ヴィーガン料理家として活躍する早崎文野さん

ベジタリアンの人口は、今や欧米を中心に世界に広がり、2020年時点で5億人ともいわれています。肌荒れ、片頭痛、生理不順…。そんな何気ない身体の不調を未病のうちに改善する予防医学に興味を持ち、10代でベジタリアンに目覚めたヴィーガン料理家・ビデオグラファーの早崎 文野さんにインタビュー。

持ち前のバイタリティで自分のめざす道を切り拓いてきた早崎さんに、未来につながる生き方を教えてもらいました。ベジタリアン、ヴィーガン、マクロビオティックなど、知っているようで知らないベジタリアンの世界にも少し触れてみてください。
(取材:2022年7月6日)

※リレーインタビュー「ミラノでメロンパンが人気!?ヨーロッパで活躍中の若きパン職人に聞く「パン作りの魅力」【リレーインタビューVol.23】」の西方 健さんからのご紹介です。

<プロフィール>
早崎 文野さん
1988年生まれ・東京都出身。高校生の頃から野菜の持つ力に興味を持ち、東京医療保健大学在学中からヴィーガン専門のケータリング事業をスタート。卒業後、事業を継続しながら目黒区大岡山にあった植物性100%のアイスクリーム「ミハネアイス」に勤務。後にオーガニック野菜を生産・販売する「カルタロット株式会社」(山梨)での勤務を経て、シンガポール、その後イタリアへ。一貫して健康にこだわった料理家として数々のレストランに勤務しながら、レシピ動画も公開。2021年に帰国。現在、ヴィーガンを主体としたレシピ動画の制作や料理教室の講師を務めるほか、フリーランスで有名人の動画編集にも携わる。

早崎 文野さん

「ニキビをなんとかしなきゃ」がヴィーガンへのきっかけ

編集部:現在、ヴィーガン料理家として活躍する早崎さんですが、最初のきっかけは何だったんでしょうか。

早崎さん:高校3年生のときにニキビがひどくなって、それを治したいと思ったのがきっかけです。原因を考えたときに「あっ、食生活かな」と思いました。

というのも、わたしの家では、おやつといえば、おにぎりや果物だったんですが、高校生になってからは友人につられて、コンビニをよく利用するようになって、カップラーメンやお菓子を食べる機会が多くなっていたんです。皮膚科の先生に「これは治らないかもね」と言われていました。

編集部:肌の調子はどうなったんですか?

早崎さん:まず添加物をとらないようにし、野菜中心の食生活にしたんです。それだけでかなり良くなりました。

編集部:何を食べるかが、ダイレクトに体に影響するんですね。

ゆでた菜の花

早崎さん:卒業後は医療系の大学に行きました。ちょうどカルテが紙から電子になる頃で医療情報学科に入学しました。

大学では栄養学や薬理学の講義もあって、食生活が欧米化するに伴って日本でガン患者が増えている事実や、薬の副作用について学んだりするうちに「治療や薬に頼る前に予防することが大事なのでは」と思うようになりました。
それで漢方や東洋医学に興味がでてきたんです。

編集部:病気になりにくい身体づくりをする予防医学ですね。

早崎さん:そうなんです。それでお肉やバターなど常温で固まっている脂をとるのをやめたところ、体調が良くなったんです。

脂の質についてのコラムや本を読み、摂取する脂を変えてみようと。摂取を控えるようになった1つがバターですが、料理によく使う国もあり一概にバターそのものが良くないと決めつけているわけではありません。学んだ知識をそのまま取り入れるのではなく身体がどう変化するか気になったので、自分で人体実験をしてみたんです(笑)。

それでお肉の代わりに、野菜を摂っているうちに心地いい満腹感を得られるようになり、魚を食べるのも止めて自然とヴィーガンになりました。

ベジタリアン、ヴィーガン、マクロビ、その違いは?

編集部:ベジタリアン、ヴィーガン、マクロビと色々ありますね。単に菜食主義というだけではなく定義があるようですが、肉や魚をやめたらベジタリアン?

早崎さん:はい、ベジタリアンです。ベジタリアンの中には、魚や卵、乳製品は食べるペスカタリアンなど、色んなスタイルがあるんです。

ヴィーガンは、ベジタリアンの中でも動物性食品を一切食べないし、革製品も使いません。色んな菜食主義の入り口がありますが、ヴィーガンの多くは動物愛護や自然環境保護に共感してヴィーガンになる人が多いと思います。だから私のような例は珍しいかもしれません。

■主な菜食主義などの名称

◎ベジタリアン
「肉や魚を食べない」と定義されるがベジタリアンの中でも細かく分かれる

  • ペスカタリアン/魚や卵、乳製品は食べる
  • ラクトベジタリアン/乳製品は食べる。
  • オボベジタリアン/卵は食べる。
  • ラクトオボベジタリアン/乳製品と卵は食べる。

※そのほかにも色々あります。

◎ヴィーガン
動物性食品を一切食べない。
革製品や動物実験を行った商品などは購入しない。

◎マクロビオティック
自然に逆らわず、健やかに長寿をめざす穀菜食中心の日本発祥の食事法。
身土不二(=地産地消)・一物全体(丸ごと食べる)・陰陽調和(食のバランス)などを指針にしている。

ヴィーガンの良さを広めたい!学生でケータリング事業を起業

編集部:10年以上前だと、ベジタリアンやヴィーガンのことを知らない人も多かったのでは?

早崎さん:当時は専門の飲食店もそうなくて、「食事を変えたら身体が変わる」というのを、もっと広く伝えたいと思っていたんです。そしたらちょうど同じ志を持つ女性との出会いがあり、一緒にケータリングサービスを始めることにしました。大学3年生の頃ですね。

編集部:在学中に起業されたんですね。

サクサクのヴィーガンパイ

早崎さん:といっても「10人ぐらいでヨガをするので、お弁当をつくってほしい」などの注文です。大学卒業後もそのまま、その活動を継続しつつ、目黒区大岡山にできたヴィーガンのアイスクリーム「ミハネアイス」でアルバイトもスタートしました。

オーナーがいい人で「ケータリングを続けるなら、キッチンを使っていいよ」と好条件だったんです。

編集部:人との出会いが次の展開を引き寄せて順調に行っていたんですね。

早崎さん:そんなこともないんですよ。大学卒業後の進路をどうするのか、友人たちが就職活動をするようになり自分の中で葛藤していました。就職に際しては、母に「企業に就職するのではなく、料理を仕事にして身を立てたいのですがいいですか」とお伺いをたてました。

きっと本当は安定した就職先を願っていたはず。でも両親とも、自分のやりたいことを親に反対されてあきらめた経験があったようで、子どもにはやりたいことをさせてあげたいと思っていたみたいです。

だから私がお伺いをたてた時も、「上手くいかなかったら、その時に就職すればいいんじゃない」と明るく言ってもらいました。

ヴィーガン料理家として悩んだ時期、今も心に刻む言葉

編集部:ご両親はそっと応援してくださったんですね。

早崎さん:両親の支えは偉大でしたね。応援といえば、大きなアドバイスをくれた人が二人いて、今もその言葉は深く心に刻まれています。

1人は、埼玉県にある自然食品の小売・卸売を行う有限会社サン・スマイルの代表・松浦 智紀さん。20代前半で「食で世の中を変えたい」と言ってケータリング事業をしていた私たちを応援して下さっていました。通常、卸は法人取引しかしないにもかかわらず、業者価格で卸してくれていたんです。

ナッツを使ったヴィーガンパスタ

ナッツを使ったヴィーガンパスタ。

その頃の私は「ヴィーガン料理の良さを広めたい」という一心で、その熱量で行動していました。「この食事が絶対に良いよ」「これ以外で健康になれるはずない」って頑なになっていたんです。

そしたら松浦さんに
「自分が一番正しいって思っちゃだめだよ」
「周囲のアドバイスが受け入れられなくなって、誰も助けてくれなくなるよ」と。
周りの意見を聞くことの大切さを教えてくれました。

編集部:それまで面と向かって指摘してくれた人は?

早崎さん:初めてだったので心にズシンときました。もう一人の方はミハネアイスのオーナーです。

ケータリング事業を続けていても思ったようにお金にはならないし、安定した収入が得られない現実を前にして私は悩んでばかりいました。そしたら
「悩んでいても何も始まらない。今に100%力を注ぐことが大事だ」と。

最初に言われた時は「そうだけどさ!」って強がっていたんですけど(苦笑)。
その言葉をもらってから、
「この仕事、自信をもってやれた?中途半端ではなかった?」
って自分に問いかけるようになったんです。それから一気に悩むことが減りました。

「やれた!」って自信を持って言えること。それが未来につながっていくと、今、強くそう感じています。

初の海外!シンガポールで現地スタッフの教育に悪戦苦闘するも…

編集部:その後は?

早崎さん:残念ながらケータリング業はかなり縮小しました。その後、コンビニの商品開発の仕事や、山梨のオーガニック野菜を生産・販売する農業生産法人に転職して、畑を耕しながらイベントを行ったり、料理やレシピ動画を作ってHPにアップするなど、自由度高く仕事させていただていました。

編集部:多才ですね。

ビデオグラファーとしての仕事もこなす早崎さん

レシピ動画の制作も手掛ける早崎さん。

早崎さん:決して順風満帆だったわけではなかったんですけど、仕事の幅が広がっていきました。

山梨の会社を退職してからは、フリーランスの料理家として、デジタルデトックスをテーマにしたツアーで料理を担当したり、TV局が運営するYouTubeの料理番組で、ヴィーガンをテーマにしたチャンネルを持たせてもらうことができ、レシピ考案から撮影〜編集〜納品まで行うレシピ動画の制作の仕事も入るようになっていきました。

編集部:収入面も安定してきたんですね。海外でのご経験もあるとお聞きしました。

早崎さん:海外へはヴィーガンの料理家だった友人に、シンガポールのパーティー会場で料理を作る仕事のオファーがきて、「僕、興味がないから、君、行く?」と。
それで2週間の予定でシンガポールに行ったのがきっかけです。

シンガポールの仕事は、ベジタリアンのレストランを経営している社長の依頼で、無事に業務も終了し、いよいよ帰国という段階で「アヤノ、一緒に働かない?」と社長からオファーがあったんです。ちょうど新店を出すタイミングだったようで、「はたらく!」と一つ返事で快諾し、3カ月後には、再びシンガポールで働いてました(笑)。

編集部:“今に100%力を注ぐこと”を実践されてる様子が伝わってきます。1つ1つの出会いが宝ですね。

早崎さん:はい、人があってこそ仕事も自分の人生も変わっていくので、出会いが宝であるしチャンスだと思うことは積極的に行動していますね。新店はヴィーガンのレストランでメニュー開発から調理、スタッフ教育を含めて店舗マネジメントを全て任されました。

編集部:スタッフは現地の方?

シンガポールで勤務していた頃の仲間たちと

シンガポールで働いていたころの仲間たち。

早崎さん:スタッフはシンガポール人、台湾人、マレー人、さまざまな国籍の人がいましたね。最初は全く英語が話せなかったのですが、その頃は「Mix(混ぜる)」「Bake(焼く)」って、単純な英語で身振り手振りでなんとか過ごしていました(笑)。

苦労したのはやっぱりスタッフ教育で、同じメニューでも作る人が違うと彩りも変わるんですよ。日本では細かく説明しなくて済むことでも「ちゃんとわかってもらう」には「ちゃんと説明する」ことを心がけました。

編集部:言葉や文化が違う人に説明するって難しいですよね。

早崎さん:文化が違うと思考回路も違うと思うんです。だからなぜそうしたのか理由も聞きます。「だって忙しいから」という回答だったりもするんですけどね。その上でやるべきこと、その理由も必ず伝えます。

英語も1年後にはかなり話せるようになって、働いているみんなもびっくりしていたんですが、最初の頃は、込み入ったことを伝えたいときは、話せる友人に国際電話をして、「こう伝えたいから、今からスタッフに通訳してほしい」と受話器をスタッフに渡したことも。伝えようという気持ちを前面に出して説明すると、「アヤが言いたい事は分かった」とみんな笑顔で納得してましたね。

食を楽しむイタリア。ヴィーガンというジャンルも浸透しています

編集部:コミュニケーションは大変だけど、話せば納得してくれるし、その後、お互い気持ちよく働けるんですね。その後、イタリアでも働いた経験があるんですよね。

イタリアの港町

早崎さん:はい。イタリアはせかせかしてない雰囲気や、食を楽しんでる雰囲気がとにかく心地良くて…。人生の幸せはお金じゃないことを分かっている人たちで溢れていて、暮らしてすぐに惚れ込みました(笑)。

働いていたお店は、ミラノにある日本料理レストラン「Gastronomia Yamamoto(ガストロノミア ヤマモト)」。自然食にこだわった和食のレストランでデリカテッセンも行っていました。
親子2代の日本人経営者ですが、娘さんは5歳でイタリアに移住したので気質はイタリア人。「楽しく面白く働こう!」という精神を私は感じていて、色々と挑戦を受け入れてもらえたり面白い発想を持っていて勉強になりました。

ユニクロがミラノに出店した際は、一緒にコラボしたり、交渉術に長けたおもしろい発想の人でとても刺激になりました。

編集部:イタリアでもヴィーガンを通していたんですか?

早崎さん:その頃は、ストイックにやることが、この国になじむには何か違うような気がしたことと、食べたことがない材料や料理が地方によってあり、興味が湧いたので『食を楽しもう』と思って何でも食べていました。
イタリア人が食を楽しんでる姿を見て、食事って本来こうなんだろうなと思ったんです。

なので、私がつくる今のレシピは、ヴィーガンの人に向けてというよりも、ヴィーガンじゃない人が「あれ?意外と美味しくて簡単だね」と思えるように作っています。

イタリアで働いていた頃の早崎さん

ミラノにある日本料理レストランで働いていた頃。

編集部:イタリアでゆるやかに変化していったのはなぜでしょうか。

早崎さん:日本では菜食生活に際して、ストイックになる傾向が強いと感じています。食事って本来楽しいはずなのに、そこが抜け落ちていっている人が多いかなと。ケータリングのご依頼を受ける時でも、「小麦粉はグルテンフリーでなければ」「○○○でないと食べれない」など、お客様の表情は険しく、どんどん制約がついていきます。

編集部:海外と日本で「健康と食」に関する違いなどはありますか?

早崎さん:それはありますね。まず日本と違って目的がダイエットに偏りすぎていないこと。それと海外では1つのジャンルとしてすでに「ヴィーガン」「ベジタリアン」が確立されていて、暮らしに浸透しています。海外のスーパーマーケットに行けば、ちゃんとベジタリアン向けの食材や商品がわかりやすく陳列してあります。「ベジタリアンの肉・ハム」とかね。

編集部:ベジタリアンの肉・ハム?

早崎さん:大豆などで作られたものです。動物実験してないシャンプーや、オーガニック製品も海外の方が手に入りやすいですね。

<大好評の早崎さんのレシピ動画>

彩り豊かで美味しいこと、これが早崎流ヴィーガン!

編集部:一般向けにヴィーガンレシピを作る際に早崎さんが工夫していることは何ですか?

早崎さん:「美味しさ」をベースにしていること。食事はまず美味しくないと(笑)。

編集部:早崎さんのInstagramを見ていると、これがヴィーガンとは思えないほど、彩り豊かで美味しそう。うちの会社には、忙しすぎてコンビニが冷蔵庫になっている女性スタッフもいます。

早崎さん:それはね、食事を変えたら体調に変化があると思いますよ。生理痛や片頭痛、乾燥肌が改善されることもあります。

編集部:今後、早崎さんがめざす道は?

早崎さん:ゆくゆくは女性を助ける仕事をしたいなと思ってます。私自身は独身でフリーランスで働いているので、時間の使い方は自由です。でも周囲の子育て世代はとにかく時間に縛られていてストレスを感じています。

たとえ自分の子どもでも、自分の時間を誰かのために費やすって、精神的に削られるものです。でもみんな子育ても家事も仕事も頑張っているからこそ、それを楽にするお手伝いができたらなと。

具体的に、何をやるのかはこれからです。

編集部:では最後に次に早崎さんがご紹介したい方を教えてください。

早崎さん:フリーランスでメニューや商品開発を手掛けるフードプランナーの桑折 敦子(こおり あつこ)さんです。お会いしたのは、料理家のイベントがきっかけです。素敵な方なのでぜひ。私も、桑折さんの食に対する思いやルーツを読んでみたいです。

編集部:ご紹介いただきありがとうございます。「スープストックトーキョー」やJAL機内食などの商品開発もされていたようですね。お会いするのが楽しみです。

早崎さん、今日はお忙しい中、ありがとうございました。私も早崎さんのレシピ動画で美味しくて簡単にできるヴィーガン料理にトライしてみます。

オンライン風景の様子

オンライン風景。

まとめ

早崎さんのレシピ動画は、「これがヴィーガンの料理?」と思わせるほど、彩り豊かで美味しそう。何気ないキッチンの映像や音楽にも洒落た雰囲気が漂っていて、眺めるだけでも一見の価値あり。手順もシンプルです。

ヴィーガンをメインにしたニッチな業界で、悩みながらトライし続けてきた早崎さん。女性の働き方は今が過渡期です。
そして食の業界はコロナ以降、出張シェフなどフリーランスの料理人が増えています。モデルのない時代だからこそ、今を100%で打ち込んで愉しむことが大事だということを、今回の取材で教わった気がします。

<インタビュー:峯林 晶子・杉谷 淳子、記事作成:杉谷 淳子>

<取材協力>

SNS Instagram
SNS Facebook
YouTube ayano hayasaki

<写真提供>

早崎 文野
※インタビュー風景を除く


>この記事をはじめから読む