
厳しい冬の後、まだ山間のところどころに雪が残る春先、みずみずしい“一番草”が地中から顔を出します。春の山はみるみるうちに青草を茂らせ、たくさんの花を咲かせます。
5ヵ月の妊娠期間をへて春先に1~2匹を出産する母ヤギは、新鮮な“一番草”を食べて子ヤギのために栄養いっぱいのミルクを出します。緑に染まっていく山は、おいしい草花を母ヤギにあたえ、子育てを優しく手伝います。青草、ハーブ、花などの山の恵みがつまった母ヤギのミルク。その風味豊かなミルクの“おすそ分け”でつくられるのが「シェーブルチーズ」です。
シェーブルチーズってどんなチーズ?
シェーブルチーズはバラエティ豊か
「農家(フェルミエ)の数だけシェーブルチーズがある」と言われるほど、シェーブルチーズはバラエティ豊か。爽やかな酸味がおいしいフレッシュタイプから、深いコクが楽しめる熟成タイプまで、熟成の度合いもさまざまです。また、丸太形やピラミッド形、樽栓形など色々な形のものがあり、さらに、灰をまぶしたもの、ハーブをまとったもの、栗の葉で包んだものなどその見た目も多種多様です。
シェーブルチーズは主に乳酸発酵によりヤギ乳を凝乳させ自然脱水を行ってつくるため、爽やかな酸味がありテクスチャー(食感)が柔らかく独特のきめの細かさが特徴的。組織がもろく崩れやすいため、比較的小ぶりに成形されます。
シェーブルチーズの産地
今から1300年ほど前、アラビア半島から北アフリカ一帯を支配しフランス北部まで進軍したものの、ロワール川流域のポワティエでフランス軍に敗れたアラブ系のサラセン人。彼らが連れてきた大量のヤギがこの地に残されヤギチーズの製法が伝えられたことから、ロワール川流域がシェーブルチーズの一大産地になったと言われています。「シェーブル(ヤギ)」の語源もアラビア語の「シャビ(ヤギ)」からきているのだとか。
ロワール地方で有名なシェーブルチーズには、
- シャビシュー・デュ・ポワトゥ
- クロタン・ド・シャヴィニョル
- プーリニ・サン・ピエール
- サント・モール・ド・トゥーレーヌ
- セル・シュル・シェール
- ヴァランセ
などがあり、いずれもAOC(※注1)を取得しています。日本でも手に入りやすい人気の高いチーズです。
ロワール川流域以外では、ブルゴーニュ地方やローヌ・アルプ地方、プロヴァンス地方などの山間の小さな農家でたくさんの個性豊かなシェーブルチーズがつくられています。マコネ(ブルゴーニュ地方)、バノン(プロヴァンス地方)、カベクー・ロカマドゥール(ケルシー地方)など有名なAOCチーズも多く日本でも人気です。
※注1:AOC(Appellation d’origine contrôlée 原産地統制名称制度)/伝統的な製法で作られた質の高い食料品を広く一般の消費者に知ってもらうために作られたフランスの品質保証制度。フランス原産地呼称委員会が定める厳しい基準を満たしたチーズのみが取得でき、500種類以上あるフランスチーズのうちAOCを取得しているのはわずか45種類。(2019年3月現在)
なお、AOCは2009年よりAOP(EU統一の原産地呼称保護)に移行しています。
シェーブルチーズの上手な保存方法
チーズは乾燥すると風味がおちるため、しっかりとラップで包み(シェーブルチーズは他のチーズと異なり、切り口にはピッタリとラップをあてず空間を持たせるようにします)清潔な密閉容器かジッパー付きのビニール袋に入れて冷蔵庫の野菜室で保存します。密閉容器の中に湿らせたキッチンペーパーやレタスの葉などを一緒に入れると湿度が保たれます。
また、チーズはまわりの匂いを吸収しやすいため、香りや匂いの強いものと一緒に保存しないよう気をつけましょう。カビの発生を防ぐため、ナイフやまな板などはぬれたものを使わず必ず切り口の水気などを拭いてから保存します。
おすすめのシェーブルチーズ6種
日本でもさまざまな種類が店頭に並ぶようになったシェーブルチーズ。数あるおいしいシェーブルチーズの中から、人気の高いフランス産シェーブルチーズ5つと、チーズの国際コンクールで金賞を受賞した日本産シェーブルチーズ1つをご紹介します!
ヴァランセ Valencay(1998年にAOC取得)
元々ピラミッドの形をしていたと言われるヴァランセ。エジプト遠征に失敗したナポレオンがその形に腹を立て上部を切り落としたという逸話があります。
熟成が進むと表皮が黒からグレーに変化し、水分が抜けて引きしまり全体が硬く小さくなります。熟成が進んでいない時は酸味が強く山羊ミルク独特の臭みは少なめ。熟成が進むと酸味が弱まり個性的な香りやコクのある濃厚な味わいに。レーズン入りのパンやリンゴ、イチジクとの相性もぴったりです。
クロタン・ド・シャヴィニョル Crottin de Chavignol(1976年にAOP取得)
直径5センチくらいのコロンとした丸い形をしていることから、馬や羊の糞という意味の“クロタン”という名前がついたとか。“クロタンナイフ”とよばれる専用ナイフがあるほどフランスでは馴染み深い人気のチーズです。
カットしたものを果物のコンフィ(砂糖漬け)やジャム、はちみつ、オリーブオイルなどと合わせてパンといただくと美味。またクロタンと言えば “クロタンサラダ”が有名。パリで流行し今でも定番のチーズ料理のひとつです。(“クロタンサラダ”のレシピは記事中にご紹介しています)
サント・モール・ド・トゥレーヌ Sainte-Maure de Touraine(1990年にAOP取得)
細長い円筒形で表皮には木炭の粉。中心部の藁は型崩れを防ぐためのもので生産者情報が刻印されています。
熟成が進んでいない時は、柔らかくしっとりしたテクスチャーで、軽い酸味とともに濃いミルクの香りが口の中でふわっと広がります。熟成が進み水分が抜けて硬くなると表面がグレーに変化してしわができ、厚みのある深い味わいになり酸味とコクの絶妙なバランスが楽しめます。
セル・シュール・シェール Selles-sur-Cher(1975年にAOP取得)
円錐台の形で表面にはポプラの木炭の粉。熟成が進むと表面がグレーに変化し細かいしわができます。中身は輝くような白色できめが細かくしっとりしたテクスチャー。“ロワールが生んだ最高傑作のシェーブルチーズ”と評価の高い繊細な味わいのチーズです。
熟成が進んでいない時は爽やかな酸味と濃厚なミルクの香りが味わえます。熟成が進み表面が乾いた状態になると、豊かなコクと塩味の絶妙なバランスが楽しめます。
シャビシュー・デュ・ポワトー Chabichou du Poitou(1990年にAOC取得)
真っ白な中身は均質できめが細かくしっかりしたテクスチャー。熟成が進むにつれて水分が抜け組織が引き締まっていきます。
熟成が進んでいない時は程よい酸味とミルクの甘みが楽しめ、熟成するにつれてナッツの風味と刺激のある深い味わいに。スライスしたバケットにのせ、はちみつやオリーブオイルをかけたり、薄くカットしてサラダに入れ、軽くローストしたナッツ類、レモン汁、オリーブオイルをかけていただくのも美味。
フロマージュ・ド・みらさか・シェーブル Fromage de Mirasaka Chevre
柏の葉で包まれ、きめ細かいテクスチャーと濃厚なミルクの味、青草の香りが楽しめる「フロマージュ・ド・みらさか・シェーブル」。日本でつくられる貴重なシェーブルチーズのひとつです。
このチーズをつくる「三良坂フロマージュ」(広島県三次市三良坂町)では、家畜たちの幸せをいちばん大切にして、自然のままの山で家畜たちを自由に過ごさせる“産地酪農”というスタイルをとっています。自由に山の草花を食べて遊んで過ごす山羊からとれる、安全で質の高い風味豊かなミルク。自然の恵みに感謝してつくられるシェーブルチーズは、フランスで開催された国際コンクール「モンディアル・デュ・フロマージュ」で金賞を受賞しました。
<受賞暦>
2009年:ALL JAPAN ナチュラルチーズコンテスト 農畜産業振興機構理事長賞受賞
2015年:フランストゥール 国際チーズコンクール 金賞受賞
おいしくて簡単!シェーブルチーズを使った料理3つ
手を加えることなくチーズ本来の風味を楽しみたい「シェーブルチーズ」。しかし、熟成が進み過ぎて硬くなってしまった場合、皮を取り除きカットしてオリーブオイルに漬けたり、すりおろしてトーストやサラダにかけたり、色々な料理に使うのもおすすめです。
■前菜いろいろ
オリーブオイルやにんにく、酸味と甘みがある果実、ハーブ、ドライフルーツ、ナッツ類などと相性が良いシェーブルチーズ。色々な食材と組み合わせて、ぜひブルスケッタやフィンガーフードに。
これからの季節、冷やした白ワインのおつまみにしたり、おもてなし料理の前菜にしたり。パーティフードとしても重宝します。手軽につくってテーブルを華やかに!
■パリの定番 クロタンサラダ
パリのビストロやブラッセリ―の定番メニュー“クロタンサラダ”。カットしたクロタンをパンにのせて香ばしく焼き(フライにするとボリューム感が増して一層美味)フレッシュな野菜サラダに添えていただきます。
ベビーリーフ、ハーブ、薄くスライスした赤玉ねぎなどのサラダに、さっぱりしたドレッシング(バルサミコビネガー、ワインビネガー、レモン汁、エキストラ・バージン・オイル、塩、黒コショウ各適量を合わせたもの)をかけ、アツアツのクロタンをのせていただきましょう!
■シェーブルチーズとズッキーニでつくる 夏のキッシュ
夏野菜のズッキーニもこれからが旬。甘みが増したジューシーなズッキーニとシェーブルチーズでつくる“夏のキッシュ”。簡単につくれて病みつきになる美味しさです。
厚さ約2㎜にのばしフォークで所々に穴をあけた生地(市販のタルト生地かパイ生地でOK)を18㎝のタルト型にしき詰める。薄くスライスした玉ねぎ(1個)・ズッキーニ(2本、飾り用に少し取り分けておく)を炒め白ワイン少々を加え蒸し焼きにし塩コショウで味をととのえる。
熱を冷まし生地の上に均等にしき、シェーブルチーズ(飾り用に少し取り分けておく)を細かく刻んでちらす。卵(2個)に生クリーム(200ml)を加えたものを流し込み、飾り用のチーズ・ズッキーニをきれいに並べ180℃に熱しておいたオーブンで30~35分程度焼く。
シェーブルチーズが苦手な場合は?
マイルドな味わいの白カビチーズなどと比べると、独特な香りや酸味があるシェーブルチーズ。その風味が苦手な人におすすめしたいのが、熟成の進んでいない状態のチーズを果物のコンフィ(砂糖漬け)やジャム、はちみつなどと合わせて食べる方法です。シェーブルチーズの酸味がジャムやはちみつの甘さと美味しく調和します。
また、加熱することでシェーブルチーズ特有の強い風味がまろやかになるため、香ばしく焼いてパンにのせて食べたり、キッシュやパイ、グラタン、ラザニアなどの料理に使うのもおすすめです。
シェーブルチーズと一緒に楽しみたいおすすめワイン
サンセール SANCERRE
シェーブルチーズには“ソーヴィニヨン・ブラン種”のぶどうからつくられる白ワインをあわせるのが定石。ソーヴィニヨン・ブランの爽やかな酸味やハーブのような香りがシェーブルチーズの個性と溶け込むように調和します。
中でもおすすめのワインは “シャルドネ種の名酒がシャブリならば、ソーヴィニヨン・ブラン種の名酒はサンセール”と評されるロワール地方の白ワイン「サンセール」。レモンやライムを思わせるすっきりとした上品な香りと、ミネラル分豊かな味わいがシェーブルチーズの風味とよく合います。
サンセールワインの中でも“ソーヴィニヨン・ブランの魔術師”と呼ばれ近年注目を集めるパスカル・ジョリヴェ氏(Pascal Jolivet)がつくり出すものが特に秀逸。ミシュランの星付きレストランからも支持されるロワールの風土をいかした自然派ワインです。
シノン CHINON
白ワインとよく合うシェーブルチーズですが、実は果実味が豊かなフルーティな赤ワインと合わせてもおいしくいただけます。おすすめのワインはカベルネ・フランというぶどうの品種からつくられる「シノン」。
シノンは“ロワール地方で最も優れたワインの一つ”といわれ、濃いルビー色で果実味があふれ酸味もほど良くきいた赤ワインです。少し熟成が進みコクのあるシェーブルチーズに合わせ、クルミ入りのパンと一緒にいただくととても美味です。
まとめ
初夏が旬のシェーブルチーズ、その基礎知識をご紹介しました。
自然が育んだ風味豊かなヤギのミルクから作られるシェーブルチーズは、独特の風味や濃いミルクの香り、熟成の度合いで変化していく味わいがチーズ通をうならせます。
初夏の風を感じながら、お好みのワインとともにおいしいシェーブルチーズをぜひ楽しんでください。
<出典協力>
企業名 | 三良坂フロマージュ |
<参考文献>
チーズプロフェッショナル協会『チーズの教本2018~「チーズプロフェッショナル」のための教科書』(2018)小学館クリエイティブ
ファビアン・デグレ著・本間るみ子監修『フロマジェが教える おいしいチーズの新常識 チーズの基本からプロのテクニックまで』(2018)世界文化社
ダニエル・マルタン『ル・コルドン・ブルーのフランス料理基礎ノート』(1995)文化出版社
文藝春秋『チーズ図鑑』(1993)文藝春秋社