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料理の道で生きていくと決めてから、見習いとして実践を重ねる日々
幼い頃から料理に興味ある子どもだったのでしょうか?
シェニョン氏:私が料理の道で生きていくことを決めたのは14歳のときですが、もとをたどれば、8歳くらいからお菓子作りの手伝いはしていました。両親の友達がお菓子作り職人で、毎年バカンス中に手伝いに行っていたんです。ビュッシュ・ド・ノエルってクリスマスケーキがあるでしょう? あれにサンタクロースの飾りをのせたり、クリームを絞ったり。
おこづかいをもらえたので、その仕事は気に入っていましたよ(笑)。お菓子を食べることもできましたしね。もちろん、その仕事自体に興味があったからですし、両親の友達なので手伝いたいという思いもありましたしね。
幼い頃から料理とのかかわりはあったのですね。それで料理の道に?
シェニョン氏:もともとは、森林の手入れをしながら環境を守る、フランスでは「森林のエンジニア」といわれる仕事に就きたかったんです。
それで、中学3年で進路を決めるとき、そうしたことを学ぶことのできる学校へ面接に行きました。でも、面接官に「実は、この仕事はなかなか就職先がないんだよ」と言われて。それを聞いて、この仕事はやめようと自分で決め、一緒に面接に行ってくれた母にもそう伝えました。
そこから、なぜ料理の世界へ?
シェニョン氏:実は同時期に、地元の一つ星レストランで1週間研修をしました。
幼い頃に菓子店でお菓子作りの手伝いをしたときは、1月ならガレット・デ・ロワ、12月ならビュッシュ・ド・ノエルというように、時期に合わせて毎回決まったものを作っていましたが、レストランで料理人として働けば、前菜からデザートまで、より多彩で変化に富んだいろいろなものを作れるというのを研修をしていたときに気づきました。料理なら広がりがあると思い、この世界に進もうと決めました。それが14歳のときです。
料理の道へ進むと決めてからは、どのようなキャリアを?
シェニョン氏:フランスには、アプランティサージュ(※1)というシステムがあります。企業で働きながら、各職業について学ぶシステムで、実際に働く現場での研修がカリキュラムに含まれた学校のようなものですね。現場で働く以外に、学校では基礎的なレシピなど料理の基本テクニックを学びますが、それだけでなく数学など一般教科の勉強もするんです。ここに2年間通いました。
※1:アプランティサージュ
企業での実習と、職業訓練校での座学を組み合わせたもの。日本語では見習い訓練制度といわれる。料理に限らず、大工や美容師など職種はさまざま。
料理だけを学ぶのではなく、こうしたシステムの学校を選んだわけは?
シェニョン氏:フランスでは料理人になる方法には2種類あります。先生に教わりながら料理を学ぶ専門ホテル学校と、私が選んだような見習い制度です。料理の専門学校にももちろん研修はありますが、そこでは基本的に受け身の勉強しかできません。一方、アプランティサージュなら働きながら学ぶことができ、プロの人達と直接触れることができます。それが理由ですね。
あと、このシステムのいいところは、自分で研修するレストランを選んで志願できることです。もちろん受け入れ先にも承諾してもらわないといけないのですが。ただ、しっかり教えてくれない研修先を選んでしまうと、悲劇です。友達の中には、じゃがいもをむくだけで終わってしまった人もいました。私の研修先はきちんと教えてくれたので幸運でしたが、選ぶときはまわりのシェフから情報を聞いたりして慎重を期しましたね。
今から振り返り、この2年間はシェニョン氏にとってどんなときでしたか?
シェニョン氏:この期間に、私のベースを築いたと思っています。
ただ、非常にきつかったのは事実ですね。私の学校の同期はトータルで200人くらいいたんですが、1年後は100人くらいになっていて、2年目はさらに1/4くらいの人は辞めていました。
アプランティサージュでは3週間現場で働いて、1週間学校に行くというのを2年間くり返すんです。レストランでの休みは火曜の夜と水曜日だけ。土日も働きました。
学校に行く週は、レストランで日曜日まで働いたら月曜日の朝5時に学校に行くバスに乗り、金曜日まで学びます。そうして、金曜日の夜9時くらいに家に帰ったら、土曜からまたレストランで働く。そんなハードな日々でした。
ただ、現場と学校で学ぶことは、質と量がまったく違いました。学校だと失敗しても自分達で食べるだけですが、現場だとお客様が相手ですから真剣勝負です。このシステムだからこそ、学べたことも多いと思います。
