兵庫県西宮市・苦楽園口という、閑静な住宅街に2006年から開業している「御料理 はた田」
開業当初より一切広告を出さず、お客様のクチコミでじわじわ人気が広がっているお店。

わずか18席ほどの小さなお店が、2011年版のミシュランで一ツ星を獲得し、2012年~2014年版では二ツ星をキープし続けています。

星を獲得・維持するための努力や、ミシュラン掲載のビフォーアフターなど、気になるあんなこと・こんなことを「クックビズ総研」編集部の橿本(かしもと)が直撃取材してきました!

畑田雄一とその弟子

広告を一切出さずにお店を開業。頼れるのはクチコミのみ!

橿本:まずは、畑田さんがこの道に入られたきっかけから教えていただけますか?

畑田氏:私の実家は大阪の貝塚市で和菓子屋を営んでおりまして、小さい頃からその手伝いをさせられてきました。その親の背中を見て育ったので、自然とモノづくりに興味が湧いていきました。小学校の寄せ書きにはすでに「料理人になりたい!」て書いた気がします。

それから高校に入り、お寿司屋さんでアルバイトをしました。そのアルバイトが楽しくて仕方なかったんですよ。そこから、料理の道にどっぷりはまって現在にいたります(笑)

橿本:小学校の頃からの夢を実現されてるんですね!今のお店を開業するまでの道のりは順風満帆でしたか?

畑田氏:いえいえ、決して平坦ではなかったですよ。アルバイトをしたり、サーフィンにはまったり…遊びたい盛りでしたから、フラフラしてました(照笑) でも21歳の時に、これじゃマズイと思い調理専門学校に入学。

卒業後は和歌山・白浜の「ホテル川久」や加賀の「ホテルアローレ」で経験を積み、32歳の時に西宮・苦楽園の地に引っ越してきました。

橿本:10年以上のキャリアを積み、2006年に今のお店をオープンされたんですね。

畑田氏:そうなんです。今この場所でお店を出せているのも、いろんな縁やタイミングが重なってのことなんです。自分の親をはじめ、さまざまな人のご尽力により今があります。もう感謝の言葉以外思いつかないくらいですよ。本当にありがたい。

橿本:オープンされてからは、すぐにお客さんがつきましたか?

畑田氏:いいえ、開業後2~3年はお客さんがこない日も多かったですよ。ポリシーというわけではないのですが、開業から今まで広告は一切出したことがないんです。広告にお金をかけずに、食材と人に投資しました。妥協せず自分がおいしいと思うものを作り続ければ、必ずお客さんが来てくれる。

食べて喜んでくれると、その方がまわりの方に広めてくれる、と考えました。でも正直、本当に厳しかったですよ(笑)

鮮やかなお皿に盛り付けられた料理

ミシュランで星を獲得!広く知ってもらえるいいきっかけに。

橿本:それでも地元の方を中心に少しずつ常連さんがついてきた。そんな時に、『ミシュラン関西2011年版』に一ツ星のお店として掲載されたんですよね。

畑田氏:はい、その時は本当に嬉しかったですよ。無名のお店が、有名誌に載ったんですからね。うちを知らない人に広く知っていただける、いい宣伝になると思いました。既存のお客様からは「予約が取りにくくなるんじゃないの?」とのお言葉をいただいたりもしましたが、結果的には載せていただいてとてもありがたかったです。

おかげさまで、関西だけでなく遠方からもお越しいただけるようになりました。

橿本:それから、毎年ミシュランの星を獲得されてますよね。継続して星を獲るということは並大抵の努力ではないと思うのですが、何か特別に力を入れていることなどありますか?また、星付き店というプレッシャーはありますか?

畑田氏:星を獲るためにやっていることは特にありません。今までどおり、お客様に喜んでもらえるお料理を心を込めて作るだけです。将来自分のやりたいことが見えてきたので、それに向かって努力しているだけなんです。あ、やりたいことというのは、まだ内緒なんですけどね(笑)

橿本:そうなんですね。畑田さんの“やりたいこと”がとても気になりますが、今後を楽しみにしていますね!

他店に行き、味や雰囲気、人の動きを観察。

橿本:畑田さんのモットーは、今日出会えた食材に感謝し、その素材が一番美味しく活きるよう料理すること。 また、古き良きものも大切にしながら、新しいことにも常に挑戦し続けること、と伺っています。そのために、普段から行なっていることはありますか?

畑田氏:うーん、そうですね。強いて言うなら、おいしいものの食べ歩きでしょうか。高級店からB級グルメまで、おいしいと聞けばジャンルを問わずどこにでも行きます。自分の目で舌で、五感すべてを使って堪能します。

もちろん、味だけではなくお店の雰囲気やそこで働く人まで、じっくり観察しますよ。ジャンルに関係なく、とても勉強になりますね。自分がおいしいと感じたり興味を持ったりした時は、帰って自分なりにアレンジして試作することもあります。

失敗することも多いですよ(苦笑)でも、失敗するから成功した時の喜びが大きくなるんですよね。だから料理って本当におもしろいなと、つくづく思うんです。今は自分が主なので、叱ったりアドバイスしてくれたりする師匠や同僚がいません。

なので、他店を見て刺激を受けたり気づきをもらったりすることは、とても大事なんです。自分のお店に足りないものや、新しい料理のヒントが隠れてますからね。

はた田の店内

弟子に一番伝えたいのは、“料理の楽しさ”

橿本:なるほど、日々勉強ということですね。勉強といえば、お弟子さんがひとりいらっしゃいますよね。その方には、どんな教え方をされているのでしょうか?

畑田氏:はい、今は女性の弟子がひとりおります。うちに来る前に一流ホテルの日本料理店で5年ほど修行をしているので、基本はできています。うちは小さいお店なので、料理だけでなくお店にまつわることをすべてやらなくてはなりません。そういう意味では負担も大きいと思いますが、将来自分のお店を持ちたいという夢を持っている子なので勉強にはなっているはずです。

実は、女性ならではの気遣いや機転などは、こちらが見習わないといけないなと思うことも多いんですよ。今は上から頭ごなしに叱って、はい上がってくるような教え方をする時代ではないと個人的には思っています。

僕はとにかく、“料理って楽しいものなんだ”って思ってほしい、そして“料理が好き”って心から思えるようになってくれたら言うことないですね。それが日本料理ではなく、イタリアンやフレンチであっても全然いいんですよ。その楽しさを僕のもとで少しでも感じてもらえたら本望ですけどね。

橿本:あと、お弟子さんにこれだけは絶対やらせると決めていることはありますか?

畑田氏:絶対にやってもらっているのは、まかないを作ること。これは見習いなら当たり前だと思いますが、うちでは限られた食材を使って自由に作らせます。すると、自分では思いつかない味付けや食材の組み合わせをしていたりして、僕も勉強になるんですよ(笑)もちろんアドバイスもするのですが、その人のセンスが出たりするのがおもしろいし気づきも多いですね。

橿本:まかない作りって、実は奥が深いものなんですね。畑田さんのお話を聞いていると、あらゆることが勉強になり、そしてどんどん吸収されているように思います。畑田さんほどの方でも、まだまだ学ぶことってありますか?また、どれくらい経験を積めば一人前の料理人として一般的に認められるのでしょうか?

畑田氏:どの世界もそうだと思いますが、料理の道も一生勉強だと思います。これで終わりとか、完成形なんてないですから。だから僕もまだ一人前だと思ってないですし、日々勉強して進化し続けないといけないと思っています。だから、おもしろいし飽きない。本当におもしろいんですよ、料理って(笑)

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料理を作れる仕事なら、なんでもやる覚悟がある!

橿本:最後に、究極の質問をさせてください。もし、お客さんの足が遠のいてしまいお店が潰れてしまったら、畑田さんはどうされますか?

畑田氏:僕は料理を作ることができるなら、どこにでも行く覚悟があります。例えが悪いかもしれませんが、街の定食屋さんでもスーパーのお惣菜作りでもいいんです。そこでお客様が「この定食おいしいなー」「このお惣菜おいしいわ!」と言ってくれたら最高ですね。

昔は陶芸家や農家に憧れた時期もありましたが、やはり僕は料理人として生涯働き続けたい。「餅は餅屋」なんだと思います。僕は生まれ変わっても、また料理人になってるでしょうね。きっと、それしかできないでしょうから(笑)

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「御料理  はた田」 店主:畑田雄一
兵庫県西宮市南越木岩町2-19  苦楽園ヴィラプレミエル1F

編集後記

広告を一切出されていないお店ということで、どんな方かと少しドキドキしながらの取材でしたが、店主の畑田さんは温厚でとても人あたりの良い素敵な方でした。今回のキーワードは「感謝」と「覚悟」。

食材はもちろん、まわりの方に感謝を忘れない姿勢と、一生料理人として貫くという覚悟は、なみなみならぬものがおありなのだなと感じました。実は、この取材よりも前に個人的に食事をし、その時のお料理・サービスに感激したため今回の取材にいたりました。

また、プライベートでお伺いしたい私のお気に入りのお店です。畑田さん、本当にありがとうございました。(取材・文:橿本)