
2019年(初年度)の収穫の時の美濃和さん(photo by Caio Guedes)
ここ数年、ナチュラルワインをよく見かけるようになりました。「自然派ワイン」「ヴァン・ナチュール」「ビオワイン」など呼び方はさまざまですが、普通のワインと何がちがって、どう作られているのでしょうか?
今回は、イタリア北部・ミラノにほど近いピアチェンツァ県で、ぶどう畑を栽培し、ナチュラルワインを醸造する美濃和 駿さんにインタビュー。ナチュラルワインの名醸造会社「ラ・ストッパ」の責任者として知られるジュリオ・アルマーニ氏に師事し、自らワイナリーを立ち上げ、ナチュラルワインの本質とその魅力を追求しています。
そんな美濃和さんのワイン作りとは?世界のワインマーケットの現状と未来とは?初心者にも分かりやすくお話していただきました。
(取材:2021年10月6日)
※美濃和さんは、リレーインタビュー「イタリアでトスカーナ料理に魅せられた日本人シェフがめざすのは自然と生きる循環型レストラン【リレーインタビューVol.14】」の森山 慎平さんからのご紹介です。
<プロフィール>
美濃和 駿(みのわ しゅん)さん
東京大学にて生物学修士号を取得。スターバックスコーヒージャパンに就職後、コーヒー豆からワインにも興味を持ちスペインへ。専門学校で醸造学を学ぶ。2014年、チリのワイナリーで勤務後、2016年よりイタリア、ピアチェンツァ県のワイナリー「ラ・ストッパ」に勤務。ナチュラルワイン作りをジュリオ・アルマーニに学ぶ。2019年より自らの手でぶどう栽培と醸造をスタート。現在に至る。
スタッフは自分だけ。ぶどう栽培から醸造まで奮闘中
編集部:美濃和さんは現在、イタリアでナチュラルワインのワイナリーを経営されています。どのようなワインを作られているんですか。
美濃和さん:僕がイタリアでワイナリーを始めたのは2019年です。イタリア北部にあるエミリア・ロマーニャ州のピアチェンツァ県でワインを作っています。
やっているのは、畑の生態系をできるだけ配慮して、自然環境にダメージを与えないようにする農法です。ビオロジックや有機農法と呼ばれる農法を実践しています。
化学肥料や除草剤を使わないことはもちろん、施肥や耕起、トラクターの使用も最低限に抑え、ぶどうの木が、もとからある在来の生態系の中にただ存在しているような農業を模索しています。
醸造においても、人為的な介入をできるだけ減らしています。特定の微生物を除外するためのフィルタリングや添加物の使用は基本的に行ないません。ぶっちゃけていうと、ほったらかしです(笑)。
ちょうど2019年の最初のヴィンテージを、日本に数か月前に出荷したばかりですよ。
編集部:では美濃和さんのワインは、日本でも買えるんですか?
美濃和さん:そうなんですが、いかんせんワイナリーの規模が小さいんで、百数十本くらいしか出荷できませんでした。
2019年の僕の畑の広さは0.5ヘクタールだったんですが、できたワインは1,000本でした。
おいおい日本のショップでも販売できるようになればいいなとは思っているんですけれども。
編集部:今はどれくらいの規模と人数で作業されているんですか?
美濃和さん:現在の畑は2.5ヘクタールです。自社で持っているものではなくて、すでにある畑を所有者から引き継いで、ぶどうを育てています。
2.5ヘクタールがどれくらいの広さかというと、家族経営のワインメーカーが経営を維持していくのに4~5ヘクタールが必要といわれています。
だからまだまだ僕のワイナリーは発展途上なんですが、僕は基本的に一人で全部の作業をしているんです。なので、もうすでにいっぱいいっぱいになっていまして(笑)。
スタッフもいませんし、トラクターも使っていないので、草刈りもぜんぶ自分で草刈り機を使ってやっています。
たまに僕の奥さんが手伝いに来てくれたり、収穫期には友達が手伝いに来てくれるんですけれども、1年間の仕事としては基本的に全部ひとりでやっています。
編集部:一人なら、かなり大変ですよね。ワインの生産量としてはどれくらいなんですか?
美濃和さん:毎年、倍々に増えてはきていて、去年(2020年)は2,000本くらいです。ちょっと今計算してみますが…今年は6,000~7,000本くらいいけるかもしれないですね!
編集部:増えてますね!嬉しいですね!
美濃和さん:嬉しいですね~。これで日本の方にも飲んでいただけるかと(笑)。
編集部:でも数か月前に日本に出荷したのは2019年の百数十本ということなので、すぐには手に入らなさそうですね。
美濃和さん:頑張ります(笑)。
亜硫酸塩を使わないワインは、例えるならレコードのよう
編集部:美濃和さんのワイナリーの作業としては、今(10月初旬)はどういった時期なんでしょうか?
美濃和さん:今は1年でいちばん腑抜けている時期ですよ(笑)。
8月の末あたりから収穫期が始まるんですけれども、収穫が始まると日の出とともに起きて、日が暮れた後も醸造作業が続きます。発酵やら、いつ収穫するかやら考えることが多くて、強迫観念にかられて、ろくに眠れずな状態が1か月くらい続きます。
編集部:そんなに大変なんですね…無事に終わってよかったですね。今のぶどうはどういう状態なんでしょう。
美濃和さん:今はその大変な収穫は終わって、タンクの中に、いわゆるワインの赤ちゃんがいるので、発酵のコントロールをしています。ぶどうの果汁とワインの中間みたいな状態ですね。搾りたてのときは単なるジュースで、まだアルコールにはなっていないんですが、これが酵母や微生物の力によってアルコールに変わっていきます。
何もせずにワインになってくれればそれにこしたことはないですし、90%以上のタンクはそうなってくれるんですが、途中で風邪を引いたりだとか、若者なので悪い友達とつるんだり(笑)。で、そっち行っちゃダメよと正していきます。
編集部:分かりやすいです(笑)。ワイン作りで悪さをする微生物は、たとえばどんなのがありますか?
美濃和さん:今の時期なら、酢酸菌が働いて、ワインが酢になっていくという現象があります。これを防ぐためには、まず試飲をしたり、科学的な検査をします。そして酢酸菌は酸素がないと生きていけないので、酸素との接触がないタンクに入れ替えるなどの対策をとります。
たいがいのワインには、エチケット(ラベル裏側にある情報)に必ず「亜硫酸塩」と書かれてありますよね。
近代醸造学では、この亜硫酸塩を使うのが必須ですし、推奨もされています。亜硫酸塩を使わないと、どんな微生物にも公平に増えるチャンスを与えることになるんですね。
でも、僕のワイナリーでは、その亜硫酸塩は使ってはいないんです。亜硫酸塩を使わないポジティブな面としては、多種多様な微生物が出てくることで、味の深みであったり、香りの多様性が広がります。
亜硫酸塩を使うと、タンクの中に出てくる登場人物(微生物)が1~2種類くらいに絞られます。少ない微生物による香りの成分だけになり、よくいえばクリーン。悪くいうと深みにかける、ということになります。
編集部:なるほど。
美濃和さん:音楽にたとえると、レコード=LP盤の音って、CDなどに比べるとザーザーとしたノイズがありますよね。でもノイズはあるけれども深みがあるし、あたたかみがあるということで、今も人気があります。
これに似た感じがします。亜硫酸塩を使わない、フィルターをかけない、ろ過しない、という風にワインをクリーン化しない。そうすると、そのレコードのような深みやあたたかみが出るということですね。そういうワイン作りが僕のワイナリーでやっていることです。
ワインがもともと持っているポテンシャル、あたたかみを尊重できるような、そんなワイン作りを目指しています。現在の一般的なワイン作りとは違うやり方ですね。でも80年前くらいにやっていたワイン作りには比較的近いコンセプトだと思います。
プランを白紙にして「よし、作り手側になろう」

美濃和さんのワイナリーの2020年度の白ワイン(JAI GURU DEVA)。ただいま日本に向けて出荷準備中!(美濃和さんのInstagramより)
編集部:前回のリレーインタビューにご登場いただいた森山さんご夫妻はじめ、美濃和さんのナチュラルワインに「衝撃を受けた」という方もいます。そもそも美濃和さん自身は日本にいる頃からナチュラルワイン作りをめざしていたんですか?
美濃和さん:全然(笑)。もともと日本では、僕自身は工業生産としての普通のワインを飲んでいましたし、大学卒業後に就職先に選んだのはスターバックスコーヒージャパンでした。
コーヒーに興味があって、ストアマネージャーというかたちで店舗で働いていたんですが、コーヒー豆の地域による違いであったりとか、コーヒーと食材との組み合わせだったり、そういうのに興味があって。ワインでいうペアリングですよね。
で、そこからワインのソムリエのような仕事にも興味が出てきて、東京のワインの小売店で働いたりもしていました。
編集部:日本を出ようと思った理由は?
美濃和さん:ワインの文化がヨーロッパから入ってきている以上、ヨーロッパで何が起きているのか、みんながどういう風にワインを飲んでいるのか、というのを見る必要があるなと思いまして。
でもどちらかというと、小売りや流通といったディストリビュートの方をやりたかったんです。
それで最初はスペインに行きました。まだ知られていない生産者を見つけて輸入しようと思ったんです。
でもスペインで生産者に会ってすぐに、「あ、これは作った方が面白い!」と思いました。
編集部:何があったんでしょう?
美濃和さん:ワイナリーで収穫期を経験させてもらったんです。
醸造は特別な経験でした。ぶどうがつぶれて数日間置いておくと、ぷくぷくと泡が出てきて、それがこう自然にワインになっていく。そうすると一番最初のぶどうを食べた時と比べ物にならないくらいの表現力がついていきます。
いい仕事だなと思いましたし、その時に知り合ったナチュラルワインの生産者から刺激と影響を受けたのもありますね。
僕は大学では、生態系の保全の研究をしていたのもあって、ワインの地表、地中に存在する生物の相互作用が、ワインの味わいや香りとなって現れる、といった点にも興味を惹かれました。
発酵というプロセスを経ることで、同じ種類のぶどうでも、ぶどうのときにはわからなかったその土地の違いが、ワインになって明確にでてきます。
それですぐに日本で思い描いていたプランは、全部バサッと捨てました(笑)。
編集部:そこから醸造家をめざして。
美濃和さん:そうですね。「作り手側になるためにはどうしよう」と考えて、スペインのラ・リオハ州にあるぶどうの栽培とワインの醸造の学校に入学しました。リオハはスペインでもっとも有名なワインの生産地のひとつです。
学校は町はずれのひなびた場所にあったんですが、レベルの高い学校です。僕は日本の大学の卒業証明があったので割とすんなり入れたんですが、ただものすごい田舎だからか、町自体に日本人が住んでいない。だから初めて学校に足を踏み入れた時に、他の生徒たちが僕をみて、びっくりしていましたね(笑)。
スペイン語の授業を全部聞き取れる訳じゃないので、午後からは図書館に行って、醸造学の書物で勉強していました。文字だとまだ辞書を引きながら理解できたので。
そんな風に醸造の基礎を詰め込んで、他のワイナリーでの研修を経験して、1年間通いました。
400年以上の歴史を持つチリの真正“ナチュラルワイン”とは
編集部:そのあとは?
美濃和さん:次にどこに行こうかなと考えた時に、もちろんイタリアも候補にはあったんですが、ちょうどそのころ、チリでナチュラルワインのムーブメントが花開き始めた時だったんです。2013年~2014年あたりです。
これはちょっと行ってみても面白いかなと。
編集部:スペインからチリへ!
美濃和さん:チリで僕が最も魅了されたのは、世界が「ナチュラルワイン」という名前を付ける前からあった、昔ながらのワイン作りですね。
チリのワイン文化というのは、スペインが領地を拡大するために植民地をつくろうとして、チリに侵攻していたところから始まるんですよ。
スペイン人がチリに降り立った時に、キリスト教もセットで降りてきたわけですが、ミサを行なうためにはどうしてもワインが必要ですし、食文化としてもワインが必要でした。
ただ、チリにはたくさん火山があり、土が火山性でした。スペイン国内では火山はそんなにないんです。それで火山性の土地に適合するぶどうがカナリア諸島にあることに気づいて、それを彼らはチリに持ち込んだんです。それでワインを作り始めました。400年ほど前でしょうか。
編集部:なるほど。
美濃和さん:そういった歴史のあるチリのワイン文化が、他の国と比べて特別なのは、今もまだ樹齢150歳とか200歳というぶどうの木が畑に残っていることです。
たとえば甕壺(かめつぼ)仕込みといった古くから言い伝えられてきたワインの作り方があって、チリの田舎にはそんな古いワイン作りがまだ残っているんですね。それがクオリティ的にも本当に素晴らしいんです。
そのことに最も衝撃を受けましたね。今やブームともいえるナチュラルワインですが、その呼び名ができる以前、近代醸造学ができる以前は、ナチュラルワインしかなかったわけですから。
編集部:確かにそうですね。
美濃和さん:チリでは「ルイ・アントワーヌ・リュイット」というワイナリーで働いていました。その時に知り合ったのが、イタリアのピアチェンツァ県にある「ラ・ストッパ」というワイナリーの当主エレナ・パンタレオーニです。
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