鉄板焼き店「カリットーネ」の看板

大阪のベッドタウン・南茨木駅前(大阪府茨木市)にある鉄板焼き店「カリットーネ」。今日も一人、また一人とカウンターにのんべえたちが集います。老いも若きも、男女問わずに“お一人さま”たちが集う小さなお店に、絶えない笑い声。

「どこのだれが、いつ来てもいい」と話すのは店主の宮藤さん。
もとは全く知らない者同士の“お一人さま”たちが肩を並べて家族のように集う「カリットーネ」で、『一人がいっぱい』をコンセプトに宮藤さんがめざしている飲食店のサービスのあり方をインタビューしました。

※宮藤 浩さんは、リレーインタビュー「ルーツは高知の山と海!大阪猟友会の重鎮が語る「食べる・働く・遊ぶ」ということ【リレーインタビューVol.24】」の山岡 幸誠さんからのご紹介です。

<プロフィール>
宮藤 浩(みやふじ ひろし)さん
建設業関連の営業職を経て退職。お好み焼き・たこ焼きの専門学校「若竹学園」でお好み焼きを学ぶ。2018年10月22日に南茨木駅前にて鉄板焼き・お好み焼き「カリットーネ」オープン。“一人がいっぱい”をコンセプトに少しずつ常連客を増やし、現在4年目。奥様のみどりさんとともに店を切り盛り中。

営業職から心機一転、飲食店の経営へ

笑顔でピースする宮藤さんのアップ

「カリットーネ」店主の宮藤 浩さん。

編集部:宮藤さんが「カリットーネ」をオープンしたのは2018年10月ですね。それまでは?

宮藤さん:えっとね、建設現場の仮設用資材の販売・レンタルの営業をしていました。一般の方は建設現場の中を見ることはないでしょうけど、足場の外部のシートであったり、職人さんの落下防止のネットであったりです。26歳くらいからずっとその仕事をしていました。

編集部:なぜ長く勤めた会社を辞めて「カリットーネ」を開こうと?

宮藤さん:これは“男性あるある”なんかもしれないですけれども、若い時って定年退職がゴールみたいな感覚でいたんです。でも40代になって、実際うちの奥さんのお父さんをみていても、定年は決してゴールではないことが分かってきて。定年後の20数年間、奥さんと朝ごはんを食べながら晩ごはんの話をするのかな…と考えたら、それはちょっと耐えられないかなあと。

食べることが好きで飲食店もいろんな店を知っているからというのもあるんだけど、僕は飲食業はシロウト。ただ営業は長年やっていたんで、自称「お客様商売のプロ」とは思ってるんです。

編集部:確かに。人と接する仕事としてはプロですね。

宮藤さん:営業でも飲食店でも、すべてに当てはまると思うんだけど大事なのは「サービス」「品質」「価格」だと思ってます。でも料理に関しては、プロには絶対に勝てないだろうと。じゃあサービスに特化した楽しい店を作りたいなと思ったんです。

これまでいろんな居酒屋さんを見てきたので、客目線で自分の行きたい店を作ろうと。かんたんに言うとそういう感じなんですけど。

編集部:居酒屋へはプライベートで行っていたんですか?

宮藤さん:両方です。当時は仕事でも接待がよくあったので。それで何がいいんかって自分が行きたい店を作るのが一番かんたんやなと。

編集部:鉄板焼きとお好み焼きを選んだのはなぜ?

鉄板の上のお好み焼き

「カリットーネ」のお好み焼き。

宮藤さん:料理に関しては本当にシロウトなので、まず生ものを扱うより、火を通したものを出そうとは思っていて。焼鳥もいいなと思ったんですが、串打ちの際に指にささって痛いからやめようとなってね(笑)。それで江坂にあるお好み焼きの学校である若竹学園の無料体験がたまたまあったので、行ったんです。その時に先生の作ってくれたお好み焼きがむちゃくちゃ美味しかったんですよ。それにお好み焼きなら鉄板さえあればできると思ったんです。

編集部:若竹学園にはどれくらい通っていたんですか?

宮藤さん:2018年の3月に会社を退職して、5月に通いました。3日間に1日追加して4日間。それで10月に「カリットーネ」をオープンしたんです。

編集部:退職からオープンまで、めちゃくちゃスピーディですね。

宮藤さん:物件はいろいろな駅で探したんです。駅の改札口に立って人の流れをずっと見たりして。知り合いが紹介してくれた南茨木は治安が良くて、女性でもひとりで店に入りやすいというのがありました。僕は淀川を挟んだ寝屋川市に住んでるから全然土地勘がなかったけど、土地に執着がないというのもあったし、これも縁かなと思ったんです。

「社長もニートもここに来れば同じです」

「カリットーネ」内観

カウンターを主体とした「カリットーネ」内観。当初はカウンターのみを想定していたが、奥行きのある店舗設計上、テーブル席も設置。

編集部:宮藤さんの経営のこだわりは一番に「サービス」ということですが、SNSなどで「親しみやすい」「アットホーム」というレビューを見ました。そういった接客を心がけているんですね。

宮藤さん:「カリットーネ」は「一人がいっぱい」がコンセプトなんです。僕は、世の中には寂しい人間っていっぱいいるんじゃないかと思ってて、一人でも気軽に来れる店にしたいなと。うちの店は、形状的に奥行きがあるから仕方なくテーブル席を置いたけど、本来はオールカウンターにして、あっちもこっちも楽しませて終わる、みたいなことをやりたかったんです。

編集部:一人で店に来て、そんな方がどんどん集まって、肩を並べてわいわいお酒を飲むんですね。常連の方はどれくらいの頻度で通っているんですか?

宮藤さん:スーパー常連という人がいて、30代後半の女性なんですが連続15日間通ってくれました。僕ね、最初に「お客様商売のプロ」といいましたが、月に1回くらい通うのが常連だと思っていたんです。だから、これには本当にびっくりしました。

編集部:お店に張り出してもいいくらいですね!(笑)

宮藤さん:それはやらないんですよ。誰がいつ来てもいいとは思っているんです。だからうちは宣伝もしないんです。誰かの誕生日だったら、お客さん同士で後で「聞いてない」「知らんかった」ともめないように一応お知らせはするんですけどね。

編集部:「誕生日」というのは何をするんですか?

宮藤さん:お客さんで誰か誕生日が近いとなったら、音楽を流してケーキ登場、クラッカーを鳴らして、そこに一般のお客さんもいっしょになって「おめでとう」と皆で祝うという流れです。だけどそういうのも絶対に僕らから「来て」とは言わないようにしています。無理して来るんじゃなく、来たいときに来てほしいので。

編集部:なるほど。いつでも誰でも歓迎しますと。そういう垣根のなさが、皆さん通いやすいのかもしれないですね。

宮藤さん:昔、お酒のコマーシャルで、菅原 文太さんが「飲むときはただの人じゃけえのう」と言っていたんです。だから、この店でも、お客さんの立場は関係なく、社長さんもニートさんも一緒に肩を並べてわいわい飲むんです。

編集部:皆さん一人でお店に来て、カウンターでわいわい話をして、仲良くなるんですね。

宮藤さん:そうそう。

編集部:実際に社長やニートもお客様でいらっしゃるんですか?

宮藤さん:いますよ。部下を400人持っているという方がいますが、自分では自慢をしない方です。で、そのことも他のお客さんから聞きましてね。そういうのもね、こちらからは聞かないんです。

編集部:でもニートの方が、自分から「ニートです」って言うんですか?

宮藤さん:そうなんですよ。僕は聞いてないけれども、話してくれます。人って聞かれると答えたくないけど、なんにも聞かないと話したくなるものかもしれませんねえ。

編集部:なるほど…。それでそういったいろんな方たちが集まって輪を作っていくお店として『一人がいっぱい』なんですね。

宮藤さん:そうそう。土地柄もあるんでしょうね。梅田や難波みたいな都心だと、不特定多数の人たちがひっきりなしにやってくるじゃないですか。でも南茨木となるとベッドタウンなんで、傾向としては常連メインの商売です。だから本当に友達の輪を広げていく感じですね。先日は店で知り合った二人が結婚しましたよ。

開店1ヶ月で客足がぱったりと…。そこで考えた秘策とは

編集部:ところでお好み焼きを4日で学んだということですが「カリットーネ」はメニューがたくさんありますよね。

「カリットーネ」のメニュー

宮藤さん:最初はお好み焼きと焼きそばだけだったんですが、リクエストがあったりして増やしました。

オープニングの時は、どれくらいお客さんが来るか分からず、もし対応しきれないことになったらと不安で、テーブル席をいただいた花で埋めたりして…。オープン1ヶ月は親友、親戚、縁者、地元の新しい物好きの方がやってくるので満席になったんです。

でも、勝負はおそらく最初の1ヶ月を過ぎた後くらい。きっとお客様は来なくなる。だから僕ら店の人間は満席が続くなんて勘違いしないようにと言っていたんです。そこからがスタートなんだと。自分たちの対応力も自信がないから、少人数からスタートしましょうと。だから最初はたくさん来てもらうのではなく、「二度と行くか」にならないことをめざしました。

編集部:そうそう上手くはいかないとあらかじめ覚悟をしたと。

宮藤さん:そう。で、開店1ヶ月が過ぎると案の定、お客様がぱったり来なくなりました。覚悟はしていたものの“顔で笑って心で泣いて”でした。でも一つひとつやっていくしかないので、ポスティングをやってみたり、時短営業の要請時期にランチ営業したり。営業時間が変わると、店先を歩く人も変わります。「3年間ずっとこの道を通っているけど気づかなかった」という人もいて。

編集部:昼と夜は人の流れが違うんですね。他にも?

宮藤さん:あとね、特に力を入れたのがライブイベントです。最初はストリートミュージシャンの投げ銭ライブというか、お客さんに1,000円だけもらって、店は報酬をとらずにミュージシャンにそっくりあげるという形でやりました。それからライブの数も増えていって。
ライブイベントはコロナ以降はできていないけど、コロナが明けたら、もっとたくさんやっていく予定です。

編集部:めざすのはエンターテインメントのあるお店。

宮藤さん:そうそう。目標じゃないですけど、競合相手はユニバーサル・スタジオ・ジャパンだと僕は勝手に思っているんです。近くにあるお好み焼き屋さんじゃなくて(笑)。それくらいの気持ちではやってるんですけどね。もうすぐハロウィンなんで、何をやろうかなと今からいろんなことを考えていますよ。

編集部:宮藤さんが一番楽しそうですね(笑)。

店内に置かれたギター

世の中を「全然知らない」という気づき。だから飲食店をやっている

編集部:飲食店の経営は実際にやってみて手ごたえはいかがですか?

宮藤さん:楽しいですよ。大変なこともあるけど、僕は人間が好きというのはあるとは思いますね。僕、電車に乗っていても、ケータイは一切見ないんです。ずっと人を見ています。あの人は教師かなあとか、あの二人は恋人同士かなあとか。

編集部:営業をしていたお仕事柄もあるのでしょうか。

宮藤さん:あるとは思いますね。でも基本的に人間に興味があるんです。

営業をしていた頃は毎月東京出張があったんですが、たとえば品川駅に立ったときに、あれだけたくさんの人がいるのに、知っている人は一人もいないわけです。地元の駅だったら知っている人がいるかなと思って見ていても、やっぱりほとんどが知らない人。

よくベテランの面接官が「2,000人と話をしてきたから、人間のことはたいがい分かる」なんていうけど、どうやろかなあ。僕自身は世の中のほとんどのことを知らないんじゃないかと思うんです。

飲食店をやっているといろんな業種のね、いろんな事をしている、いろんな人が来てくれます。その人たちからいろんな話を聞いていたら、いろんな世界があるし、ちょっとだけ疑似体験みたいなものができます。そういうのが飲食店をやっていて楽しいことですね。

編集部:幼少期から人に興味を持っていたんですか?

宮藤さん:全然。鼻高ピノキオでお山の大将でした。でもね、自分はそれでいいと思っていても周りの人は離れていくんです。自分発信でしか考えてないから。

編集部:いつそのことに気づいたんですか?

宮藤さん:中学1年生のときです。小学校6年生の時に友達が全くいなくなってね。自分を中心に世界が回っていると思っていたんですね。それで中学校に上がるときに、違う小学校からも入ってくるから新しく友達を作るチャンスだと思って、意識を変えました。それが最初かなあ。

はっきりと思ったのは大人になってからでしょうね。歳や経験を積み重ねていくと、若い時より自分はいろいろ知っていると思いがちじゃないですか。でもそうじゃないなあと。年齢を重ねて段々と頭(こうべ)が垂れていったというか。40代になって「自分は周りの人に活かされて生きてきたんだなあ」と思えてきたんです。

死ぬまでに一人でも多くの人と知り合って、いろんな人のことに関わって生きていきたいなあというのが、飲食店をやっている目的かもしれないですね。

編集部:さまざまな出会いがあるから飲食店は面白いと。でもなぜ、宮藤さんはそういった「自分は知らない」ことを自覚したんでしょう。逆に年をとることで偉そうになっていく人もいますよね…。

宮藤さん:ひとつ気が付いたんですが、僕は人間観察が好きなんで、誰かと触れる回数は人よりも多いとは思います。

営業という職業柄もあったんでしょうが、お店もね、一見(いちげん)の店でも、全然知らない立ち飲み屋さんでも、遠慮なしにどんどん入っていくんです。そうやってコミュニケーションを取るのが好きなんでしょうね。

そうこうやっていくうちに、いろんな人といろんな話をするじゃないですか。そりゃあ仲の良い友達は居心地がいいです。もっといえばある意味、自分に都合がいいから長年友達でいられます。でも、そうじゃない人と接したときにこそ、「あれ!?違うなあ」といういろんな発見があるんだと思います。

編集部:多様な人と接する経験値が、「生かされている」につながっているんですね。

宮藤さん:たとえば、電車に乗ったら、運転手さんしか見えないですけど、夜中に線路を直すために、雨の中、石を袋に詰める仕事をしている人がいます。

普通に暮らしていて自分が見えていないことなんていっぱいあって、実はいろんな人が動いている。実際そんな話を店でお客さんから聞くんです。だから今の飲食店の仕事をするようになって、人に感謝することが増えましたね。

編集部:店でたくさんの人と出会うことで、感謝が増えたと。

宮藤さん:これ、完全に“自己満”なんですが、今「1日1回ありがとう運動」というのをやっているんです。僕一人で。

編集部:え!なんですかそれ。

宮藤さん:たとえばショッピングモールで先にエレベーターに乗り込んでドアを開けておいてあげます。ほんなら、おばあちゃんとか「ありがとう」と言ってくれるんです。

編集部:そんなことでいいんですか。

宮藤さん:それでいいんです。もし、一日一善を日本中の人が実行したら、日本はえらい良い国になりますよ。

エプロンマスク姿の宮藤さん

店に立つ宮藤さん。

紹介したいのは元球児の「ちゃんこ鍋 春日」店主

編集部:宮藤さんが紹介したいと思われる飲食人の方、いらっしゃいますか?

宮藤さん:同じ南茨木で「ちゃんこ鍋 春日」を経営されている傍嶋(そばじま)さんです。彼は実は甲子園の強豪校として知られる島根県の江の川学園で野球をやっていた方なんです。法政大学でも硬式野球をされていたそうです。だから「ちゃんこ鍋 春日」はお客様にも球界の方が多いんです。

編集部:そうなんですね。傍嶋さんにぜひ、いろいろ聞かせていただきたいです。宮藤さん、今日はありがとうございました。

まとめ

お話をしているだけで、楽しい気分にしてくれる人。温かい気持ちをくれる人。子供もお年寄りも話しやすい人。それが宮藤さんです。サラリーマンとして長く仕事人間でもあった宮藤さん。奥様と一緒に飲食店経営をやるとなったときは「大丈夫かな」と思ったそうですが、意外としっくりきているとか!
飲食店の経営にもDX戦略やITマーケティングが重要になりつつあるとはいえ、宮藤さんが実践する「一つひとつを」「一人ひとりを」こそが、やっぱり個人店経営にとって大原則なのではないかと感じました。本人が楽しい!これも大事なのだと思います。

<取材:2022年8月25日、インタビュー:峯林 晶子・杉谷 淳子、記事作成:峯林 晶子>

<取材協力>

「カリットーネ」の外観

店名 鉄板焼き・居酒屋「Carittone カリットーネ」
住所 大阪府茨木市沢良宜西1-2-15
阪急京都本線「南茨木駅」徒歩2分
電話番号 072-609-5543
営業時間 17:30~24:00
URL HPホットペッパー
SNS Facebook

<写真提供>

宮藤 浩

▼続いてのリレーインタビュー記事はこちら

力士や野球選手はじめ、有名人が通う「ちゃんこ鍋 春日」。地域と歩む飲食店の価値とは【リレーインタビューVol.30】


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