
株式会社パッションギークスが運営する「うなぎ四代目菊川 パサージュ青山店」の厨房を率いるのは、日本料理の道を歩んできた料理長、堀口 幸三さん(57歳)。高輪での懐石料理、そして自身の店を構えた経験などを経て、新たな挑戦の舞台に選んだのは「鰻」の世界です。伝統的な食文化でありながら、そこには日々新たな発見と成長があると語るその瞳は、まるで料理人になったばかりの若者のように輝いていました。今回は堀口料理長に、鰻という食材の魅力や独自の育成論、そして未来について、熱く語っていただきました。
和食に通じてきた料理人が、新たな扉を開いた「鰻」の世界
──はじめに、これまでの職歴と「株式会社パッションギークス」へ入社されたきっかけを教えていただけますか。
株式会社パッションギークスには、2024年3月に入社し、うなぎ四代目菊川 恵比寿ガーデンプレイス店を経て、ここパサージュ青山店に配属になりました。入社前は高輪で7年間懐石料理に携わり、その後は地元である埼玉の浦和で自分の店を営んでいたこともあります。それからもいくつかの店舗を経験しましたが、一貫して和食の道を歩んできました。
──長年携わってこられた和食ですが、特に鰻というジャンルに挑戦しようと思われたのはなぜでしょうか。和食ならではの面白さや、鰻と向き合う中で感じたことはありますか。
和食の面白さは、何と言っても『食材』にあります。日本は海のもの、山のもの、本当に豊かな食材に恵まれていますよね。その食材が本来持っている美味しさを最大限に引き出し、お客様に堪能していただくのが我々和食料理人の仕事だと考えています。
鰻の専門店で働くのは、私にとって初めての経験でした。この年齢になっても、何か新しいことに挑戦したいという気持ちがあり、転職を考えた際に『鰻を極めてみたい』と強く思ったんです。同じ和食の世界ではありますが、これまで鰻を専門に扱ったことはありませんでした。
今は、日々新しい発見の連続で、毎日成長できているという実感があります。この環境は本当にありがたいですね。
特に印象的なのは、鰻が『命をいただく』ということを強く実感させてくれる食材である点です。一般的な魚は、活け簀などから揚げて一度『締めて』から捌きますが、鰻は生きたままの状態で捌きます。包丁を入れると当然ですが暴れまわります。他の食材にはない緊張感と、命への敬意の念が湧き上がってきます。非常に難しい作業ですが、だからこそ、この仕事の奥深さ、感慨深さを感じずにはいられません。
叱責ではなく改善を。「兄貴」のような眼差しで次世代を育む
──料理長として、多くのスタッフを指導する立場でもあります。チームの雰囲気や、育成において大切にされていることは何でしょうか。
パサージュ青山店のスタッフは、若い料理人2名をはじめ、皆すごく素直で、純粋な気持ちで仕事に取り組んでいます。厨房が静まり返るようなことはなく、活気のある会話が飛び交っていますよ。女性の料理人も活躍しています。私自身、これまでホテル内のレストランなどで働いてきた経験から、女性料理人がいる環境は多くありましたし、当社に入社した時も女性の先輩がいました。男女関係なく、誰もが活躍できる素晴らしい環境だと思います。
育成で意識しているのは、自分が彼らと同じ年齢だった頃を思い出しながら、これまで学んだこと、苦労したことを照らし合わせながら伝えることです。メンバーが素直なので、本当に教えがいがありますね。
最近では、これまでコース料理の前菜などを担当していた女性スタッフが、鰻の捌きから焼きまで一貫して挑戦しています。毎日悪戦苦闘しながらも、めきめきと腕を上げている。その成長ぶりを見ていると、私自身も非常に新鮮な気持ちになります。もう1人の若いスタッフは、年齢は私よりずっと下ですが、こと鰻に関しては私より経験が豊富。彼から鰻について教わることも多く、互いに学び合える良い関係が築けていると感じています。
──教育指導において、ご自身の経験から学ばれたことはありますか?料理長として必要な資質とは何だとお考えですか。
不思議なことに、これまで人を育てる上で『苦労した』という記憶があまりないんです。自分が経験してきたことを、ただひたすら誠実に伝えていく。それを受け止めてくれたスタッフが、できなかったことができるようになっていく姿を見ることが、何よりの喜びでした。
振り返ってみると、私は本当に人に恵まれてきたのだと思います。若い頃に指導してくださった先輩方は、いわゆる“縦社会”の厳しさの中にも、まるで兄や親のような温かさで接してくださいました。失敗しても、頭ごなしに私自身を叱責するのではなく、『失敗した内容が良くないよね』『どうすれば改善できるか』という視点で話をしてくれたんです。
ですから、私もスタッフに接する時は、その時のニュアンスを大切にしています。問題が起きた時、悪いのは『その人』ではなく、『そうなってしまった過程や仕組み』。皆、大切な仲間ですからね。『じゃあ、次からは同じ失敗が起きないように、オペレーションを変えてみよう』と、システムを改善していく。これこそが、我々の仕事だと考えています。
会社全体で高め合う。風通しの良さがもたらす、進化し続ける原動力
──個人の成長だけでなく、チームや会社全体で成長していく文化があるのですね。
ええ、まさにその通りです。当社は、情報共有の仕組みが非常に優れています。例えば、ある店舗で何か問題が起きた時、その店だけで解決するのではなく、『こういう事例があった』という情報を会社全体で共有するんです。そうすることで、他の店舗のスタッフも『自分の店でも起こり得るかもしれない』と、我が事として捉え、事前に対策を打つことができる。良いことも悪いことも包み隠さず開示してくれるので、自店の運営に活かしやすいですね。
情報共有には主にビジネス版のコミュニケーションツールを活用しています。最近では、関東の店舗が一体となって、鰻以外の料理、例えば懐石の前菜やお造りなどの品質をさらに高めていこうというプロジェクトが動いています。鰻以外の前菜や刺身などでもクオリティの高い一皿が生まれる。自分が提案したものが他のお店のメニューになることもあり、大きなやりがいを感じます。一つの店舗にこぢんまりと収まるのではなく、会社全体の動きや売上まで把握できるので、常に高い視座で仕事に取り組むことができます。本当に風通しの良い会社ですよ。
──会社としての取り組みで、特に印象に残っていることはありますか?
先日、名古屋で開催された研修ですね。料理長クラスの人が集まり、総料理長から直接、鰻の技術指導を受けるなどの研修でした。こうした学びの機会を会社が積極的に設けてくれるので、料理人として孤立することがありません。
総料理長は、どんな質問をしても、一つひとつに熱意を持って丁寧に答えてくれます。その知識の深さと鰻への情熱に触れ、この人にならついていける、と改めて感じました。そして総料理長自らが鰻を焼いて、「これが四代目菊川の鰻のベース」という基準を示してくれたのが、個人的には本当にありがたかったです。
私は和食出身ですから、どうしても自分の経験に基づいた応用で鰻を調理してしまいがちです。しかし、鰻には江戸時代から続く伝統的な文化と、鰻屋ならではの技術や感性がある。それを長年鰻一筋でやってこられた総料理長から直々に学べるというのは、何物にも代えがたい貴重な経験でした。当社の鰻が美味しい理由は、こうした確固たる哲学と技術の伝承があるからこそ。どこの店舗に行っても美味しい「うなぎ四代目菊川」の鰻をお客様に提供する、という使命感を改めて強く抱きました。
「これまでの和食人生、今日(こんにち)に至るためだった⁉」経験が繋がり、再び燃える料理人魂
──最後に、料理長が今後挑戦していきたいこと、未来への展望をお聞かせください。
この年齢になると、人材育成は当然課せられる責務だと考えています。しかし、それと同時に、自分自身もまだまだ成長していきたい。鰻という食材は本当に奥が深く、やればやるほど新しい発見があります。『これで完成』というゴールがないからこそ、面白い。この歳になっても自分自身が成長し続けられる環境にいられることが、この上なく嬉しいですし、大きなやりがいを感じています。
まさか自分がこの年齢で、こんなフレッシュな気持ちになれるとは思ってもみませんでした。新しいことに次々と挑戦できる社風と、鰻という伝統的な食文化。この二つが融合した環境に身を置いていると、まるで20代の頃に戻ったかのように、まだまだ知らないことを覚えられる楽しみが尽きないんです。
会社の成長と共に、自分もその中で新しい仕組みづくりに携われる喜びもあります。毎日が充実していて、『こんなにうまくいっていいのかな』と思うことさえあるくらいです(笑)。不思議なもので、これまでの和食人生で経験してきたこと全てが、当社で働くためにあったのではないかとさえ感じます。
ありがたいことに、このご時世でも新店舗が続々とオープンしています。それはつまり、若いスタッフにとっても、私のような年代の者にとっても、チャンスがたくさんあるということ。もし機会があれば、海外への挑戦もしてみたいですね。まだまだ株式会社パッションギークスで、自分の可能性をさらに広げていきたいと思っています。
編集後記
インタビューを通して一貫して感じたのは、堀口料理長のどこまでも謙虚な姿勢と、尽きることのない探究心でした。和食の世界で確固たるキャリアを築きながらも、過去の栄光に安住することなく、未知なる「鰻」の世界へ飛び込み、目を輝かせながら日々の成長を語る姿は、まさに“生涯一料理人”という言葉がふさわしい。個人を尊重し、チームで育ち、会社全体で高め合う。その好循環の中で、堀口料理長の料理人人生は、今、最も充実した輝きを放っているのかもしれません。お店でいただく「一本鰻」の裏には、こうした料理人たちの熱い想いが込められているのだと、改めて実感する取材となりました。




