店頭で生食パンを手に阪上氏が立っている写真

「乃が美」の誕生には業界の常識を打ち破った奇跡と、人と人のつながりがあった

──阪上さん自身が、パン作りを学ばれたんですか?
いえ。当時、焼肉バイキングレストランで店長をしていた中井(なかい)に、知り合いのところに修業に行ってもらいました。私は、既存の事業をまわすとともに、パン作りに必要な調理機器の選定や、材料の仕入れに追われていました。これがなかなかうまくいかず大変でしたね。でも、困っているときに知り合いから「紹介できそうな業者さんがあるよ」と連絡をもらい、無事仕入れることができました。

──じゃあ、これで開店までもうトントン拍子ですね!
いえいえ。まだまだ。私が思い描く味わいの食パンにどうしてもならない。
ずっと、「なんかちがうねんなぁ」を繰り返していて、製パンの修業を頑張ってくれていた中井には何度も何度も無茶ぶりをしていました。

──いつ「乃が美」の味ができたんですか?
これまでのパン業界の常識を覆す、ふわふわしっとりの黄金バランスは、粘りに粘って、開店の前日にそのレシピが完成したんです。今でもどうしてこのタイミングでピンチを切り抜けられたのかわからないですね(笑)。

──そして、2013年10月、大阪・上本町に高級「生」食パン専門店 乃が美がオープンしたのですね。
オープンした日のことは忘れません。今でも脳裏に焼きついています。
初日は閑古鳥。試食のパンを食べてくれる方はいるんですが、1本800円という値段を聞いて驚かれて買ってもらえなかったんです。
オープンから1年ほどは、店で売れ残ったパンは閉店後に北新地とかで売り歩いていました。そこでは評判がよかったんですよ。

──これほどまでに、ヒットするに至ったきっかけは?
オープンから1年経ったころ、メディアの取材を受けることになりました。その影響がものすごく大きかったんです!テレビオンエアがあると、その日や翌日は店の前に行列ができていました。オープン日には、考えられないことでした。
開店初日とはまたちがう、うれしさがありました。
私たちが作ったパンをわざわざ並んでまで買ってくれはる。
この光景は自分の心に焼き付けておかないといけないと思いましたね。“初心”とこの“ご縁”は大切です。

乃が美の紙袋とパンの写真

<写真提供: 乃が美>

──それからあれよあれよと、店舗展開をしていったのですね。
そうですね。「並んでも買えない」とか「わたしの地元でも買えたらいいのに」など、うれしい声をいただくようになり、今では、全国に125店舗以上にまで成長しました。(2019年4月現在)

──昨年には、待望の東京進出を果たされ、これで46都道府県に出店となりましたね。
ずっと言い続けていたのですが、本当は東京以外の道府県に進出後、東京に出店したかったんです。

──それはなぜでしょうか?
大阪って東京に対抗意識を燃やすでしょ(笑)いい意味でもね!東京の方に「“乃が美”ってなに?」「東京にはないの?」と焦らしてました(笑)。
でも、ちょうど昨年。創業から5周年、売上100億円達成、100店舗達成とキリがよかったので、これを機に出店を決意しました。

──残すは秋田県だけですね。出店のご予定はあるんですか?
ちゃんと計画はしてます。秋田の方!待っててくださいねー。

麻布店に行列ができている様子の写真

<写真提供:乃が美>

今後の「乃が美」について。世代を超える食パンであり続けるためには

──「乃が美」が発端で世間では今、空前の高級食パンブームとなっています。そのことについては、どう感じていますか?
昔は私がブームに乗っかる側だったのに、今は反対の立場になっている。でも、このブームが過ぎ去ったあとが、肝心だと思います。
私は「乃が美」の食パンを世代を超えて愛されるパンにしたいんです。
食パンと言えば「乃が美」と語り継がれる食べ物になってほしいんです。

──老若男女に愛される食パンでありつづけたいということですね。
「乃が美」の食パンは卵を使用していません。なので、卵アレルギーのあるお子さんでも安心して食べてもらえます。
また、咀しゃくがしづらくなってきたお年寄りにも、耳まで美味しく食べてもらえるように、今までに感じたこともない柔らかさになっています。

──ブームが過ぎ去ったあと、生き残っていく秘策はあるのでしょうか?
当たり前のことをちゃんとしていくことが大切だと考えています。
わざわざ並んで買ってくれるお客様。うちに縁があって店に来てくださっているので、期待は裏切れませんよね。だから、徹底した品質管理、丁寧な接客をしていくこと。当たり前だけれど大切なことを維持し続ける。これらを、これからも地道に続けていきます。

──つまり、日々の積み重ねが大切だということですね。
そうです。そうすると、おのずと結果はついてくると思っています。

──全国に100店舗以上も展開されていますが、スタッフを集めるのは大変じゃなかったですか?
弊社はおかげさまで知名度・ブランド力が大きくなりここまできましたので、弊社の食パンのファンの方に働きたいって言っていただいたり、知名度のある会社で働きたいといって応募してくれたりしています。それに加盟店のオーナー方のご尽力もいただいております。ここでもご縁に感謝をしております。
あとは、働きたいと思える会社であるよう、常に努力するよう心がけています。

──というと、具体的には?
好待遇で、手厚い福利厚生にし、スタッフが働きやすい環境を整えています。

──今後の目標を聞かせてください。
先ほども言いましたが、世代を超えて愛される食パンであり続けたい。だから、『100年企業』として一緒に頑張ってくれるスタッフや取引先と一緒に前を向いて頑張っていきます。
ゆくゆくは国内だけでなく、世界で愛される「乃が美」も視野に入れていますが、それはもう少し先かな。

阪上さんの著書“奇跡のパン”を手に持っている写真

2018年11月に出版された阪上さんの著書『奇跡のパン 日本中で行列ができる「乃が美」を生んだ「超・逆転思考」』(発行/株式会社KADOKAWA)

阪上氏の人生グラフの画像

編集後記

お話を聞いて一番に感じたことは、阪上さんは人が好きでご縁を大切にされているということでした。幼少期から、お父様の借金で苦しい時期もありましたが、家族が大好きだったんだそうです。「父を喜ばせたい」「父に喜んでもらいたい」これは今も同じ気持ち。子どものころは野球で喜ばせ、今は美味しい“生”食パンで喜ばせていらっしゃいます。
そんな阪上さん。数少ない休日の唯一の楽しみは、阪上さんが夢を果たしきれなかった野球で頑張っている息子さんの試合を観に行くことだそうです。
近ごろ、テレビで「乃が美」を見ない日はないほどの有名店に。阪上さん自身も多忙を極めているとのことですが、100年後にも「美味しい」と言ってもらえるために今後も“当たり前”を大切に邁進していくそうです。

画像協力 高級「生」食パン専門店 乃が美

<インタビュー・記事作成:松尾 ともみ、撮影:Banri>