、適応障害、空気が読めなくて会社や学校でいじめられた、 ひきこもっている、コミュニケーションがうまくとれないなど、様々な悩みがあり、 そういう⽅が、ここに希望を求めて応募するというケースが多いですね。

インタビューにこたえる平村さん

一般社団法人メンタルサポート総合学園 学園長 平村雄一郎さん

──社会復帰をしたくても足踏みをせざるを得ない方が予想以上に多いんですね
そうですね。通常の会社では「頑張ってくれる⼈」 「⾏動⼒がある⼈」 を求めるので、“繊細さん”にとっては⼤きなハードルとなります。
「社会復帰が怖い」
「求⼈情報をみても応募できない」。
そういう⽅もトライしやすい場所、安心の場所になっているのかなと思います。

「クマの⼿カフェ」では、カウンセラーの卵さんが“繊細さん”をサポートします。
だから店舗裏のバックヤードでは、“繊細さん”も安心して働け、カウンセラーの卵さんにとっては繊細さんをサポートすることで「学び」があります。

また来店されるお客様は⼼が弱っている⽅も多いので、お客様に向けて仕事をするフロントヤードでは、「ここで元気をもらった」「安⼼できた」と言われることで、自分の働きを認めてもらえたと自己肯定感があがり、どちらも良い関係性が生まれています。

小さな窓からクマの手でドリンクを提供している様子

「がんばってくださいね」の声や、クマの手をギュッとにぎってもらうことも多い

──どんな仕事をどのようにお任せしているんですか
仕事には⼤きく分けて3つのステップがあります。
1 店内作業/クマの⼿を使って商品の提供、洗い場
2 窓⼝業務/「いらっしゃいませ」の声かけ、レジ会計、パフェなどの製造
3 店頭・窓⼝業務/レジ会計、店頭の備品補充ができる(=お客様と顔を⾒ながら話せる)

6ヶ月の雇用で、各1ステップを2カ⽉間で学びます。 その後卒業し、次の新しい⽅に譲っていただくようにしています。

──卒業という響きがいいですね
ここは居⼼地のいい環境なので、ずっといたくなるんですよね。だから最初の⾯談時に「『クマの⼿カフェ』は⼀時的な社会復帰の装置なので最⻑6カ⽉で卒業ですよ」と話します。悲しい表情をされる⽅もいますが、雇用終了後もつながりを保つ機会をと「クマの⼿カフェ」の催事には、お⼿伝いの声かけをすることもあります。

百貨店の催事出店にたくさんのお客様が並ばれている様子

2023年、阪急百貨店「バレンタインフェア」の催事にも出店

──運営するうえで“繊細さん”への配慮や約束事はあるんですか?
“繊細さん”は、傷つく経験を繰り返したことで、後発的に認知が委縮したり、アクティブに⾏動できないことが習慣化しています。だから「クマの⼿カフェ」では、その⽇の勤務終了時に、“繊細さん”が「3つのポジティブフィードバック」を⾏い、良いところを⾒つける習慣づけをしています。
具体的には、「今⽇のポジティブフィードバックをします」と周囲のスタッフや同僚に3つ伝えてから退勤する流れです。

まず1つは⾃分に。 今⽇、頑張ったこと。創意⼯夫できたこと。なんでもいいんです。「⾃分の良かったこと」 を伝えます。

2つ⽬は⾃分以外の⼈の良かったこと。 ⼀緒に働く仲間だったり、お客様だったり。「クマの⼿カフェ」の店内にポストがあるんですが、そこに投函される⼿紙の内容でもいいので「あの⼈の良かったこと」を伝えます。

店内にある、自由にお手紙を入れられるポスト

ポストを通じて、メンタルサポートやカウンセリングの依頼をする方もいる。

3つ⽬は社会に対して。 例えば「通勤途中でご高齢の方に席を譲っている学⽣を⾒た」とか、「道でごみを⾒つけた⼈がごみ箱にいれた」とか、社会を客観視して「良かったこと・素晴らしいと感じたこと」を伝えます。

これを退勤時に⾔う必要があるので、⽇中も「今⽇は何を⾔おうかな」と考える時間ができます。それが習慣化すれば「良かったこと探し」ができる⼈になるんです。⾔語化することで⾃分の⾔葉で⾔えるようになり、プラスのエネルギーを発する⼈になれるんです。そういうポジティブな発信ができる⼈には⼈が集まるようになります。

「⾷」は身近で⼈の⼼を満たす⼤きな⼒がある

──メンタルサポートの場として飲食業界を選んだ理由はなんでしょうか
「⾷」には⼈を喜ばせる要素がたくさんあります。私は情動(心理学用語で深層心理に近い感情のこと)が喜ぶことをしたいと思ったんですよ。たくさんの⼈の癒しになる・笑顔になるというと、⾐⾷住の中では「⾷」だと考えました。「⾐」といっても、癒しの服をつくるメーカーになるのかって時間のかかる話ですし、「住」という癒しの空間がつくれたらいいけれど、それはまぁお⾦もかかることで。 やはり「⾷」が⼀番⾝近で⼤きな⼒があると思います。

加えて、商品を提供したときに、「わぁ」というサプライズがあるといいなと思いました。 「おいしい」 「かわいい」という感じ。それで業態をカフェにしたんです。

店内にはクマのぬいぐるみやグッズがたくさん飾られている様子

店内にはクマのぬいぐるみやグッズがいっぱい。

──お腹も心も満たされるとほっこりしますよね。それに「クマの手」というビジュアルと世界観。ファッション業界で培ったノウハウも感じました。

そうですね。確かにビジュアル部分は⼤切にしましたね。ファッション業界に⻑くいたので、そこで培ったものが活かせたのかなとは思います。 そしてPRも同様にポジティブにしていきたいんです。「クマの⼿カフェ」でいえば“繊細さん”の努⼒は、⼀昔前なら「いや、 私たちはいいから」と控えめで表に出てこないことが多かった。

今はそんな昭和の時代ではないと思うんですよ。隠れた努⼒というより、ちゃんと努⼒したことをPRして、そういう⽅にスポットを当てる機会を作りたい。そうするとそれに共感する⼈が生まれて輪が広がっていくでしょう。
頑張る姿が違和感なくみえる、そんな社会がいいと思うんですよ。優しい世界をつくることに寄与したいというか、そういう気持ちです。

──だから繊細さんだけじゃなく、多くの人が訪ねたくなるカフェになっていったんですね。壁には来店者のメッセージがあふれています。
そうですね。同じような境遇の⽅からの励ましもあれば、海外からの頑張ってくださいの声もあり、“繊細さん”をはじめ、スタッフみんなの励みになっています。ここで⼿紙を書いて店内のポストに投函して帰る⽅も多いですね。毎⽇いっぱい届きます。

手紙やメッセージを壁に掲示している様子

届いた手紙やメッセージは、プライバシーの部分は伏せて壁に貼っている。ここでお茶をしながら、長い時間、手紙を読んでいる人もいる。

──たくさんの共感を生んでいますね
正直なところ驚いています。私はメンタルサポートを仕事にして以来15年間頑張ってきて、認知度は、開業1年半に過ぎない「クマの⼿カフェ」に⼀気に抜かれた感じです。それが「⾷」のトレンドのパワー。「⾷」の情報の拡散⼒ですね。

現在、メンタルサポート総合学園HPへのアクセス数は500。「クマの⼿カフェ」のアクセス数は3000ですから6倍ぐらいのアクセスがあり、今は両方合わせたHPにしています。
以前はメンタルサポート総合学園の問い合わせの際に「『クマの⼿カフェ』って何ですか︖ 」だったのに、今では「『クマの⼿カフェ』を運営するメンタルサポート学園さんですよね︖ 」って逆転している(苦笑)。

クマのイラストが飾られている様子

大阪出身のイラストレーターの大原そうさんが、「クマの手カフェ」の取り組みに共感。ジョイント企画の構想も進んでいるのだそう。

“その⼈らしく輝く”そんな⼈材を創出できる仕組みをつくりたい

──今、新たに工夫していることを教えてください
今年に⼊ってから、国内外問わず、ツーリストの⽅が多数来店されるようになり、観光地みたいになってまして。朝は11時オープンなんですけど、10時45分にはガラガラとスーツケースを携えてご来店されます。それで「お⼟産ないんですか︖」と聞かれるんですよ。だからクマさんのお⼟産グッズの販売もするようになりました。オリジナルはまだないんですが、今はどんなものが売れるのか試しに⾊々おいてるところなんです。

あとは、このビルの5階があいてるので、イートインではなく本格的にカフェをしようと計画中です。そしたら⼈もさらに雇えるし、“繊細さん”がアイデアをだしたメニューなども提供していきたいし、フェアトレードのコーヒー豆を使うなども考えています。

海外からのお客様が、クマの手からドリンクを受け取る様子

取材当日、カナダからやってきたという女性の観光客も。

──めざしたい未来は?
「クマの⼿」のサービスを受けたい⼈が全国にいらっしゃるのに、それを提供できていないので、それをクリアしていきたいと思っています。よく「“繊細さん”が働きやすい場所が増えるといいですね」といわれますが、店舗数を広げるのではなく、そういうステップをふんで、社会に再び人材を送り出すことができる社会施設を⺠間でできないかなと考えているんです。

例えば飲⾷業界なら外⾷企業の協力のもと、 “繊細さん”がメンタルケアをしながらスキルアップして飲⾷業界で活躍する。そんな⼈材を創出するシステムがあれば素晴らしくないですか︖ 繊細だからってピラミッドの下のほうで⽣きがちな社会ではなく、その⼈らしさを活かして復帰し活躍できるやさしい社会をつくりたい。かつて私はファッション業界でパリコレ成功をめざす世界にいたので、受け⼊れ先がピラミッド型しかない社会にアンチテーゼの活動をしていきたいと思っています。

インタビューにこたえる平村さん

「⽇本は⾏政が規制の網をかけ、アクションしづらい社会です。メンタルケアについても欧⽶でポピュラーに取り入れているものを⽇本流にカスタマイズして、必要としている人に⼿の届きやすいものにしていきたい」と平村代表。

──PRしたいことがあればぜひ!
今、社会に求められるのは成果。そのためのスキルアップ、そしてそれを⾝につけるための 厳しさが重視されます。それは男性性なんですね。今は社会は男性性で動いていて、個⼈が 社会に適応することを求められています。メンタルサポートというと、⼥性性に寄りがちな んですが、要はそのバランスが⼤事なんです。これを五分五分でバランスをとれるように、 専⾨⽤語でセンタリングというんですけど、そんな社会に近づくように頑張りますので、ど うぞ応援をよろしくお願いします。

──そうですね。そうなったら、みんなが働きやすく笑顔であふれる社会になりそうです。今日はお忙しい中、ありがとうございました。

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