中嶋基晴さん(右)との2ショット。左が神田哲朗さん。※8年ほど前に撮影

六甲山の緑の山並み、目の前には神戸港の青い海。閑静な家々にまじって、街の人たちから愛される個性的な店が点在する神戸市東灘区。昔から多くの文化人も住まうこの地で、立ち呑みの名店として知られる『かこも』が今回の話の中心。

2021年9月より、一時期、訳あって休業していた『かこも』は多くの人の協力のもと2022年3月に復活しました。中心となって復活を支える和食料理人の神田 哲朗さんにお話を伺いました。
(取材:2022年3月23日)

※リレーインタビュー「始まりは学生時代のアルバイト。「店をつぶさない」を人との縁でつないでいく【リレーインタビューVol.20】」の阪本 径さんさんからのご紹介です。

<プロフィール>
神田 哲朗さん
1983年生まれ、神戸市東灘区出身。高校卒業後、芦屋市の「炭火焼鳥 せっちゅう」のバイトから飲食業界をスタート。生涯、師と慕う中島 基晴さんと出会う。その後、鉄板焼×和食料理の店、イタリアンバルでの勤務を経て23歳で独立。創作和食をメインにした居酒屋「うつわ」をオープンさせ繁盛店へと成長させる。2022年3月、故・中嶋さんが経営していた『かこも』を引き継ぎ、「和食立ち呑み かこも住吉」として再オープン。

「和食立ち呑み かこも住吉」店主・神田哲朗さん

人気立ち呑み店「かこも」が復活!

編集部:3月1日に「和食立ち呑み かこも住吉」(神戸市東灘区)をオープンされたそうですね。まずはおめでとうございます。先輩の遺志を引き継いでの再スタートとのこと。実際に運営が始まっていかがですか。

神田さん:2021年秋に閉めて半年ほどお休みをしていたのですが、当時の『かこも』ファンの方が次々にご来店くださり、1〜2週間は異常な人出(笑)。今は少し落ち着いた感じです。

編集部:常連さんを中心に新たな大将・神田さんを応援していこうという雰囲気なんでしょうね。過去の口コミを見ていても「立ち呑みの名店と言えばこちら」「大人気の立ち呑み屋さん」とのコメントが並び、当時からの人気ぶりが伺えます。

オンラインインタビュー風景(神田 哲朗さん:下段)

オンラインインタビュー風景(神田 哲朗さん:下段)。

神田さん:ありがたいことに週3〜4回と足繁く来てくださる方も多くて。

編集部:店を引き継ぐうえで、こんな店にしたいなど希望はあるんですか?

神田さん:もともと“立ち呑み以上のクオリティー”がコンセプトのお店だったので、そこはこれからもブレないようにしたいと思っています。以前の定番メニューはそのままに。盛り付け、料理の質も崩さないように心がけています。

料理の知識を惜しみなく分けてくれる先輩だった

編集部:どういう経緯で先輩・中嶋さんの『かこも』を引き継ぐことになったんですか?そもそも中嶋さんとの出会いは?

神田さん:『かこも』はもともと、私が師と仰ぐ和食料理人の中嶋 基晴さんが経営していた店です。今から20年ぐらい前に、私が芦屋の焼鳥店「せっちゅう」でアルバイトしていた時に店長をされていました。

日本料理に造詣が深く、城崎温泉の名旅館「西村屋」(兵庫県)で修業された方です。「せっちゅう」の後は、中嶋さんと一緒に芦屋の鉄板焼をメインにした和食店で働きました。和食の基礎や魚のさばきの基本はほぼ中嶋さんから。その後、それぞれ他の飲食店で経験を積み重ねて、お互い数年で独立をしました。

編集部:今の神田さんの料理の技術は、中嶋さんから教わったものなんですね。兄弟分みたいな感じですね。

神田さん:一緒に働いたのはそう長くはないのですが、何かあれば相談させていただいたり、ずっと連絡を取り合っていました。

中嶋基晴さん(右)との2ショット。左が神田哲朗さん。※8年ほど前に撮影

中嶋 基晴さん(右)との2ショット。左が神田 哲朗さん。※8年ほど前に撮影

編集部:どんな方だったんですか。

神田さん:上にも下にも慕われていて面倒見のいい方でした。向上心を持っている後輩には、自分の時間を削っても丁寧に教えてくれるんですよ。
例えば、独立してからも「フグのさばき方を身につけたいと思っている」と話すと、私の店まで来て教えてくれるんです。自分の持っているものを惜しみなく分けてくれる人でしたね。

まぁ怒られることも多かったんですけどね(苦笑)。礼儀には人一倍厳しい人。でもそれが今の店の経営にも活きています。

編集部:では神田さんはフグ調理師免許もお持ちなんですか?

神田さん:はい、取得できました。

先輩には借りしかない。だから店を引き継ぐことを決意

編集部:『かこも』を引き継ぐ話はどのように?

神田さん:中嶋さんは、2021年秋に不慮のバイク事故で亡くなったんです。中嶋さんのご家族をはじめ、飲食業界の仲間、『かこも』を支えていた方々の「店は残したいな」という声がたくさんあって、周囲から私に「店を継いではどうだろうか?」と話がきていました。

とりわけ中嶋さんにはお子様が4人もいらっしゃって、奥様は育児をしながら生計をたてていくことになり、それだけでも大変です。奥様ともお話し、周りの飲食業界仲間とも相談して店舗はそのままの状態でお借りし、経営を引き継ぐことにしました。

編集部:遺されたご家族にとって、お父さんが遺した店はかけがえのないものです。だから中嶋さんが生前から信頼を寄せていた神田さんに…ということなんでしょうね。

神田さん:中嶋さんの仲間内のなかでも、僕が近い存在というのもありますが、同じように、このエリアで店を長く経営している仲間というのもあったと思います。

編集部:人気店だった『かこも』だけに重責はあったと思うのですが、最初に依頼を受けたときはどうお感じになりましたか。

神田さん:そうですね。重責感は確かにあったんですが、中嶋さんには「借りしかない」という思いがあったので、ここで恩をお返しするしかないと思いました。

3月1日に再オープンした『かこも』

3月1日に再オープンした『かこも』。

編集部:ご自身の店の経営もありますよね。

神田さん:そうなんです。自分の店「うつわ」もしつつ、中嶋さんの『かこも』を復活させ軌道にのせるのは厳しい。それで阪本 径さん(前回のインタビューに登場した神田さんの料理人仲間)に相談しました。そしたら彼が二つ返事で「『うつわ』は俺に任せろ」と。それに『かこも』の元スタッフたちも「再開するなら戻ります」と言ってくれたんですよ。

編集部:なんだか『かこも』を囲む輪が温かくて泣けてきます。本当に店名どおり「かこも=囲もう」ですね。

神田さん:阪本さんとは、同い年で、芦屋の焼鳥店「せっちゅう」が縁で20年近い付き合いなんです。その後、彼はオーナーから「せっちゅう」を引き継いで経営者になっています。私は23歳で独立したんですが、周りに同年代で独立した人はそういなくて。

年上の方で相談できる人もいますが、阪本さんとは店の経営に際し、感覚がバチッと合う感じがする。だから遠慮なく悩みを相談できる仲間なんですよね。

編集部:お話を伺っていると、中嶋さん、阪本さん…、同じように苦境を乗り越えてきた経営者同士だからこそ、理解し、共感し、協力しあえたり出来るのかなと感じます。一介の勤め人には、なかなか背負えない責任かなと。

神田さん:自分ではそこまで意識してはいないのですが(苦笑)。ただ店を経営したい人というのは、組織に従うのではなく、自分の意志のもとに進みたいという人。失敗したら自分の責任にはなりますが、そこに魅力を感じて店を経営しているという思いはお互いあるのかも。

でも『かこも』を引き継ぐ話は、自分で何とかしようというより、周りに助けてもらって成り立ったと思います。

開業に大切なことは「思い切り」!先延ばしはチャンスを逃す

編集部:神田さんご自身はすでに23歳という若さで独立されてるんですが、きっかけは?

神田さん:実は飲食業界でやっていこうとは思っていたものの、自分の店を持とうと考えてもいなかったんです。ある時、店を閉める方がいて、知人の紹介で「やらないか」と話を受けました。居ぬきで開店資金も少額で済みそうで、この先、漠然と飲食業界で働くよりも、一度、店を経営することを経験してみようと思い切りました。

編集部:始めてみてどうでしたか。

神田さん:経営する立場になって初めてわかることも多いですよ。特に悩んだのは価格設定でした。開店当初はお客様に喜んでもらおうとビール300円、刺身400円などの破格値で提供していました。しかも座って呑める店なので回転率は悪く、食材にはこだわったので原価もかかっています。

お客様はどんどん来て繁盛したようにみえるけれど、実際は何も残らず働きづめ。だから思い切って価格を上げました。でも違う方針に変えるのは勇気がいるものです。本当に悩みましたね。

刺身の盛り合わせ

「うつわ」の料理は、今も値段以上にボリュームがあると定評あり!

編集部:価格を上げた結果は?

神田さん:一定数のお客様は離れたものの、また客足は戻りました。その時も中嶋さんに相談した記憶があります。

編集部:悩んだら、周りに相談するのは大切ですね。

神田さん:でも相談や開業準備に時間をかけて「体制が整ったら」とか「勉強してから」と考えていたら、一生開業できないものです(苦笑)。チャンスが来たら思い切りが大事です。

開業経験のある方なら、誰しも思い当たると思うのですが、
「もう少しこうやりたかったな」「こうしておけばよかった」
などは、どんなに準備をしたところで出てくるものです。走りながら考えたり、変化しながら進むしかないかなと。

意外に開業してからでも勉強はできるので、経営しながらブラッシュアップしていけば良いと思います。まずは思い切りですね。

「bAR 伊藤」の伊藤さんを紹介します

編集部:今後の夢や挑戦したいことは何でしょう。

神田さん:『かこも』の店舗展開ですね。後進を育てて、まずは1〜2店舗増やしたい。本来経営していた「うつわ」も今は阪本さんにマルッと運営を任せて、私はオーナー業だけしていますが、月1回でもスタッフたちと一緒に仕事してコミュニケーションをとっていきたいと思います。

仲の良い飲食店との合同バーベキュー

仲の良い飲食店との合同バーベキュー。

編集部:これからも街の人に愛される店を育てていってくださいね。では最後に神田さんが紹介したい方を教えて下さい。

神田さん:芦屋にある「bAR 伊藤」の伊藤 彰彦さんです。焼鳥「せっちゅう」に勤務していた頃から、オーナーに連れていってもらってました。20年近いお付き合いです。伊藤さんが作るお酒が本当に美味しくて…。

実はお酒なんて…特にカクテルは、作り方が同じなら同じ味になると思っていたんです。それが覆されました。作り手によってこんなにも味わいが変わるものなんだと。当時20歳そこそこの私にも分かるぐらい、それほど伊藤さんの作るお酒は美味しいんです。

編集部:リレーインタビューで、BARの店主にご登場頂くのは初めてです。お酒にまつわる楽しい話も聞けそうですね。
今日はオープン間もないお忙しい中、インタビューありがとうございました。

まとめ

街の人にこよなく愛されてきた『かこも』。その店を引き継いでまた育てていく神田さん。店を持つ魅力について、人に言われたことをやるのではなく、全部自分で決められるのがいい。失敗したらそれも自分の責任だと話してくれました。店を持つことは、生き様や、その人の人生そのものが店に投影されるものだなと感じた取材でした。
次回は、バーテンダーとして長く芦屋で店を営む伊藤さんです。

<インタビュー:杉谷 淳子・峯林 晶子、記事作成:杉谷 淳子>

<取材協力>

■和食立ち呑み かこも住吉

レアな日本酒がそろう「和食立ち呑み かこも住吉」

店名 和食立ち呑み かこも住吉
住所 兵庫県神戸市東灘区住吉宮町4-4-1 キララ住吉118
SNS Instagram

■炭火焼鳥 うつわ

「炭火焼鳥 うつわ」の外観

店名 炭火焼鳥 うつわ
住所 神戸市東灘区深江北町3-3-1 徳風マンション1F
SNS Instagram

<写真提供>

神田 哲朗
※インタビュー風景を除く

▼続いてのリレーインタビュー記事はこちら

バーは奇跡が起きる場所。バーテンダーが語るオーセンティックバーの魅力【リレーインタビューVol.25】


>この記事をはじめから読む