
都心のオアシス“フードホール”への挑戦!
──2019年2月、新宿と難波に「FOOD HALL BLAST!」が同時オープンし、業界でも話題を集めました。このフードホールには、貴社が運営するブランドが集められています。オープンのきっかけは?
アメリカでは、2016年頃からファストカジュアル形態のフードホールが登場しています。さまざまな種類の“ファストカジュアル”を自由に楽しめる、まさに大人向けの食のアミューズメントパークです。「これは日本でも受ける」と確信し、出店を決意しました。
──実は先日なんばのフードホールに行きました!施設内の店舗は、すべて自社運営ですね?
入っている店舗がすべて自社運営というスタイルは珍しいのではないかと思います。運営的には、効率はかなりいいんですよ。たとえば、カフェのピークタイムをすぎるとバーカウンターにチェンジして、カフェスタッフはそのままバーテンダーに。スタッフにとってもいろんなチャレンジができるので、モチベーションアップにつながっているようです。知識やスキルの幅が広げながら、楽しく働いてくれています。
──なるほど。すべて自社運営だからできることですね。
ほかにも、売り上げに伸び悩むブランドは、設備や内装をほとんど変えずに、別のブランドに入れ替えることもできます。流行や時代に合わせてコンテンツを入れ替えていけるのは大きなメリットです。
──なぜ都市部に出店を?
現在、日本で主流の“フードコート”は、ファミリー層がターゲットで、ファストフードを中心に、郊外のショッピングモールに設置されています。一方、“フードホール”は、上質なお酒や料理をそろえ、都市部を職場や生活圏としている大人が、日常的に楽しめる空間という発想なんです。だから立地は交通アクセスがよく、人が多い都市部になる。ただ、都市部である程度の人数を収容できる場所を見つけるというのは、不動産業をしていても、容易なことではありませんでした。
──大阪の出店場所は、なんばの中でも一等地です。
たまたま、なんばの一等地にあるビルがテナントを募集していたのを知りました。正直なところ、家賃があまりにも高額で最初は見送りました。ですがビルのオーナーさんに、やりたいのはフードホールであることを伝えると、興味を持ってくださって。僕自らプレゼンを行ない、気に入ってもらえました。家賃も当初より抑えた金額で交渉成立しました。
──オープンしてから反響はいかがですか?
場所探しや自社ブランドでの運営などを経験することでノウハウを生み、それが強みとなりました。現在では、ありがたいことに複数の出店のお話をいただいています。この流れで“フードホール”をひとつのパッケージとして広めていきたい。ゆくゆくは国内のみならず、海外での展開も視野に入れています。
20代での挫折。自分に何ができるかを探し続けた
──岩谷さんは、もともと行政書士、さらに府議会議員という経歴をお持ちです。飲食業界とはまったく異なる業種からの転身に驚きました。
若いころの夢は弁護士か検察官になることでした。大学は法学部に通っていて、18歳から10年近く法律の勉強をしていました。でもなかなか合格できず、その頃は本当に苦しかったですね。27歳で最後の司法試験に挑むも1点に泣き、挫折を味わいました。
──その後は?
行政書士を経て、2011年30歳のとき“世の中を変えたい、社会貢献をしたい”という気持ちから大阪府議会議員に立候補しました。カネなし・コネなし・ジバンなしのため、無謀という前評判(笑)。初当選してからの4年間は議員の仕事に明け暮れました。
──なぜ政界から、再び転身を?
一議員として限界を感じていたのも正直あります。さらにピンチヒッターとして家業の不動産会社を継ぐことになったんです。ビジネスの世界を通して、継続的に人間の根本的な衣食住に関わることも、意義のあることだと感じました。
──飲食業で起業することになったきっかけは?
不動産の仕事は景気は良かったんですが、あまり急成長できる状況ではありませんでした。そこで何か成長分野の事業を創らないといけないということから、子会社という形で始めたのが今の会社です。理由はとてもシンプル。私が外食が大好きだったから(笑)。
──不安な気持ちはなかったですか?
全然なかったですね。新規事業を行うなら、今までにないことをやりたい!という思いの方が強かったです。
起業はなぜ面白いのか。自分たちのチカラでゼロを「1000」に!
──組織作りで心がけていることはありますか?
立ち上げ当初のスタッフが数名しかいない時から、現場に権限を持たせることを徹底しています。規模の小さいスタートアップ期は、何事もトップダウンで決めていく方が解決も早いとされますが、最初から大きな組織にしたいと考えていたので、早い段階からボトムアップに力を注いでいます。
──現場で出来ることはすべて現場に任せる、と?
そうです。もちろん現場で判断できないことはジャッジしますが、ジャッジを下すにあたっても徹底的に現場と議論を交わします。結果が出れば、みんな同じ目標に向かって一丸となれます。そうやって成長していくことが私たちのやり方です。
──急成長中のベンチャー企業として、貴社で働く最も大きなメリットは、どこにあるとお考えですか?
僕自身が業界経験が浅いだけでなく、部長も業界出身ではありません(笑)。そういった意味では、どんな人にもチャンスが無数に転がっています。
たとえば、19歳で入社し「クロニック タコス」に配属となったスタッフは、半年後には副店長に昇格しています。今26歳のフードホールのゼネラルマネジャーは、もともと「グリーンベリーズ コーヒー」のアルバイトとして入社したスタッフです。なかには、この間までタコスをつくっていたのに、今は事務所で毎日パソコンをたたいて発注業務にあたっているスタッフもいますよ(笑)。
──ギャップがすごいですね(笑)。
そうですね。それと、海外志向の人にも向いていると思います。定期的に海外視察を行っており、先日は、僕と23歳の若手社員らで、研修をかねてニューヨークとバージニアへ行きました。また本拠地の「ピッツァ クチノバ」の社長から、「年1回、日本のスタッフからMVPを選んでくれたら、全額負担でアメリカ本部の研修に招待するよ」という申し出を受けました。新しいブランドを立ち上げる際は、本拠地での研修を受けます。立ち上げメンバーに抜てきされればアメリカ研修に赴くチャンスもあるということです。
──今後の目標として何店舗まで拡大を目指されていますか?
オフィシャルな経営計画ではないですが、1業態100店舗は目指したいです。それを10業態くらい持ちたい。全1000店舗出店という目標をこの10年で叶えていきたいです。
“美味しいものをリーズナブルに、安心して食べたい”というのは人間として当然の欲求です。“ファストカジュアル”が日本で普及すれば、フード業界を大きく変化させるのは間違いないと思います。
編集後記
新しいことへのチャレンジを怠らない岩谷さん。社長自ら海外へ足を運び、本当に良いものを厳選し、日本に新しい体験を届ける仕事そのものが「楽しい」と語ります。さまざまなメディアで注目され話題を生み出したのは、まさに岩谷さんの『行動力』があったからこそ。これからも新たな挑戦を続け、進化していくK&BROTHERS株式会社からますます目が離せません!
<インタビュー・記事作成:松本 瑞希、撮影:Banri>
1 2





