※写真は毎朝丸鳥をさばいて打つ焼き鳥。手前からえんがわ、ずり、せせり、ハラミ
「いつか自分の店を持ちたい」そんな夢を持つ人にとって気になるのがその“きっかけ”。学生時代のアルバイトをきっかけに30歳で脱サラし、兵庫県芦屋市で焼鳥店を経営する阪本 径さん。
芦屋のファミリーに愛される「焼鳥 せっちゅう」を運営し、コロナ禍の2021年、より素材と味にこだわった「炭火焼鳥 さかもと」を夏と冬に相次いで2店舗オープン。さらに現在、料理人仲間と一緒に新たな取り組みもスタートされています。阪本さんが踏み出す一歩はどこへ向かうのか。インタビューしました。
(取材:2021年12月16日、2022年2月4日)
※阪本さんは、リレーインタビュー「今日を笑顔で終わらんと!芸人をめざした店主ならではの繁盛店づくりとは【リレーインタビューVol.16】」の小田 哲也さんからのご紹介です。
<プロフィール>
阪本 径(さかもと けい)さん
1983年、芦屋生まれ芦屋育ちの38歳。2011年、芦屋・東山の「炭火焼鳥 せっちゅう」を大将より受け継ぐ。2014年「せっちゅう」阪神芦屋店を開店。2020年、阪神芦屋の「せっちゅう」を「焼鳥 さかもと」芦屋店としてリオープン。同時に西宮・苦楽園に「焼鳥 さかもと」オープン。現在、亡き先輩が残した名居酒屋「かこも」の意思を受け継ぐべく、住吉の和食店「うつわ」の店主・神田さんと3月1日より営業中。
脱サラして譲り受けた焼鳥店「せっちゅう」。芦屋の子連れファミリーに人気に
編集部:阪本さんは現在経営する「炭火焼鳥 さかもと」よりずっと以前の2011年に「焼鳥 せっちゅう」東山本店をオーナーから譲り受けて経営されています。これが焼き鳥の世界に入ったきっかけなんですか?
阪本さん:そうなんですよ。もともと僕は大学生の時に「せっちゅう」でアルバイトをしていました。大学3年生ぐらいから卒業するくらいまでですね。卒業した後はアパレル会社に就職したんですが、30歳を目標にお店を持ちたいと考えていました。料理の道に進んだ友達と一緒に脱サラして何か始めようかなと。
それで会社を辞めて、まずは学生時代にアルバイトしていた「せっちゅう」で修業に入らせてもらったんですが、ちょうどそのころオーナーが他のことをしたかったようで、店をたたみたいというタイミングで。それでそのまま店を買い取ったという流れなんです。
編集部:阪本さんが独立されたのは30歳。脱サラにはご両親は何もおっしゃらなかったんですか?
阪本さん:僕の父は普通のサラリーマンでしたし、特に飲食業界とは関係なく育ってきたんです。ただ、母親がクリーニング屋のチェーン店を経営していたんですね。それもあって祖母や母から「日銭の入る仕事はええで」とは言われていたんです(笑)。飲食店だと日銭が入るから、日々の憂いがないのは良いことだと。だから独立の時も結構応援してくれましたね。
編集部:譲り受けるというのは、独立したい場合にはありがたいですよね。最初から経営も順調だったんですか?
阪本さん:オーナーは「せっちゅう」を20年くらいやっていて、僕らがアルバイトしていた頃はいつも行列ができるくらい人気があるような店でした。でも僕が店を譲ってもらった頃には売上不振になってたんです。
編集部:そうなんですね。その後の経営は心配じゃなかったんですか?
阪本さん:何も分からず勢いというか(笑)。手元資金も全然なかったんで、イチから作るのも無理やし、渡りに船くらいの感覚で「ほな、やろか」と。
でも当初は売上が落ちていたから、友達と二人で本当にがむしゃらに働いていました。ひたすら働きづめで2年くらいかな?そしたら徐々に売上が上がっていったんですよ。
編集部:どうやって売上をあげたんですか?
阪本さん:実際の理由は僕もよく分かっていないんですけども…。芦屋は住宅街という地域柄、ファミリーのお客さんが多いんです。
よくご利用いただくのは親世代が30~40代くらいで小さいお子さんがいるファミリーです。でも「芦屋」っていわゆる高級住宅街。地域柄、小さいお子さんと一緒に行けるお店が少なかったんです。だから高級店ではなくて若いファミリーの方々が集まれるような店作りをしました。もともと客席が掘りごたつで小さい子供を遊ばせておけるというので、若いファミリー層に、ばあっと来ていただけたんです。何回も店に来やすいように単価も安くしたら、すごい受け入れていただけて。
それで地元の常連さんがいっぱい付いてくれたので、本当に地元の方に支えられた感じですね。で、東山本店が手狭になってきたので、駅前にも店を出したらどんな感じかなあと、阪神芦屋店を出しました。ファミリー向けの同じスタイルなのですが、最初は興味本位だったんです。
銀座の名店「バードランド」と出会い、「さかもと」誕生へ
編集部:駅前の立地ってお値段もちょっと高くなりますよね。
阪本さん:実はその阪神芦屋が入る駅前のビルのオーナーが小田さん(前回のインタビュー「芦屋 塩おでん たのしや」店主)でした。その時に小田さんと知り合って、家賃をめちゃめちゃ安くしてくれたんですよ。ありがたかったですね。
そのタイミングで東山の「せっちゅう」は当時の店長に売却しました。で、阪神芦屋の駅前とは別にもう1店、同じ焼き鳥でもまた違ったお店を出そうと考えたんです。
編集部:経営は順調だったのに、何故また新しい店を出そうと?
阪本さん:本当にたまたまなんですが、焼き鳥の名店として有名な銀座の「バードランド」さんに行ったのがきっかけです。妻と東京に行ったときに、勉強がてら食べに行ったんです。それでめちゃめちゃ感動して。
今までのスタイルではない、「バードランド」さんみたいな味を追求した焼鳥屋をやりたいと思ったんです。それが今の『炭火焼鳥 さかもと』を立ち上げたきっかけですね。
Foodion(※)の「バードランド」の記事も読みました(笑)。シンプルな焼き鳥をやりたいと思っていた僕の考えと重なるなあと思う部分があってうれしかったです。
※Foodionはクックビズ総研の姉妹サイト
編集部:あの記事を読まれたんですね。あの記事は「バードランド」さんの詳しいことが本当によく分かりますよね。
阪本さん:かなり影響を受けました。「バードランド」さんが最初そうだったように、うちも薄利多売な面がやっぱりある。でも技術的な部分を追求していきたいと考えさせられましたね。それで東山のお店を手放して、もうちょっと小さい店で、自分の手に届く範囲でこだわってやっていくことにしたんです。それが2021年8月にオープンさせた苦楽園の「炭火焼鳥 さかもと」です。
「朝引きの京赤地どり」にこだわるワケ
編集部:コロナ禍の2020年12月に芦屋の阪神駅前と西宮の苦楽園に「炭火焼鳥 さかもと」を同時にオープンされました。大変じゃなかったですか?
阪本さん:緊急事態宣言時は時短営業で、ほぼ営業できてなかったんですが、給付金を受けていたので金銭的なダメージは言うほどないんですよ。ただ、自分の店の地盤を固めていきたいということで出店に踏み切りました。
編集部:「さかもと」のこだわりはどういった部分ですか?
阪本さん:過度な演出はせずシンプルに美味しい鶏料理を心がけて、塩、鶏、焼きを追求しています。「さかもと」で一番にこだわるのは素材です。特に鶏の鮮度ですね。京都の丹波地方から京赤地どり(きょうあかじどり)の雌を取り寄せています。京赤地どりは全国でも珍しい朝引きの地鶏なんです。
鶏肉って2日目くらいまではまだ美味しいんですが、3日目くらいからはドリップが出て急激に味が落ちるんです。普通は、前日さばいた鶏肉を翌日に店に出す鶏肉屋さんが多くて、そうするとやっぱり鮮度が落ちる。
日本で出まわっている地鶏は種類が限られていて、朝引きで当日入ってくる地鶏を探したら、京赤地どりにたどり着きました。
朝引きの京赤地どりを丸一羽から仕入れて店舗で解体しています。時間がある時はお客さんが来てから目の前で解体するんです。手間なんですが美味しいんですよ。
編集部:お客さんに捌くのを見てもらうということですか?
阪本さん:そうです。カウンターに座ってもらった目の前で解体をしています。
編集部:それはあまり見たことがないですよ。いいですね!その地鶏の鮮度へのこだわりも「バードランド」さんの影響ですか?
阪本さん:「バードランド」さんの影響が大きいですね。シンプルに鶏の美味しさを追求しました。でも今もまだ、あそこまでどうやったらうま味ができるのかさっぱり想像がつかないです。「バードランド」では奥久慈しゃも(おくくじしゃも)という軍鶏を使っていると聞いて、同じ鶏を取り寄せたんですよ。でも同じ味にならない。「バードランド」はまだ目標ですね。
「美味しい」の定義って?
編集部:阪本さんは同業者のお店には行くんですか?
阪本さん:めっちゃ行きますね(笑)。でも同業の方の店を厳しい目で見たことはほとんどないです。普通に焼き鳥って美味しいじゃないですか。こだわりの高い焼鳥屋さんも美味しいし、安い焼鳥屋さんも美味しいし。
だいたい食べに行ったら一皿は真似してみたいな、というのがあるんです。それをまた自分で作ってみたいじゃないですか。それが楽しいんですよ。
僕がなんで料理人をやってるんかな?と考えたら難しいですね。「これこそが美味しい」という理論を立てて、がりがり追求している時期もありました。でもお客さんは僕が求めているほどのリアクションではない(笑)。「せっちゅう」でもお客さんは確かにいっぱい来てはくれていたんです。でも自分のイメージと誤差がある。
編集部:「美味しかったよ」ではなく、もっと「うわーっ!」となって帰ってほしいと。
阪本さん:「ありがとう、ありがとう」みたいな感じで帰っていくので(笑)。でもね、今はまたちょっと違うとらえ方で考えています。「うわー!」というのはなくても、来てくれるお客さん全員に「美味しかった」と言ってもらえたら、それが本当の「美味しい」ということじゃないかと思うようになってきました。
編集部:阪本さんが「さかもと」でこだわっていることは他にもありますか?
阪本さん:焼き鳥は塩も大事なので、「一番塩」を使っています。東京の牛込神楽坂にある「とうげ」という焼鳥店のマスターに教えてもらいました。長崎の五島列島の「一番塩」という、塩を精製するときに一番最初に出てくる「塩のハナ」のことなんですけれども、それだけを集めた塩です。いろんな種類があって、食べてみて良かったものを使っています。基本的には人に聞いていろいろ試してみるのが一番いいです(笑)。
編集部:ふだんの阪本さんの楽しみって何がありますか?
阪本さん:子どもと遊んでいるとき。いま4歳で、めちゃめちゃかわいいですよ。休みの日は1日子どもと過ごしていますし、朝の保育園の送り迎えもしています。とにかく子どもといる時間は楽しいですね。
仲間が支えれば店はつぶれない!忙しいけど楽しい挑戦
編集部:阪本さんのこれからの取り組みは?
阪本さん:今年の1月28日から、新たに神戸市東灘区の深江北町で「炭火焼鳥 うつわ」をスタートさせたんです。この「うつわ」は、同じ地元の「せっちゅう」のアルバイト時代からの同僚の神田 哲朗君と一緒にやっています。神田君は、「うつわ」のオーナーで和食料理人です。
実は同じ東灘区の住吉に「かこも」という、立ち呑みでかなり有名な居酒屋があって、「せっちゅう」時代の先輩の店なんです。でも、やむにやまれぬ事情があって「かこも」を閉めざるをえない危機に陥ってしまって。そこで先輩の築いてきた名店「かこも」を残したいと僕らでいろいろ考えて、神田君が引き継ぐことになったんです。
でもそうすると、もともとの深江の神田君の店「うつわ」をやる人間がいなくなるので、それで「うつわ」には僕が入ることになったんです。ややこしい話なんですが…(笑)。
編集部:友人のお店を引き継がれるんですね。「うつわ」では今どんなことを?
阪本さん:正直忙しいんですけど(笑)、でも楽しいです。「うつわ」では京赤地どりを使った新メニューを開発しているところです。実は京赤地どりだけじゃなくて、別のレアな地鶏も新たに取り入れようかと生産者さんにお伺いしているところなんです。これも知り合いの料理人が紹介してくれて。まだ構想段階なんですけどね。
編集部:神田さんや先輩とのつながりもそうですし、飲食業界は横のつながりが強いですよね。小田さんもですし。それが新しい取り組みにもつながっているし、その縁によって店をつぶさずに残していっているように思えます。
阪本さん:そうですねえ。そこを特に意識しているわけではないんですが、いろんな方のご縁に助けてもらってきたと思います。
神田君は「かこも」の3月のリニューアルオープンに向けてがんばっているので、次回のインタビューでぜひ神田君の取り組みを紹介してください(笑)。(※「かこも」は無事に3月1日オープンしました!)
編集部:分かりました!ぜひ神田さんのお話、聞かせていただきますね。お忙しいなか、ありがとうございました。
阪本さん:「さかもと」も、いまテイクアウトとか通販の準備をしています。鴨を使ったローストとか、お鍋のセットとか。いろいろ全力でがんばります!
まとめ
阪本さんが最初に焼鳥店をはじめた目的は「脱サラ」。しかし学生時代のアルバイトから続く縁は、その後の新しい挑戦にもつながっていきます。困ったことが起きれば阪本さんや仲間が立ち上がり、すぐに動き出す。そんな阪本さんを見て、小田さんのようにまた手を貸す人がいてー。「なんとかなる」そう思ってやってきたと話す阪本さんは現在、とても忙しそうで、そして楽しそうでもあります。
次回のリレーインタビューでは友人の神田 哲朗さんにインタビューしたいと思います!
<インタビュー:峯林 晶子・杉谷 淳子、記事作成:峯林 晶子>
<取材協力>
店名 | 「炭火焼鳥 さかもと」苦楽園店 |
住所 | 兵庫県西宮市樋之池町24-16 アドール苦楽園1F |
電話番号 | 0798-73-3912 |
SNS |
店名 | 「炭火焼鳥 さかもと」芦屋店 |
住所 | 兵庫県芦屋市大桝町5-12 大島屋ビル2F |
電話番号 | 0797-26-7460 |
SNS |
店名 | 「炭火焼鳥 うつわ」 |
住所 | 神戸市東灘区深江北町3-3-1 徳風マンション1F |
電話番号 | 078-764-0400 |
SNS |
<写真提供>
阪本 径
炭火焼鳥 さかもと
※インタビュー風景を除く