「料亭での接客のお仕事」
この言葉から、どんな内容を思い浮かべますか?
“飲食店で働く”といえば「忙しそう」「まかないが食べられる」といったようなイメージが一般的に普及していると思います。
そして“料亭で働く”となると、着物を着る、高級な料理や器、立派な生花などがイメージされ、“アルバイト“という形で働くには少しハードルが高く感じるお仕事かもしれません。
そこで今回、着物着付け師の仕事を行いながら、自身も着物を着て大阪北新地 「御料理 大嵓埜(おおくらの)」で和装ホールのお仕事をされている山村理恵さんに、料亭での和装ホールのアルバイトの内容や、やりがい、大変なことについて実際の声をお伺いしました。
■山村理恵氏プロフィール■
着付け師(一級着付技能士)祖母の影響で幼い頃から和服に親しみ、大学3回生から着付けを習い始める。老舗の着付け訓練校をはじめ、いくつかの着付け教室で4年半学びを重ね、冠婚葬祭業や結婚式場の衣裳部、子ども専用の写真店などで勤務。現在、着物に関する全10回の対談講座をプロデュース中。大阪北新地「御料理 大嵓埜」での和装ホールと着物着付け師の兼業で垣根を超えた活躍を見せる。
目次
一番の仕事は気遣い、お客様が料亭で過ごす時間をより良くするために
───料亭での接客のお仕事の1日はどんな流れでしょうか?
山村氏:私の場合は日中のみで働かせて頂いているので、10時30分の始業に合わせて着物が仕上がるように出勤し、11時30分の営業スタートに向けてお店の掃除や予約席のセッティングをします。
15時でお昼の営業が一旦終了するので、片付けが終わったらその日のお仕事は終わりになります。
1日を通して働く方の場合は実労で8〜10時間ほど、お昼営業は予約時間に合わせて12時頃出勤してきて、15時で昼営業が終了してから2時間ほどの休憩を挟んで、17時30分からの夜営業の準備に備えます。
───実際の業務内容は何がメインですか?
山村氏:開店前はお店の掃除からはじまり、予約席の準備、自分が担当となるお部屋のお客様への料理の提供がスムーズになるように、板前さんと打ち合わせをしたりもします。
お店がオープンしてからは、担当しているお客様の席に気を配り、料理を出すタイミングを見計らったり、履物の準備をしたりと、常にお客様の次の行動に備えられるようにしています。
全てはいらっしゃるお客様が料理を召し上がったり、接待をされる際に、“最高の空間を提供できるような状態にするための気遣い”が仕事です。
───必要な知識や技術はありますか?
山村氏:着付けができなければなりません、これは必須です。私の場合は着付け師なので大急ぎの場合は10分ちょっとでできたりもしますが、初心者であれば1時間ほどかかったりもします。
その他にも会席料理の献立の理解、季節の食材を覚える、配膳における上座や下座などの理解、器の下げ方、お辞儀の方法など、覚えることはたくさんあります。
でも、それは接客の人間がしっかり覚えていないとお店としても良くないので、マナー研修を本社で受けてから入店します。
また、マニュアルが用意してあったり、私のお店では年1回講師を招いて講座が開催されたりもしています。
───料亭でのアルバイトは未経験の人でも可能なものでしょうか?
山村氏:はい。未経験の場合でも、自分で勉強しようと思う人ならどんどん仕事は覚えられます。
ただし、お客様への対応には臨機応変さが求められるので、キチンと仕事ができたとしても指示待ちの人は困ります。
未経験の方は着物の着付けから和食のルールなど、最初に覚えなきゃいけない仕事の量が多いのですが、その部分を覚えきれれば問題ないと思います。
───料亭でのアルバイトはどんな人に向いていると思いますか?
山村氏:着物の着付けや旬の食材の変化、おもてなしの姿勢などの“難しい部分”を楽しめるかどうかだと思います。
旬の食材や見たことのない料理に対して「これはなんだろう?」と興味を持てること。
料亭での接客のお仕事は、ただ単に配膳をするだけではなく、お客様に料理の説明をしたりもします。
だから、聞かれても答えられるようにちゃんと知っておく必要があります。
例えばですが、「ロマネスコ」のように家で使わない野菜を使うので、わからないことはたくさんあると思います。
これまで自分が培ってきた知識では足りない部分は出てくるのは仕方ありません。
なので、自分から勉強したり聞いたりと、興味や意欲を持つ人であれば“向いている”と言えるのではないでしょうか。
料亭の仕事はディズニーランドと同じ、“非日常の空間”を作ること
───理恵さんにとって料亭でのお仕事とはどういったものですか?
山村氏:私はこの仕事を“非日常を作るもの”だと思っています。これはディズニーランドに似ていると思います。
ディズニーランドでは園内で働くスタッフさんのことをキャストと呼びますが、キャストの方はディズニーランドに来たお客様にエンターテイメントとしての“非日常”を体感して頂けるようにパフォーマンスやサービスに気を遣っていますよね。
私達がやっていることも同じなんです。着物を着て、お客様を迎えて、普段ご家庭では食べない料理を凛とした空気の中で召し上がって頂く。
普段の自分の素のままの言葉ではなく、丁寧な所作に気を遣います。
仮に忙しくてもバタバタ走ってはいけないし、「へいらっしゃい!」なんて言って、せっかく“非日常”を感じに来たお客様の期待を裏切ってはいけないんです。
───料亭でのやりがいとはどういったところにありますか?
山村氏:やはり、ただの接客の人としてではなく、私個人を評価して頂けたり、また会いに来てくださったりすることです。
精一杯、お客様がリラックスして食事をできるようにサービスに気を遣った結果、その気配りを汲み取って頂けて、帰り際に「今日はありがとう」という言葉を頂いたり、常連になって頂けたりするのは、ファーストフードのお店ではなかなかできない経験だと思います。
───料理を提供する際に気をつけることなどはありますか?
山村氏:何気ないことであったとしても“ちょっとした手間をかけること”を意識しています。
例えばですが、私のお店では鯛の土鍋炊きご飯をお出しするのですが、土鍋で炊き上がったご飯を一度お客様の前にフタをした状態でお持ちして、お客様の前で土鍋の蓋を空け、よそう前の段階をお見せします。
これは実際に「お見せ」という言葉でひとつの大切なパフォーマンスですし、そこがお客様に喜んで頂けることだったりします。
こういった一手間を“かける”か“かけないか”にサービスとしての価値と、お客様の満足度が関わってきます。
料亭では自分自身、普段の生活では見られない世界を体験できる
───飲食業界を経験している立場として、何かお伝えしたいことはありますか?
山村氏:料亭は、高い料金を頂く分、サービスや料理、器なども全て高品質なものでなくてはなりません。
だからこそ、お客様も普段の生活ではなかなかお会いできないような方がいらっしゃります。
企業経営者や有名人の方々。そんな方から直接お話を伺えたり、空気に直に触れられる機会というのはなかなかないものです。
社会に出る前でも社会に出られている方でも、自分が知らない“社会”の空気を知るのにはとても良い環境です。
もし、今飲食業界で働くことを考えていて、チェーンの居酒屋さんか、料理屋さんで迷ってらっしゃるのであれば、私はぜひ料亭でのお仕事に挑戦してみてほしいと思っています。
定型化されたサービスではなく、お客様も常連になったりすると名前で覚えてくださったりする、“自分だからこそ”できる仕事が料亭の世界にはあります。
飲食の世界は誰にでもできると言われることもありますが、飲食ほど奥の深い世界もありません。
ぜひ、その奥深さに触れてみてください。
編集後記
飲食業界でのアルバイトといえば「まかないが食べられる」「キツイ」というような安易なイメージが流れていると思います。
もちろんそれはウソと言う訳ではなく、そういった側面もあるでしょう。
ただ、「飲食業」と一括りにしてしまうのはちょっとむずかしい。
料亭での和装ホールの仕事は山村さんのように、ただ料理を提供するのではなく“世界観”を提供できる素晴らしいお仕事です。
「飲食は誰にでもできる」というような言葉もありますが、生きることに直結する“食”に関わる仕事だからこそ奥が深い世界。
料亭での和装ホールのアルバイトを通して、社会人としての人との接し方、おもてなしの心、ひいては“サービスの本質”に触れてみてはいかがでしょうか。
取材協力
画像提供/和装ホール 山村理恵
店舗名 | 北新地「御料理 大嵓埜」 |
住所 | 大阪市北区曽根崎新地1-3-23北新地FOODEARビル3階 |
営業時間 | 【昼の部】11時半〜15時 / 【夜の部】17時〜23時 |
店舗URL | http://okurano.jp |