サボテンから実を搾取してる森山さん

リレーインタビュー「イタリア各地を旅する料理人。好きなことを続けていくために心がけていること【リレーインタビューVol.10】」の奥田 明広さんからのご紹介です。

イタリア・トスカーナ料理に魅せられ、地中海を望むホテルで料理に打ち込む日本人シェフがいます。シェフの名前は森山 慎平さん。パティシエとして活躍するパートナーの田中 小百合さんとともに異国の地で自然の恵みを活かした「食」を追求しています。

イタリアに渡って11年。昨年、ホテル内のレストランは「ミシュランガイドイタリア 2021年」ミシュランプレートとして掲載されました。
今回、森山さんにトスカーナ料理の魅力について教えていただきながら、パートナーと二人三脚で歩む料理人の暮らしぶりについてクックビズ総研 編集部の杉谷が伺いました。(オンライン取材:2021年8月18日)

<プロフィール>
森山 慎平(もりやま しんぺい)さん
1985年、宮城県生まれ(36歳)。2005年、宮城調理製菓専門学校卒業後、株式会社ひらまつに入社。「代官山ASOチェレステ日本橋店」に配属。その後、本場のイタリア料理に触れたいと24歳でイタリアへ渡る。フィレンツェ、ミラノなどで修業しながら各地のレストランに勤務。2019年、トスカーナ州の南にある地中海に面したリゾートホテル「Poggio ai Santi(ポッジォ アイ サンティ)」のリストランテ「ILSALE(イル サーレ)」のシェフに就任。「ILSALE(イル サーレ)」は「ミシュランガイドイタリア 2021年」ミシュランプレートに認定。

オンラインインタビュー中の森山さん

トスカーナ州のホテルでシェフとして、ミシュラン認定に導くなどめざましい活躍

編集部:今日はお忙しい中、お時間いただきありがとうございます。今はコロナ禍ですが状況はいかがでしょうか。トスカーナ州のホテルにお勤めだそうですね。

森山さん:本日はよろしくお願いします。イタリアではコロナに関しては、ワクチンもずいぶん普及してきましたので、ホテルの営業を再開するとお客様はたくさんお見えになります。
現在、トスカーナ州サンヴィンチェンツォの街にあるリゾートホテル「Poggio ai Santi(ポッジォ アイ サンティ)」に勤務し、そこのリストランテ「ILSALE(イル サーレ)」でシェフとしてお店を任されています。

編集部:海の風景を楽しみながら食事ができるようですね。「ILSALE(イル サーレ)」は「ミシュランガイドイタリア 2021年」でミシュランプレートとして掲載されています。具体的にどのようなホテルでしょうか。

地中海とサンヴィンチェンツォの街を背に男女が食事をしている

地中海とサンヴィンチェンツォの街の眺望を楽しみながら食事ができるリストランテ「ILSALE(イル サーレ)」。

森山さん:地中海を望む低木地の丘に囲まれたホテルです。客室数は16ほど。そのうち7~8部屋がスイートで独立した戸建ての棟になっています。

編集部:ヴィラ形式の客室もあるんですね。優雅です。

森山さん:家族経営のこじんまりしたホテルですが、高級路線ではあります。畑もあり、レストランではここで採れた野菜をたくさん使っているんですよ。1週間ぐらい宿泊する方が半分、あとは2~3日の方。

同じ敷地に値段を抑えた「La Muccheria(ムッケリア)」というホテルも立地しており、こちらは長期滞在型のホテルです。

ヴィラ形式の宿泊棟の開放的なスイートルーム

ヴィラ形式の宿泊棟。開放的なスイートルームになっています。

編集部:行ってみたくなります。このホテルへはどういった経緯で勤務することに?

森山さん:私が11年前にイタリアに来て最初に勤めたレストラン「Nonna isola(ノンナイゾラ)」のオーナーからの紹介です。ここからわりと近いんです。これまで古都・フィレンツェや大都会・ミラノなどイタリア各地で料理を作ってきましたが「海沿いで暮らしたい」「自然豊かな場所で料理の仕事ができれば」と思い、パートナーの小百合と一緒にこの地にやってきました。

編集部:小百合さんはパティシエなんですよね。

森山さん:彼女がドルチェ、デザート、パンを担当しています。キッチンは彼女以外にスタッフが3人いてみんなで切り盛りしています。

1年遊学のつもりが11年、イタリア人の料理に対するパッションの強さに惹かれた

編集部:そもそも森山さんが料理の道をめざしたのはいつ?なぜイタリアに渡ったのでしょうか。

森山さん:料理の道をめざしたのは高校卒業後の進路を決める時です。大学に進む気はなく、食べることが大好きでしたので専門学校にいって手に職をつけたいと思い地元の調理学校へ。卒業後は、株式会社ひらまつが経営する「代官山ASOチェレステ日本橋店」に勤務しました。

編集部:株式会社ひらまつといえば、高級レストランやホテルも経営する上場企業です。

森山さん:はい、そこで4年間勤務。ひととおりポジションを学んだ後、本場の料理を勉強したくなり、1年だけでもとイタリアに来ました。

ピティリアーノの街並み

ピティリアーノの風景(2011年9月)。

編集部:イタリアに渡って最初の印象は?

森山さん:イタリアに行ってすぐに「こっちに住みたい」と感じましたね。とにかく居心地が良くって。理由?たぶん流れてる空気感でしょうか。イタリア人の料理に対するパッションが凄く強くて、“食事中もごはんの話で盛り上がる”みたいな(笑)。
日本の家族や友人は遊学だし、1年で帰ってくると思ってたようです(苦笑)。

留学先がフィレンツェだったんですが、見たことのない古都ならではの素晴らしい風景も魅力でした。その後、最初に勤務したのがトスカーナ州の海沿いのレストラン「Nonna isola(ノンナイゾラ)」。そこも気に入って、もうちょっと残ろうと思っている間に早くも11年。後にこのホテル「Poggio ai Santi(ポッジォ アイ サンティ)」を紹介してくれたところです。

編集部:土地や国になじむ・なじまないってあるんでしょうね。

森山さん:ありますね。同じ時期に来た留学仲間の中には早く帰りたいという人もいました。同期は7~8人いて、半年~1年で帰る人が一番多く、それ以降もイタリアに残ったのは1~2人ですね。

パルマの教会の前のライオンと森山さん

パルマの教会の前のライオンと(2014年11月)。

編集部:森山さんのイタリア暮らしはもう11年ですね。

森山さん:長く海外にとどまるのは、肌に合う、合わないに尽きるんじゃないかな。

トスカーナ料理の魅力とは?

編集部:森山さんはトスカーナ料理にとても魅力を感じているそうですね。イタリアはその土地によって、料理がまるで違うとお聞きしています。トスカーナ料理の特徴はなんでしょうか。

森山さん:トスカーナ料理は基本的には庶民の料理です。「クッチーナ ポーヴェラ」ともいわれ、ポーヴェラには“貧しい”という意味もあるんです。この土地で収穫できる食材…野菜や豆を使い、肉でも良い部位というより、すじ肉や内臓などを使うのが伝統なんですよ。他の地域より食材の特色が色濃く出ていたんで、食べるのも作るのも面白いなと感じました。

ピアッタメント(盛り付け)の作業風景

ピアッタメント(盛り付け)の作業。

編集部:フィレンツェもトスカーナ州の内陸にありますが、同じ料理なんでしょうか。

森山さん:私がいる海沿いと内陸では使う食材が違うんですよ。内陸は保存食が発達し、豆料理などが多いですね。こちらにも豆料理はありますが、地中海で獲れた魚介類も豊富に使います。片口イワシ、ホウボウ、カサゴ…いろんな魚が手に入ります。

共通しているのは、オリーブオイル、塩を使わないパンをよく使うこと。その分、料理は塩気が多いかな。食材の良さを引き出すような料理ですね。

編集部:トスカーナ料理はピエモンテ料理と並んでよく知られるイタリアの郷土料理と聞いたことがあります。

森山さん:ピエモンテ料理は、ちょっと高級な料理が多いですね。例を挙げると粉と卵黄だけで作ったパスタなど。北イタリアにあるピエモンテ州は、その昔、貴族・サヴォイア家が繁栄を誇った地域です。富裕層が多く、その後もイタリアの自動車メーカー「フィアット」の会社ができるなど工業で経済発展していきました。

だから洗練された料理が多く、香辛料も豊富に使います。当然、値段、コストがかかるというわけですね。

ホテル内の畑にて唐辛子を収穫している様子

ホテル内の畑にて。収穫しているのは唐辛子。

編集部:なるほど。そういう歴史的背景があるんですね。森山さんがトスカーナ料理の魅力に「素朴で食材の味を活かす料理」とおっしゃっていましたが、それはなんだか和食に通じると感じました。

森山さん:それはありますね。イタリア料理全体にいえることですが和食と似た部分はあると思います。例えばソースをかけすぎないこと。フランス料理では煮詰めた濃いソースが味の決め手になることが多いのですが、イタリアは塩・オリーブオイル・お酢でシンプルに味付けするのが基本。食べても胃の負担が軽いです。その分、塩・オリーブオイル・お酢の種類がたくさんありますよ。

編集部:それも日本に通じそうですね。お酒、しょうゆ、お酢、みりんなど産地によって味わいも違いますし種類も豊富です。

森山さん:そうそう、そういう感じですね。

パートナーでパティシエの小百合さんからみた森山シェフ

編集部:森山さんの料理ですが、お客様からはどんな感想をいただきますか?

森山さん:私が作る料理に「イタリアンだけど、なんか違う」と思う方もいるようです。シェフが日本人だと知らない人でも、そうコメントをいただいたこともあります。そこに日本のエッセンスを感じるのかもしれません。

インサラータデルポッジォ

フレッシュな味わいを楽しんで。料理「インサラータデルポッジォ」。

ポッジョのハーブの天ぷら、エストラゴンマヨネーズ、ジュニパー風味の黄身

さまざまな種類の野菜を少しずつ。食べ比べるのも楽しい一品。料理「ポッジョのハーブの天ぷら、エストラゴンマヨネーズ、ジュニパー風味の黄身」。

編集部:意識して日本らしさを取り入れているのでしょうか。

森山さん:そういう時もあります。生姜をちょっと効かせて爽やかに仕上げたり、中国料理で使われる八角を使ってみたり。でも意図的にしていなくても感じる人は感じるようです。

編集部:今は小百合さんと二人三脚でメニュー考案などもしていらっしゃいますが、どんな影響を受けていますか?お時間が許せば、小百合さんからもお話を伺ってみたいのですが。

森山さん:彼女は食文化に興味を持っていて、料理にとどまらず良い刺激を与えてくれます。勉強になりますね。

小百合さん:はじめまして。

編集部:よろしくお願いいたします。早速ですが小百合さんから見て森山さんはどんな料理人ですか?

魚の写真を撮る小百合さんと森山さん

左:田中 小百合さん。

小百合さん:とにかく料理が好きな人。休みの日でも食に関わることを勉強したり…他店や生産者のもとへ行ったりと努力家です。でもそれは好きでやっているので苦労でもなんでもなく。
好きなことが仕事になり、才能としてほかの人にも認めてもらえているというのは幸せなことだと感じますね。私も一緒に学んでいます。

森山さん:二人とも食べることも飲むことも好きだし、感想や意見を言い合えるのはいいですね。

小百合さん:例えばワインなら、ぶどうと大地の力だけで造られたナチュラルワインについて生産者さんに教わるなど、食材の良さを確かめてから選んでいます。

編集部:お二人が作り出すメニューは、手間暇かけて作られているんだろうなと感じます。

森山さん:出来合いのものを使うことはないですし、人工的に作られた食材や化学調味料なども使わず、全て自然のものを使っています。

小百合さん:そしてその自然な味わいを壊さず、活かすことを大切にしたいと思っています。例えばアーモンドも、生のアーモンドを使い、ローストして自分たちの手で包丁を使って砕くようにしています。もちろん砕いた加工済みのアーモンドも購入できるのですが香りが全く違うんです。

緑豊かな庭を犬と歩く森山さんと小百合さん

ホテルの周囲には緑豊かな庭や、ガーデンテラス、プールもあります。

将来の夢は、すべてが循環し完結できるレストランをつくること

編集部:1つ1つの食材を活かしきるよう、細部まで丁寧に食材に接しているんですね。このホテルには畑もあるとのことですが、HPを拝見すると相当広いです。栽培管理はどなたが?農家さんにお任せしているのでしょうか。

森山さん:ホテルのスタッフで行っています。専任はいなくて、経理や会計担当者も畑仕事をします。

編集部:すごいですね!この広さでそれは驚きました。イタリアのファーム付きの宿泊施設って、施設のスタッフが農作業を兼任するのがふつうなんでしょうか。

広大な農場で農作業をする人々

ホテル「Poggio ai Santi(ポッジォ アイ サンティ)」は持続可能な開発モデルを目指しています。農場はオーガニック。オリーブオイルや野菜を生産するほか屋根には太陽光発電パネルも設置されています。

森山さん:ははは。いや、ふつうじゃないです。もともと実家が農家だったり、自宅にも畑があったりと栽培知識のあるスタッフがいますので。

このホテルの女性オーナーは自然が大好きな方です。作物の植え付けなど畑のこともするし、庭の掃除をしたり、キッチンの人手が足りないときは皿洗いも手伝ってくれます。オーナーだから何もしないということはないです。このホテルには「私はこれだけしかやらない」という人はいないんですよ(笑)。

ホテル「Poggio ai Santi」オーナーのフランチェスカさんが農作業をしている

ホテル「Poggio ai Santi(ポッジォ アイ サンティ)」オーナーのフランチェスカさん。

編集部:アットホームなホテルなんですね。森山さんが「自然豊かな場所で料理の仕事がしたい」とおっしゃっていた真の意味がわかるような気がしてきました。

小百合さん:彼は鶏やアヒルや鴨、うさぎなど解体作業も行い、料理にすることもあります。休業期間中には、畑の食材でジャムやラグーの瓶詰など保存食を作りました。

森山さん:ここではやることがいっぱいありますよ(笑)。

編集部:トスカーナでの仕事や暮らしを楽しんでいらっしゃるんですね。

森山さん:ここはいいですね。気に入っています。

小百合さん:二人とも自然が好きなので。自然は食の原点ですし、私たちもそういうところに身を置くといろんなことが学べます。

ホテル内で飼育されているニワトリ

ホテル内にはニワトリやウサギの飼育ゲージも。

編集部:今後の夢は?

森山さん:今と同じように、畑を作って鶏など家畜も育て、それを使って料理をする。いつか独立して、すべてが循環し完結できるような自分たちのレストランを作ってみたいです。

小百合さん:そこでお客様においしい一皿を提供するだけでなく、食に関わる文化や背景、社会問題など、いろんなことを学びあえる場所を創っていけたらいいなと思っています。

イタリアでナチュラルワインを造る美濃和 駿さんを紹介します

編集部:最後になりますが、森山さんがご紹介したい方を教えてください。

森山さん:イタリア北東部にあるエミリア=ロマーニャ州でナチュラルワインを造っている美濃和 駿(みのわ しゅん)さんです。彼の造るワインは絶品です。友人だから言っているわけでなく本当においしい!

小百合さん:私が勤務していたミラノのレストランを通じて出会いました。その店はエミリア=ロマーニャの名門醸造所「La Stoppa(ラ・ストッパ)」のナチュラルワインを扱っていて、彼はそこの醸造責任者、ジュリオ・アルマーニ氏の愛弟子なんです。今はまだ独立して3年目ですが、去年、彼のワインを飲んだ時には衝撃が走りましたよ。

編集部:イタリアでナチュラルワインに力を注ぐ日本人醸造家さんなんですね。お話をお聞きするのが楽しみです。今日はどうもありがとうございました。

まとめ

自然豊かなトスカーナで、パートナーの小百合さんとともに食の原点を見つめる日本人シェフ・森山 慎平さん。思いがけず、イタリア料理の歴史的な背景もお聞きでき、とても有意義な取材となりました。

好きな料理が仕事になって、それが周りに認められ、レストランをミシュラン掲載店に導いた森山さん。広大な畑と家畜の世話をスタッフみんなで行いながら、その土地で得られた食材で料理を作って美味しくいただく。外食産業こそサステナブルな時代をリードする業態だと感じました。
自然に寄り添った循環型のレストランの夢を、ぜひ成功させてくださいね。

<インタビュー:杉谷 淳子・方城 友子、記事作成:杉谷 淳子>

<取材協力>

レストランのホールでワイングラスを傾けている男性

店名 ホテル「Poggio ai Santi(ポッジォ アイ サンティ)」~レストラン「IL SALE(イル サーレ)」
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<写真提供>

森山 慎平
※インタビュー風景を除く

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