ケンズカフェ東京後編のサムネ画像

ケンズカフェ東京の代表氏家さん

街の小さなお店でありながら、驚異のビジネスモデルでトップブランドにまで上り詰めたガトーショコラ専門店「ケンズカフェ東京」。
日本ギフト大賞 東京賞や食べログのチョコレート店ランキング第1位など、今でこそテレビや雑誌で何度も紹介されるブランドとなりましたが、その成功の裏側には「余計な寄り道」や「チャレンジへの決断」が幾つもありました。

▼お客様をがっかりさせない為の行動とは
▼本当に大切なものを見つけるために、捨てる勇気を持つことが大事
▼自分のお店は何のお店なのか。そこからのブランディングやマーケティング方法

前回の記事では、そういった小さな個人店だからこその取り組みや戦略を駆使し、さまざまな挑戦で得られた「ウソのない、再現可能な事例」についての詳細をご紹介させていただきました。
今回は、店舗運営面でのユニークな取り組みについてお伺いしました。
企業運営面と合わせて、「ケンズカフェ東京」ならではの考え方は大いに参考になるかと思いますので、前回の記事と合わせて、ぜひご一読ください。

<氏家 健治(うじいえ けんじ)氏>
ケンズカフェ東京」オーナーシェフ。1968年東京生まれ。
ホテルオークラ東京、赤坂アークヒルズクラブ、レストランマエストロ等、高級店で研鑽を重ね、調理および製菓・製パンの技術を体得する。
1998年イタリアンレストラン「ケンズカフェ」を開店。開店当初は経営が軌道に乗らず、倒産の危機も経験する。35歳から経営やマーケティングを本格的に学び、実業家としての基礎を築く。
そして2008年、ガトーショコラのみ取り扱う専門店「ケンズカフェ東京」に業態転換。品質の高さを追求したガトーショコラと取捨選択を極めた経営戦略で業績をV字回復させ、ガトーショコラのみで年商3億円を突破。2015年のファミリーマートとのコラボレーションを皮切りに、多くのブランドとのコラボや監修、ライセンス契約も精力的に行い、2016年のシェフ引退後は、経営者・起業家向けのビジネス講演会も日本全国で実施している。

ケンズカフェ東京の金色の看板

変わっていく時代と並行しながら、今でもガトーショコラを常に進化させ続けている

──改めて商品の魅力についてお伺いさせて頂けますでしょうか。

当店はイタリアンをやっていたときから併せて創業24年ですが、このガトーショコラはずっと出していた商品です。しかも当時は、こういった商品はまだ日本になかった。
そういうものがないことに対して悲しみの方が大きく、自分で作るしかないと考え、誕生した商品なんです。
特徴としてはとにかく品質のいいチョコレートを使用しています。
小麦粉を使ったガトーショコラも美味しいのですが、当店は小麦粉を使わないリッチな配合で作っています。それに加えて「焼きたて」というのが一番の特徴ですね。

これまで一般的に流通しているガトーショコラは、素材にこだわりのある商品が少なく、製法や配合も旧来のもので、作り置きしたものを売っているケースが多かったと思います。小売店という視点ではなく、レストランのメニューとして提供するガトーショコラ。それがこの商品の原点です。

──今でもガトーショコラを進化させ続けているとお伺いしました。当時とくらべて配合や素材などは変え続けているんでしょうか。

そうですね。
材料もずっと4つですし、基本のレシピから大きく変わるわけではないのですが、変化し続けています。

材料をボウルで混ぜる様子

チョコレート、卵、食塩不使用バター、グラニュー糖の4つの材料からなる至高のガトーショコラ。

素材に関しては、もともと一番品質が高いフランス産のチョコレートを使用していました。ずっと使い続けることによって、年間でいえば3トン、4トンもの使用量になってくるわけです。その積み重ねにより、オリジナルの原料を開発できました。ケンズカフェ東京に合うチョコレート・商品をより表現しやすくなったのです。もちろん、今後よりいい素材が出てくる可能性もあるので、どんどん変わっていくと思いますし、いまもどんどん変えている最中です。

時代に寄り添う形でいえば、この24年間の間で砂糖の使用料は1/3程度になっています。
当時はより甘さが際立つ商品というのが流行りのテイストだったのですが、流行や世間の趣味趣向というものは変化を続けています。時代の変化、日本人の嗜好の変化、チョコレートに対する知識が増えていったということですよね。それに寄り添う形で変えていきました。

もちろん自分自身の成長という面もありますけどね(笑)。

笑顔の氏家さん

──老舗で何十年も変わらない味を売りにしているお店などもあると思います。それとはまた違った視点、戦略をお持ちなのですね。

私は老舗を運営している方とも少々お付き合いがあり、お話を聞く機会があるのですが、それこそほぼ変えていない、少しずつ変えている、と企業によってそれぞれですよね。
どちらがうまくいくのかで言うと結局は「結果」が全てではありますが、つまりは変化する必要があるかどうか。味は変えなくても、その表現を変えてみたり。SNSで発信してみる、というのも変化の一部ですよね。同じことをやっているようでも、実は進化し続けているというのはあると思います。

──変えるものと変えないもの、をしっかりと見定めたうえで進化させることが重要なんですね。

「無理・無駄を省いていく」取り組みは、創業当時から続けてきたこと

──店舗がすごくキレイですよね。SDGsの取り組みもしているとお伺いしました。

自分のお店でしたら無駄なお金がかからない方がいいのは当たり前ですよね。なるべく無理や無駄はない方がいいわけです。だからこそ、お出しする商品やメニューを絞ることはすごく大事になってきます。
その点でいえば当店は1種類のみの提供ですので、絞りすぎているくらい絞っています(笑)。なので、必然的にSDGs的というか、さまざまなロスといった無駄が出ないようになっています。

例えばですが年商3億円の飲食店であれば、ガス代は月5万円以上、ゴミの廃棄代は月10万円前後だと思います。ですが当店のガス代、ゴミの処理代は、月1万円台とかなり抑えられています。

如何にシンプルにするかでいえば、それは家の中とか普段の生活でもありますよね。今ではミニマリストというスタイルが取り上げられるように、時代的にもとくに顕著に表れている気がします。ホテルなどでも無駄なものは一切置いていないですし…。

無駄なものを極限まで失くすことで、本当に必要なものや余分なものが何か、自ずとわかってくるのです。何かあったときに使えそうだからとか、そういった余計なものは、誰にでもあると思います。
それが「ノイズ」になってくるんですよね。

整頓されたキッチン

作業しやすいように整頓されたキッチン。

──そのノイズをなくすことで得られるメリットなどあるのでしょうか。

やっぱり「本当に必要なもの」が見えてくることです。
前回お話ししたSNSの整理ではないですが、無駄なものを一回でもいいから省くことで、本当に大切なものは何なのか気づけるいい機会になり、限られた見える情報の中から取捨選択ができます。

オペレーションなどの店舗運営でもそうですね。
私は2016年にシェフを引退しているのですが、その後の引き継ぎなどにも大きな時間はかかりませんでした。本当に必要なものしか現場には置いていないので、教える側も教わる側も無駄が一切発生しません。誰でもすぐに活躍できるキッチンといえばわかりやすいでしょうか。

実は今となっては「SDGsの取り組み」として世間に認知されていますが、これは当店が専門店化したのは2008年ですから、無理・無駄を省いていくというのは、かなり前から取り組んできたことですよ。

バットに生地を流し込んで整えている様子

「給料=スタッフに対する信頼の大きさ」。結果的に人件費などを抑えられる仕組みとは

──現在活躍しているスタッフついて教えてください。

今活躍しているスタッフは、ガトーショコラ専門店になってからずっと続けている方も2人いて、その方々以外にも10年以上続けている方がほとんどです。

──何かスタッフの指導方法などで気を付けていることがあるんでしょうか。

焼きあがったガトーショコラを型から外している

色々なやり方があるのでしょうけど、当社の場合、あまりにも劇的に変化してきましたので、やはり納得感をしっかり持っていただくことが重要だと考えています。
スタッフ個人にとっては、企業が何かチャレンジすることによって、売上は下がらないのか、もし下がったら雇用はどうなるのか、実施することによるさまざまな影響が不安になると思います。ですので、どちらかというと働くスタッフの立場からすれば、労働環境をあまり変えたいとは思ってないですよね。

経営者は孤独、とよく言いますけど、やはりそういった面を考えると、なかなか社員には相談できないです。チームワークや協力してお店を作り上げていくことは大事だとは思っていますが、店舗や企業はそういった全てをみんなで決めるような組合ではないですから。私を含めて、やはり決められたことに沿って動くしかないと思います。

だからこそ、経営者が率先して決めていくこと、そしてその決断に対しての納得感をしっかり持ってもらうことが重要だと私は考えています。
例えばですが、急に外部のコンサルさんが来て、従業員の納得も得られないままハチャメチャに運営方法を変えたとしたら、よい結果にならないと思います。その先にどうなるかはわかりますよね。

──仕事に対する姿勢はかなり異なってくると思います。その他、何かケンズカフェ東京だからこそといった、ユニークな取り組みはありますか。

当社の給与水準についてなのですが、同業態のなかでもトップクラスの高水準だと思います。実はこの給与水準、イタリアンレストラン時代から実施していて、アルバイトスタッフを募集する際に、時給1,500~2,000円で試しに募集してみたことから始まりました。

十数年前の当時では、アルバイトスタッフ採用では高くて時給1,000円~1,100円程でした。(※参考:2010年の東京の最低賃金は821円)
そんな中で、時給1,500~2,000円で募集してみたんです。当然ですけど、応募率も定着率も良くなりました。
そして今度は時給2,000円で募集を始めると、その後一切追加の募集をする必要もなくなった。従業員のネットワークを介した、紹介だけで来ていただけるようになったのです。

生地を流し込んでいるスタッフの手元

優秀なスタッフが長期で活躍しているケンズカフェ東京。

言い方が少し悪いですが、時給を上げることによって、スキルや人柄、仕事の取り組み方など、トータル的に質のいいスタッフから応募していただけるようになりましたし、その中でも選りすぐりのスタッフを採用できるようになりました。

──1人の給料を高くする分、人件費も大きくかかるようになると思いますが…

実は長い目で見ると逆です。
人件費がかなり高くなると一見思われますが、求人募集する頻度もかなり少なくなりますし、教育費や研修費が少なく済むなど、トータル的なコストはそこまで掛かりません。

優秀なスタッフを採用すると、彼らは業務の基本などから教えなくてもすでに備わっているんですよね。なんならこちら側が教えてもらえるほどです(笑)。
また普段の仕事の取り組み方も全く違う。遅刻や急な欠勤といった、周りの心象が悪くなるような行動は一切しない。なぜなら「ココで働けなくなるかもしれない」という危機感を持っているから。

給料が低いというのは、遅刻したり、当日に来なかったり、音信不通で辞めてしまったり、業務中にふざけてしまったり…。結局ココでなくても次を探せばいいといった、危機感がない状態と一緒なんですよね。
だから給料は高ければ高い方がいい。
「給料=スタッフに対する信頼の大きさ」なんです。

身振り手振り話す氏家さん

でも今の世の中は、全く逆のことをやっていますよね。

飲食店に限らず、どの業界でも人件費をどれだけ削るかを考え続けている。だからスタッフが集まらないし、採用後に問題も起きる。今の世の中はお客様が安いものを求め続けてきた結果、企業もそのニーズに応えなければならなくなった代償みたいなイメージで私は捉えています。高い給料を提示できなくなってしまったのですよね。
企業の規模によって考え方は変わるとは思いますが、長い目で見れば、採用コストを含めた人件費は給与の水準を高くしてもそこまで変わらないのに。

ビジネスモデルとして参考にしていただき、飲食店のあらゆる基準を少しずつでも変えていきたい

──雇用において切っても切れない「給料」。氏家さんのお話しですごく私も納得感が得られました。

そういった基準を変えたい、というのも私の目的の一つにあります。
専門店として、ビジネスモデルとして、私のお店がたどってきた事例であったり、取り組みであったりをぜひ1つのやり方として参考にしてもらいたい。
「人事や教育が余計なこと」とまでは言うつもりはありませんが、最初からできる人材、優秀な人材が雇えるのならば、一から丁寧に教えるといった教育にも手がかかりません。なぜなら、はるかに私よりも優秀な方がたくさんいるのですから(笑)。

調理中の氏家さん

──最後に、飲食業界全体に対するメッセージはございますか。

今では、新しいことにチャレンジする若い方が、たくさんいらっしゃると思います。
昔は閉塞した時代ということもあったと思いますが、今の若い方たちは何より「調べる力」がありますし、自己表現力もすごく高いですよね。
表現するツールもなかった時代から、いまやSNSを使って個人の表現を自由に発信できる。そしていつでもどこでも、知りたいと願ったことを検索すれば、動画で学べたり、勉強もできる。せっかくそんな便利なツールがあることを利用して、それを当たり前と思わずにどんどん使っていってほしいです。昔にくらべたら、それは夢の道具ですから。

そしてこれは飲食店側も同じ。
お客様のニーズや自分のお店に関するデータや口コミをすぐに把握できる、そんな夢の道具が今あるのになんで使わないのか。

昔だったら出来なかったことが、いまは当たり前にできる時代になっています。
そういった幾つものツールを使いこなして、学んで、活かして、チャレンジしていっていただきたいですね。

まとめ

海外で修業を積んできたわけでも、最初から強みを活かしてガトーショコラ専門店を立ち上げたわけでもなく、一つ一つの取捨選択やチャレンジを積み上げてきた結果、数々の受賞歴を誇る屈指の名店を創り上げた氏家 健治氏。
元々は鳴かず飛ばずのイタリアンカフェの料理人だったと自身が語るように、そういった経歴からの成長ストーリーは多くの個人事業主にとってもかなり身近で、参考になる事例ばかりではないでしょうか。

「何もしなければ、何も変わらない」

今回の取材の中で最も印象に残ったお言葉です。
飲食の経営者でなくとも、外からの要因に期待したり、振り回されたりすることが多いと思います。それを全て自分ごととして捉えて行動しようと意識するだけでも、大きな変化が生まれそうですよね。

もっと氏家さんの事例を知りたい、お話しを伺いたいと感じた方はぜひお問い合わせください!

【著書】

  • 「1つ3000円のガトーショコラが飛ぶように売れるワケ 4倍値上げしても売れる仕組みの作り方(SB新書) 」
  • 「余計なことはやめなさい!ガトーショコラだけで年商3億円を実現するシェフのスゴイやり方(集英社)」

お問合せ先はこちら

<インタビュー・記事作成:吉田 登、撮影:清水 知成、画像協力/株式会社ドメーヌ(ケンズカフェ東京)>

▼前編はこちら

小さな個人店が積み重ねた「事例」。そこから紐解く経営基盤を作るメソッドとは…?


>この記事をはじめから読む