東京都杉並区。伝統と若者文化が共生すると言われるこの街に、「MUSIC BAR音海(おんかい)」は灯りをともしています。店名からも察しのつくとおり、音楽好きのオーナー片野さんが、2013年7月にオープンしたこだわりのお店。今回は、クックビズ総研編集部の金光がお話をうかがいました!
片野さんの笑顔には、気さくな人柄がにじみ出ていました。
大学卒業後、東証一部上場企業に入社された片野さん。営業事務として8年間勤めた後、満を持して飲食業界に飛び込み、32歳で未経験から飲食業界でキャリアをスタート。1年後には「MUSIC BAR音海」をオープンされました。
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元上場企業サラリーマン、飲食店でバイトさえしたことがなかった
───オーナーとして、ひとりでお店を運営されている片野さん。上場企業から飲食の道に進まれたということですが、昔から飲食業界に興味があったのですか?
片野さん:いえ、そうでもないんですよ。もともとお酒を飲むのは好きでしたが、飲食店でバイトをした経験すらありませんでした。大学卒業後、上場企業に入社しました。そのころから、ひとりで飲みに行くことが多くなって、しだいに飲食業界に興味をもつようになりました。
───なぜ、居酒屋やレストランではなく、バーを選んだのですか?
片野さん:バーのカウンターって、フェアな空間だと思うんです。カウンターに横ならびに座れば、大企業の社長であっても、大学生であっても対等な関係でいられる。それが好きで、自分もやるならカウンターバーだなって。
あと、ぼくは調理師免許を持っているわけでも、飲食関連の専門学校を出たわけでもありません。じゃあ、何で勝負できるかと考えたとき、ぼくには音楽があったんです。昔から音楽が好きで、J-Pop、Jazz、クラシック、HipHop…。いろんなジャンルを聴いてきました。
だから、音楽をコンセプトにしたバーを開けば、やっていけるという自信があったんです。そこからは様々なバーや飲み屋を飲み歩き、馴染みのお店を増やし、人とのつながりを広げていきましたね。
───ちなみに、バー開業に至るまで、どこかで修行をされていたのですか?
片野さん:東京・新宿区に、「ゴールデン街」というエリアがあるのをご存知ですか?バーやスナックなどのお店が150軒以上も並んでいて、非常にディープな場所です。その中にあった小さなバーで、1年半ほど働きました。その店は日替わりで店長が替わり、ぼくは土曜日専任の店長で店を任されていました。
新宿ゴールデン街(しんじゅくゴールデンがい)
東京都新宿区歌舞伎町1丁目にある飲食店街。花園神社と隣接し、第二次世界大戦後に建てられた木造長屋建ての店舗が狭い路地をはさんでマッチ箱のように並んでいる。映画・演劇関係者や作家、ジャーナリストが多く集まる街としても知られている。
(wikipediaより)
───店長?片野さんは当時、飲食店で働いた経験がなかったのでは?
片野さん:ええ、そうなんです(笑)。
ただ、オーナーがくださったチャンス。なんとかものにしようと、腹をくくりましたね。お酒の作り方は飲み屋で客として見ていたので、自分でもなんとなくいけるんじゃないかって。メニューに出すお酒を限定することで乗り越えました。
ただ、初めてお客さんに自分が作ったお酒を出したときは、さすがに手が震えましたよ(笑)。
───ゴールデン街のバーで約1年半、お店の運営ノウハウを身につけた片野さん。その後、個人経営の居酒屋で1ヶ月、ピアノバーで1ヶ月の修行期間を経て、「MUSIC BAR音海」の開業を実現しました。
片野さん:実はこのお店、以前働いていたピアノバーの居抜き物件なんですよ。Jazz好きのマスターが経営していたのですが、ご高齢で閉店することになって。ぼくがイチから不動産屋と契約し、開業資金を調達して、オープンしました。
以前のお店から譲り受けた立派なグランドピアノ
居抜き物件だったこともあり、初期費用はかなり節約できたのがよかったです。それもこれも、前のお店のマスターのおかげ。あらためて、人との縁の大切さを身にしみて感じました。
───それでもやっぱり、「上場企業の正社員」という安定した条件を捨てて、飲食の道へと進むのには、相当な覚悟が必要だったのではないでしょうか?
片野さん:そうですね。それはそれは、周りからも反対されましたよ。でも、正直なところ、企業に勤めていたときの仕事は本当にやりたかった仕事ではありませんでしたから、続けることのリスクさえ感じていました。
今になって思えば、それがかえって、「自分にしかできない仕事がしたい」というパワーを強めていったのかもしれません。
“新車を買ったと思えばいい。もしも失敗したって、事故で廃車になっただけだよ”
これは某企業の経営者であり、ぼくの飲み友だちが言ってくれた言葉です。少しだけ極端な表現ですが、本当にそうだなって。だって、廃車にするのが怖いからって、新車を買わないなんて人はいないじゃないですか?すごく勇気づけられましたね。
もうひとつ、ぼくの背中を押してくれたのが、黒澤明監督の「生きる」という映画。大好きな作品です。
日本文学や絵画にも興味あり
市役所に勤める主人公は、仕事への情熱もなく、無気力に代わり映えしない毎日を送っているのですが、ある日、自分がガンに侵されていることを知ります。
しかし、これをきっかけに改心し、自分らしい生き方を取り戻していくんです。閉塞感から脱出して、新しい自分を生きる主人公に、自分の姿が重なるようでした。
お客さんとの時間を大切にしたいから・・・
基本的には、片野さんひとりでお店を切り盛りしている現状。特にお店でライブを開く日などは、「満員御礼」ということもめずらしくはないそう。
そんな中、オーダーが重なり対応に手一杯になってしまうと、お客さんと対話をする時間が取れなくなってしまう。それでは、お客さんへのサービスがおろそかになるだけでなく、「人を大切にしたい」という自分の想いも叶えることができない。
そう考えた片野さんは、2つのポリシーを決められたそうです。
- ドリンクメニューは、ショートカクテル以外に限定する。
- フードメニューは、8分以内に提供できるものだけにする。
例えば、おすすめの人気メニューは『モッツァレラチーズの手作りみそ漬け』。
モッツァレラチーズを麹味噌や、そのほかの調味料と漬けること3~5日で完成!取材者も味見をさせていただきましたが、間違いなくビールやワインにピッタリなお味!提供時間を短くすることは、決して手を抜くということではないんですね。
裁量の大きさだけ、やりがいが膨らむ
片野さん:雇われていたときと比べると裁量の大きさが全然違います。メニューの価格だって、仕入れの値段だって、すべて自分の考えで決めることができますからね。独立前にもひとりでお店を任されていたとはいえ、最終的な決定権はオーナーにありました。
当然のことながら、オーナーにはオーナーの考え方がありますから、ぼくが提案をしてもすべてが採用されるわけではありません。それに、自分で決めたことだと、仮に失敗したとしても納得できるんです。
接客には、正解がない。だから、難しい
───飲食業界で着実に経験を積んでこられた片野さんですが、オーナーとしてはまだ始まったばかりですよね。大変なことも多いのではないですか?
片野さん:やりがいとは裏腹に、すべての責任が自分にあるというのは大きなプレッシャーがあります。経営のことはもちろん、接客についてもすべて自分次第。少しでも居心地の悪さを感じると、お客さんは二度と来てくれないと思って気を配っています。
お店に流す音楽ひとつにしても、自分の趣味を押し付けるようなことはしません。目の前にいるお客さんがどんな曲を好むのか。会話の中からひも解いてさりげなく流したり、リクエストカードを渡したりするようにしています。
お客さんは必ずと言っていいほど、楽しみを求めてお店に来ますよね。だから、少しでも楽しんでいただけたらというのが、ぼくの想いです。
それでも、自分が良かれと思い、ぼくが言ったひとことがお客さんに不快な思いをさせてしまったことがあるかもしれません。本当に接客って正解がないんですよね。だから難しい。でも、この店はお客さんとじっくり向き合えるから好きなんです。
コツコツと現状維持。そして、着実に向上
───「MUSIC BAR音海」はまもなくオープン1周年を迎えますが、将来的にお店を大きくしたり、もう1店舗増やしたりといったことは考えていますか?
片野さん:今のところ、考えていません。オープン当初は不安もありましたが、試行錯誤しながらもコツコツとやってきました。その甲斐あって、今では常連さんも増え、コンスタントにお客さんに来ていただけています。
だから次の1年も、これまでと同じように、お客さんが心から楽しんでくださる空間をつくっていきたいと考えています。具体的には、楽器を購入したり、部屋に防音処理を施したり。設備投資ができるように、当面はコツコツと資金を貯めていきたいと思っています。
お客さまからいただいたギター!
これから独立したい、後輩くんたちへ
───最後に、将来独立を考えている方へのアドバイスをお願いします!
片野さん:お店を持つにあたって僕が大切だと思うことは、3つあります。
1つめは、お店のコンセプト(テーマ・方向性)をしっかり決めて、そこからブレないこと。
ぼくが以前勤めていた「新宿ゴールデン街」では、お店の一つひとつにはっきりとしたコンセプトがあります。たとえば、昭和歌謡を流すお店、国際色豊かなお店、テキーラ専門の店など…。それにならって、自分のお店にもひとつのコンセプトを決めました。
それは、“音楽と人”です。「MUSIC BAR音海」は、ジャンルを問わず様々な音楽が流れ、音楽好きの人々が集うお店。音楽がまた人を呼び、常連さんが増えるきっかけになりました。
2つめは自分の身の丈にあったお店づくりを心がけること。
はじめからすべてを叶えようとせず、少しずつ形にしていくのも大切。ぼくの場合、ひとりでお店を切り盛りするためにメニューを限定しました。
片野さんのおすすめは、ホットサンド!
3つめは、オープン前に必ず、近隣の住民やお店の方々への挨拶を済ませておくこと。
オープン時はどうしてもバタバタしてしまい、周囲への配慮がおそろかになりがち。ぼくも開店当時は、あいさつ回りをする余裕がありませんでした。
防犯対策として近隣の店同士が連携することもありますし、互いに店を利用し合ったり、経営に関する相談をし合ったりすることもあるので、しっかりと周辺のお店やご家庭にあいさつをして、いつでも協力し合える関係を築いておくのにソンはないと思います!
人と音楽が集う、ほっこりと温かいお店
取材当日、約束の時間よりも少し早く着いてしまった取材者は、店の前で待つことに。中から聞こえてくるピアノの調べに耳をかたむけていると、ベビーカーを押した女性が店の前で足を止め、赤ちゃんに「お歌の練習をしているんだよ。キレイな音楽だね」と話かけていました。それを聞いて、なんだか、ほっこりしました。
目印は、魚と音符がモチーフの可愛らしいロゴマーク
ちなみに、営業時間外である日中は、スタジオとしてお店を貸し出されているとのこと。ライブ出演の希望も随時募集中ですので、音楽をしているという方は「MUSIC BAR音海」でステキなミュージックナイトを過ごされてはいかがでしょうか?Jazzでも、Rockでも、HipHopでも、なんでもござれ、だそうですよ!
店舗情報
店舗名 | MUSIC BAR音海(おんかい) |
住所 | 東京都杉並区高円寺南1-23-7 |
電話番号 | 090-6138-6176 |
営業時間 | 18:00~翌2:00 |
定休日 | 日曜日 |
備考 | 営業時間・定休日は、ライブのスケジュールなどにより変動する場合があります。 |