世界のあちこちを飛び回り、さまざまな料理や食材に出会ってきた料理家の桑折 敦子(こおり あつこ)さん。女性に人気のスープ専門店「スープストックトーキョー」の商品開発を長年手がけ、現在は、さまざまな食品メーカーや飲食店からの相談に応えるフリーランスとして活躍中です。
そんな桑折さんがコロナ禍を機に、世界規模で“食事情”が変化していくなかで、これからの日本の食サービスをどう捉えればいいのか。桑折さんが影響を受けた食材や食べ物のご紹介とともに、そのヒントをお聞きしました。
>前編「旅する料理家 桑折 敦子さんに聞く!商品開発の原点とアイデアの作り方」を読む
※桑折 敦子さんは、リレーインタビュー「ヴィーガン料理家を支えた一言。今を100%で生きることが未来を引き寄せる【リレーインタビューVol.26】」の早崎 文野さんからのご紹介です。
<プロフィール>
桑折 敦子(こおり あつこ)さん
地元福島県の短期大学の食物栄養科にて栄養士資格を取得。卒業後、食品工場での勤務をはじめ、和洋中問わずさまざまなジャンルの飲食店での調理、アレルギー専門クリニックでの栄養サポートなどを経験。その間、世界中を旅し、その土地の食べ物に触れる。2004年より「スープストックトーキョー」を展開する株式会社スマイルズのメニュー開発を担当。2017年にフリーランスとして独立。以後、スープストックトーキョーの開発を継続しながら、食品メーカーや飲食店のメニュー開発、店舗開発などを請け負う。また、自身で腕を振るう料理教室や食事会を不定期で開催。世界中のおいしいものを探求し続けている。
桑折さんが今注目する食べ物3選!
1.豆
編集部:桑折さんがこれまで影響を受けた料理、あるいは食材は何でしょう?
桑折さん:「スープストックトーキョー」に入ってから開眼したのは「豆」ですね。レンズ豆、ひよこ豆、いろいろありますけど、豆のポテンシャルはすごいんです。
豆は、いろいろな場所に旅行に行って食べたり、自分で作ったりしてきましたが、豆を食べていない国はありません。土地が痩せている場所でも作ることができて、乾燥させて保存ができて、たんぱく質が摂れて、食物繊維も豊富です。どちらかというと裕福じゃない地域でよく食べられていますよね。今後の世界的な食糧危機の対策として、いま昆虫食が話題ですが、「その前に豆があるじゃん!」と思います(笑)。
それで「豆部(まめぶ)」というのを仲間と作って豆の推し活をしています(笑)。
編集部:豆って地味というか、それだけを食べたいとはなかなかならないけど、確かにポテンシャルは高いですね。
桑折さん:私が依頼を受けた食事会では、実は結構、豆料理を出してるんです。それで「嫌いだったけど豆料理が好きになった」という人が意外と多いです。美味しく出せば、好きになるんですね。
編集部:じゃあ今まで豆は美味しく料理されていなかっただけ?
桑折さん:日本では豆というとだいたい、甘く炊かれた5~6粒がごはんの横に添えられている、みたいなことが多いじゃないですか。
だけど私がヨーロッパを旅した時、何度「豆のスープ」に癒されたことか。
豆の出汁(だし)って動物性じゃないけれど、十分美味しいんです。豆出汁の威力を知ってからは、私にとっては豆は欠かせないものになりました。乾物として保存できるし、夜の間に戻しておけば次の日に使えるし、いま私、白いんげん豆を煮ているんですが、要は「ながら」でできるんですよ。細火でゆっくり炊けば、時間が解決してくれます。触わらないで置いとけばいいんで。
編集部:すごい(笑)。
2.発酵した漬物
桑折さん:もう一つは「発酵した漬物」。台湾、タイ、ベトナムなどに行くと、からし菜、こぶ高菜といった葉物を塩水に浸けて、乳酸発酵させた漬物があって、このすっぱい漬物を牛肉や豚肉で炒めると、すごく美味しいんですよ。だいたいどこの国でも市場で売っているから、いつもスーツケースにいっぱい詰めて買って帰ります。
コロナで海外に行けなくなってからは自分で漬けています。からし菜は千葉の農家さん、こぶ高菜は九州などで買ってくるんです。薄い塩水で漬けるとすぐ発酵するので、発酵したら冷蔵庫に入れておけば保存できます。
編集部:日本では塩漬けはよく聞きますが、塩水漬けはあんまりないですよね。
桑折さん:そうですね。でも、日本人は酸味系も好きだと思います。きゅうりの古漬けをショウガで食べたり、すっぱくなった白菜漬けをかつお節をかけて食べたりだとか、そういう食べ方もしますよね。
あと、発酵でいうと、私は魚醤(ぎょしょう)をよく使います。パスタとか煮込みにもよく使います。
魚醤を使うと旨味が倍増します。もともとイノシンサンなどのさまざまな旨味成分は足せば掛け算になるといわれているんですよ。普段の料理にもよく使っています。でも沢山入れるのではなくて、ほんのちょっと足すだけ。それで旨味の幅が広がります。
化学調味料や添加物を一切使用しない「スープストックトーキョー」でも、旨味をどう出すかが大きなテーマだったんです。その時に魚醤の旨味の威力を実感しましたね。
編集部:魚醤って独特の風味がありますよね。
桑折さん:それもポイントがあって、料理教室で教えていることなんですが、基本的にはにんにくを使う料理であれば大丈夫!にんにくが入る料理だと、魚醤だけが突出することがないんです。タイでも韓国料理でも、他にスペイン、イタリア、メキシコでもなんでもにんにく料理はたくさんあるので、そこにちょっとナンプラーなどの魚醤を足せばいいんです。タイの料理人の方に教えてもらったんですけどね。
編集部:なるほど!これはすぐに実践できますね。料理教室で教えている貴重な内容をありがとうございます。
3.薪、熾火料理
編集部:他に何か注目の食べ物はありますか?
桑折さん:今ちょうど流行っていますけど、薪料理、熾火(おきび※)料理です。なかでもスペインのバスク地方にある「エチェバリ」という薪料理店が衝撃的でした。
※熾火(おきび):おこした炭火。薪が燃えつきて赤くなったもの
世界でも地方の料理にはいろんな共通点があって、タイのバンコクによくあるソーセージや鶏肉のように、だいたい屋台で焼くのは、炭なんですよね。チェンマイに行った時はガスで焼いていたんですが、やっぱり風味が違うんですよ。
だから炭や薪の熱源のすごさというか。一度火をつけた後の薪や炭で焼くことで、同じ材料で同じ味付けでも、香りや風味が変わるんですね。これはもうどこの国に行っても共通です。
豆ブームはまだ早い!?
編集部:面白いですね。だけど世間的には桑折さんのいう豆料理や発酵食品は、この先どこまでそのポテンシャルが認められていくようになるのか気になりますね。
桑折さん:そうですね。私としては豆部をもっと広げていかなきゃいけないと一生懸命活動はしているんですが(笑)、「うーん豆はまだ早いかも」とも思いますね。
先日、高知県を訪れた際に、トスカーナで修業していたオーナーシェフのイタリア料理店に行ったんです。その時に、トスカーナの「リボリータ」という豆のスープを毎日仕込んで、毎日出しているけど、1度もオーダーで出たことがないと言っていました。
シェフが作るのは、カーボロネロという黒キャベツもちゃんと入れた正式なトスカーナの家庭料理。豆や野菜を煮込んで、毎日材料を足していって煮込むという定番のものです。それである時、ライターさんが紹介記事をネットに上げたら3日間オーダーが出たんですって。シェフは「初めて売れたんです」と喜んでいたんですが、そのレストランのエントランスを見たら「ピザはありません」という貼り紙がしてありました。つまりお客様に「ピザはないの?」と何回も聞かれての対策なんですけど、イタリア料理の浸透度ってまだまだだと感じました。
編集部:確かにピザやパスタこそがイタリア料理というイメージは根強いですね。となると豆もまだ早いかも?
桑折さん:先日も豆部の部長(友達)が、小さい店で豆料理だけの食事会を開いたんです。結構たくさん来てくれて、美味しい美味しいと言ってもらったんですね。来てくれた料理人やシェフたちは修業してきた現地では豆料理を絶対作っているけれども、日本だと作っても売れないから、今までメニューにしてないんです。なので、豆の料理をぜひコースに入れてくださいと私は頼みました。無理やりにでもコースに入れておけば美味しいことは知ってもらえますから。
編集部:まず食べてもらって美味しいことを知ってもらったうえで、その先に選んでもらえるところまで啓発していくということですね。長丁場ですね。
桑折さん:長丁場ですね~(笑)。こういう活動を、地味にずっと続けています(笑)。
編集部:美味しい豆や美味しい食べ方ってありますか?
桑折さん:北海道で作られている栗豆というのがあるんですが、これが本当に栗みたいに美味しいんです。口の中ですっとなくなるように煮れるのでこれはもうぜひ食べてください。
あと日本では、しょっぱい料理は大豆で、小豆(あずき)や金時豆になると甘いというイメージがありますよね。でも金時豆をしょっぱい料理に入れても美味しいです。私は豆は芋と同じように、茹でて熱いうちにビネガーやお塩を打っちゃうんです。冷えるときに味がしみて、しっとりとして食べる時のもさもさ感がなくなります。
そういう工夫をすれば、豆のしっとり感を感じてもらえるし、調理法によっていろいろな食べ方ができます。世界的には豆料理はたくさん食べられているので、ほんとうにいろんな料理があるんですよ。
編集部:もっと豆を盛り上げていかないといけないですね。豆部の今後の活動を応援しています。
「日々の食事」こそが幸せ。でも日本に危機が迫っている
編集部:桑折さんは、料理を作ること、食べてもらうことにおいて、何を最も大事にされていますか?
桑折さん:美味しいものを食べたら「ああ幸せ〜」となるじゃないですか。それを思うと食事って1日に何回かチャンスがあります。そのチャンスをムダにしてほしくないなあと思います。
小さい幸せが毎日あると、落ち込んでいること、イラっとすることを打ち消せるじゃないですか。東京に暮らしていると、電車は混んでいるし、人とぶつかって舌打ちされたり、たぶんイラっとすることが多いと思うんですけど(笑)、「今日は夜ご飯に何食べよう?」だとか「今日もご飯が美味しかったな」ということがあると、まあまあ楽しく暮らせますよね。そのチャンスをムダにしてしまうと、もったいないなあと。
編集部:確かに。食べる楽しさは誰にでもあるチャンスですね。
桑折さん:世界中の美味しいものを食べられるというのは、この時代に生きているからこその幸運だと思います。一方で、この先の日本には食べられなくなる時代が来るんじゃないかという危機感を持っています。思っていた以上にその時期が早く来ちゃっているなと。
編集部:世界規模でいわれている食糧危機のことですか?
桑折さん:世界的な食糧危機が来るといわれていて、今ではコオロギなど昆虫食が話題にもなっていますが、コオロギを食べるかどうか以前に、日本がいろんな食材や食品を世界から買えないようになるんじゃないかと。
10数年前からすでに、ベトナムからのワタリガニやヒメハマグリなどが手に入りにくくなっています。そもそも品薄というのもあるけれど、日本人って値段にシビアな割には「殻をはずして」「薄皮をとって」「ほぐして」「冷凍にして」とか細かいんですよ。でも中国人もタイ人も韓国人も、丸ごと買うわけです。自分たちで調理できるから。
そうなってくると、面倒くさいから日本人には売りたくないとなるし、手間がかからず高く買ってくれるところに売りますよね。そういう流れに加えて、コロナや円安もあって「あ、もう来ちゃったな」と。
高くても買えたらまだいいんですけど、そもそも買えなくなるかもしれない。日本の農家さんですら、生産した農産物を海外に売った方が高く売れると言うんです。最近だと、日本の桃やさくらんぼがタイや中国で人気ですよね。
編集部:日本人は手を汚してフルーツをむくことを嫌うから売れなくて、海外の方が売れるというのは農家さんから聞いたことがあります。
桑折さん:だから日本では食材のバラエティが少ない時代になっていきます。そうなると生産地に近い場所に暮らさないと、美味しいものが簡単には食べられなくなると思います。それに気づいている人はどんどん地方に行っている気がしますね。
編集部:一次産業に近い地域に移住したりとか。
桑折さん:そうです。地方の食材が手に入らないようになるので。
編集部:どうして、このような危機的な状況になったんでしょう。
桑折さん:コロナや円安もあると思いますし、日本の国力の低下がすべてというか。日本がこれまでずっと企業努力しすぎた結果なのかもしれません。できるだけ値上げをせずにガマンして保ってきた。でも企業がガマンしてるから、お給料は上がらない。そうこうしているうちに、近隣の国が経済成長して、気づいたら日本は経済をはじめいろいろな面で抜かされています。
今から30年くらい前だと、海外に行っても日本人ってどんな秘境にもいたんです。でもここ5~6年くらいは、どこに行っても、中国人、タイ人、韓国人にしか会わない気がします。日本人が海外に行かないというよりは行けないということでしょうね。中国やタイ、韓国だと中流層といわれる人たちが海外に行くようになっているなかで、日本は逆にお金がなく、みんな海外に出ないから、そのことに気づいていないという状況なのかも。
編集部:それがもう「食べること」にまで影響していると。
桑折さん:日本人はきっちりしているんです。衛生面でも。たとえば日本のファーストフードは、魚でも肉でも骨をきっちり取って提供されます。他の国のファーストフードでは通常、骨がついてるんですよ。そういう日本のやり方は、消費量がある程度見込めないとできないことです。けれど先ほど言ったような理由で、大量消費を前提とした食材は特に日本に入ってこなくなるんじゃないかと思います。
だからたとえばこれまで市場には出なくて、漁師さんだけが食べていた深海で獲れる魚なんかを、ちゃんと調理して食べていくというやり方に変えていかないといけないんです。
編集部:食糧危機の問題が日本に直結している事実を知らないといけないですね。
桑折さん:そうですね。SDGsも、ビジネスとして何かをするんじゃなく、当たり前のこととしてやっていかないと。「スープストックトーキョー」の仕事でも「規格外や売れないものを使う」ということが当たり前の感覚でした。SDGsだからといって、いま何か特別なことをするというのではないんですよね。
編集部:「当たり前」という感覚を持つことが大切ですね。
次はネパールでピーナッツバター工場を立ち上げた仲 琴舞貴さん
編集部:最後になりますが桑折さんが次にご紹介したい方は?
桑折さん:ネパールでピーナッツバター工場を立ち上げて輸入販売をしている友人、仲 琴舞貴(なか ことぶき)ちゃんです。
ネパールの山岳地帯にあるコタンという場所に滞在している琴舞貴ちゃんから、「あっちゃん、ここの産物は落花生しかないんだけど、なんとかならない?」と相談されたのがきっかけです。
事情を聞くと、電気も水道も通っていない村なんです。じゃあまず電気なしで作れるようにしようというところから始まって、工場を建てて、ピーナッツバターの加工会社を作って、輸入販売をしているというユニークな人です。
私も立ち上げの時に一度行ったんですが、カトマンズからジープをチャーターして10時間くらいの秘境にある村で、村の人はほぼ出稼ぎに行った家族からの仕送りで暮らしています。そこで村の女性たちを雇用して、彼女たちにとっては、初めてお給料で家計を支えています。ピーナッツも、肥料や農薬をまいたり、品種改良するお金もないので、オーガニックなんですよ。だからピーナッツバターはすごく美味しいですよ。
編集部:すごい!仲 琴舞貴さんのお話、楽しみにしています。桑折さん、ありがとうございました!
まとめ
「豆」「発酵」「熾火」。これらは人類が原始に発見した自然の恩恵、古来から継承されてきた先人たちの知恵です。桑折さんは場所だけでなく、時間をも旅する旅人。両軸を行き来し、食べることは普遍の幸せだと語る桑折さん。一方、現代日本に暮らす私たちの身に迫るたくさんの深刻な問題。コロナと共存していく社会のなかで工夫しながら、私たちはもう一度、広い世界に目を向け、多くを体験する必要に迫られています。
<取材:2022年10月12日、インタビュー:峯林 晶子・杉谷 淳子、記事作成:峯林 晶子>
取材協力
人名 | 桑折 敦子 |
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著作 | 「牛すじ -極旨じっくりレシピ」 |
<写真提供>
桑折 敦子
※インタビュー画像のぞく