黒長方形の箱の中に3つの小皿が置かれそれぞれに料理が盛られている写真

女性の社会進出が一般的になってきた現代でも、板前の世界は他業種に比べてまだまだ女性の進出事例が多くありません。

その為、女性が板前の現場で実際に働くことをイメージするのは難しいと思います。

今回、女性としてどのように板前という仕事と向き合っていけばいいのかを、元板前・現在はフリーの料理人として活動されている入田梓さんにインタビューしました。

  • 板前の世界に興味はあるけどやっていけるか不安
  • 実際に板前の現場で働いてみるイメージが沸かない

このような不安を抱える女性に、実際の現場を体験した方の声を参考にして頂ければと思います。

■入田 梓氏プロフィール■
進学を機に地元宮崎から東京へ。大学を卒業後、東京都内の独立系SIerにシステムエンジニア(以下SE)として就職。料理にとことん向き合うカウンターの向こう側の世界に興味を持ち、25歳で板前の世界へ。
1年の板前修業の後、フリーの料理人として独立。現在はSEと料理人というパラレルキャリアを実現しながら活動。

きっかけはアルバイト、「いつか活かせたらいいな」からの一歩目。

──女性の板前は世の中で見ればまだまだ珍しいほうだと思うのですが、まず最初に板前の仕事に興味を持ったきっかけをお伺いできますか?

入田氏:「料理が好きだな」と気づいたのは大学時代に居酒屋のバイトをしていた時でした。

しかしアルバイト時代は居酒屋なので“安く・早く”を求められ続け「料理は趣味だな〜」と思い、「いつか活かせたらいいな」くらいの気持ちで調理師免許を取得したのがはじまりです。

その後もずっと人に料理を食べてもらうことが好きでしたが、大学を卒業してアルバイトをやめ就職。
しかし、SEでの就業期間を3年経ても思いは変わりませんでした。

ある時から“高く・丁寧に”料理とお客様に向き合うカウンターの向こう側の世界に憧れを感じ、いてもたってもいられずSEの仕事を退職して板前の世界に飛び込むことにしました。

“感性”に触れる、特殊な仕事だからこそ体験できてよかった。

──実際の現場を体験して感じたことを教えて頂けますか?

入田氏:私は会社員として社会に出た後、エンジニア関係の職種から板前の世界に飛び込みました。
一般の会社員の方とは働き方の異なる“板前”という特殊な職種に飛び込んで、率直な感想としては“感性”に触れる仕事ができて良かったと思っています。

板前の仕事は料理だけではありません。
部屋のしつらえ・器・お花・お茶など、板前という仕事を通して多くの知識や日本文化に触れられるんです。

そういった意味で感覚的に磨かれる部分が多くありました。

道にある野花が実は強く美しく生けられること、気持ちのいい空間とはどういう空間か、そのためには何があって何がなければいいのか。
空間も、味付けも、盛り付けも「足し引き」なんです。

それを実践している場にいられたことが一番大きな経験でした。
道端の花をみて季節を感じられるようになったのも大きな変化のうちのひとつです。

──修業先を探すのは大変ではなかったですか?

入田氏:私の場合は、転職エージェントに相談したり、求人広告を見てお店に直接連絡したりしました。
飲食業界は現在も慢性的な人材不足の問題を抱えているので、女性だから無理ということはあまりありませんでした。

就活に関しても、何度も面接を重ねる一般企業と違って、どこも「とりあえず働いてみる?」というスタンスだったので働き先を見つけることに苦労はなかったです。

でも、“とりあえず働いてみる”の期間で自分の姿勢や根気を見て頂くことは特に意識しました。

“女性として”ではなく“一個人の人間として”

──女性として板前の世界に入ったことで、職場で気にすることはありましたか?

入田氏:周りが「女子だからな〜」って思ってる面は、正直最初はあったと思います。
けど、自分が「そんなの関係ないです」という姿勢で修業に望んでいたので、同僚もたいして気にしていませんでした。

性別は、気にするから気になっちゃうものだと思っています。

自分が「女性だから…」とか、過剰に気にするからその気持ちが相手にも伝わってしまう。
だから逆に、自分が気にしなければ相手にもその姿勢が伝わり、お互いが一個人の人間として関われるんじゃないでしょうか。

──普通の企業で働くことと比べて、板前として制限されることはありましたか?

入田氏:従業員もお店の雰囲気を作るひとつの要素なので、身だしなみは特に気をつけていました。
爪は短く、髪は黒髪で束ねて。ネクタイの結び方を覚えたのも板前をやったからこそです。

お客様の前に立つ事もあったので、営業の前に新しい白衣に着替えたりは当然。
お店の雰囲気に沿う格好を意識することは、まず一番最初に先輩から教えていただきました。

──仕事の内容で何か女性として感じる壁はありませんでしたか?

入田氏:もちろん、仕方のない男女の体格差などで、できることの違いはありました。
でも「一個人の能力としてできないことはある、女性だからできないのではない」という姿勢で臨んでいました。

身長や体格の違いのように、性別もひとつの個性でしかありません。
だから、女性ということを押し出すことも、無視する必要もないと思います。

お店も、採用の際にそういった事実は考えて採用してくれているはずです。

興味があれば、ぜひ一度板前という仕事に触れてみてほしい。

──最後に、今板前の道に触れてみようと思っている女性の方に何かお伝えしたいことはありますか?

入田氏:女性として板前の道に興味をもつのは、正直まだ現代では珍しいほうだと思います。
私自身、周りの友人にも経験者がいなかったので一歩踏み出すのに不安な面はありました。

でも、だからこそ一歩踏み出して板前の世界を体験した身としてお伝えしたいのは、その一歩の先に得られる経験はとても大きいということ。

しつらえ、社会人としての身だしなみ、文化。

板前、そして和食という仕事を通して料理はもちろん、それ以外の大切なことも多く学ぶことができました。

もし板前の世界に興味がわいたのであれば、その興味を確かめる為にぜひ実際に一歩踏み出してほしいと思います。
今、私の人生経験として板前修業の1年間はとても大きく役立っています。

生半可な世界ではないですが、一歩踏み出してみて本当に良かったです。
機会をくれた親方、先輩方には感謝しきれません。

──大変貴重なお話をありがとうございました。

入田氏:こちらこそ、同じ志を持つ女性への言葉をお伝えする場を頂き、ありがとうございました。

「女性の板前を求めている」という現場がある

履歴書が扇状に並べられている写真

一般的に見れば、まだまだ女性の板前は他業種に比べて少ないのが事実です。
しかし実際に女性の板前の方は増えているのもまた事実。

女性の板前さんにしかできない心配りや話しかけやすさが求められている職場もあります。

板前の世界に興味はある、だけどなんとなく怖い。そういった方はたくさんいらっしゃると思います。

だからこそ、入田さんが実体験を元におっしゃっていた「興味がわいたのであれば、その興味を確かめる為にぜひ実際に一歩踏み出してほしい」という気持ちが伝われば幸いです。

板前の世界に一歩踏み出し、カウンターの向こう側を体験することで、また違った視野を手に入れることができるのかもしれません。

取材・文/BORI

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