(写真提供:ザ・サウザンド キョウト“KIZAHASHI(階)”)
リレーインタビュー「野菜の“振り売り”で農家と飲食店をつなぐ角谷 香織さん。ゆるく優しいつながりが地域の循環をはぐくむ【リレーインタビューVol.9】」の角谷 香織さんからのご紹介です。
日本料理の形式として知られる高級お座敷スタイルの「料亭」と、カウンタースタイルの「割烹」。そのどちらもの魅力を知り、食べる側の“わくわく”を最大限に引き出す「楽味」スタイルで、現在ホテルの日本料理レストラン内で、割烹料理長を務める宮下 司さん。
ずば抜けた「発想力」を和食一筋に発揮してきた宮下さんが料理人として感じる、醍醐味とは?クックビズ総研 編集部の峯林が割烹料理人の肉声に迫ります。
(取材:2021年7月21日)
<プロフィール>
宮下 司(みやした つかさ)さん
1985年生まれ、三重県出身。辻調理師専門学校を卒業後、19歳より日本料理に携わる。
「祇園 丸山」で6年、「祇園 さゝ木」で10年間勤務。2016年、「RED U-35」にてSILVER EGG受賞。2021年3月より「THE THOUSAND KYOTO(ザ・サウザンド キョウト)」内にある日本料理レストラン「KIZAHASHI(階)」のカウンター専属料理長に就任。
目次
母の料理を見よう見まねで覚える
編集部:早速ですが、宮下さんが料理の道をめざしたのは、いつごろなんですか?
宮下さん:両親も親戚も飲食関係の人間ではなかったんですが、母に聞くところによると、物心ついた頃にはもう料理が好きだったようなんです。
小さい頃の「おままごと」でもお父さん役で料理をしていたらしく。自分の記憶にあるのでいえば、むいたぶどうの皮にマヨネーズを付けてぐちゃぐちゃにして、母に怒られたのを覚えていますね(笑)。
本格的な料理をし始めたのは小学校2年生くらいだったと思います。日曜日は、いつもより両親が起きてくるのが遅いので、僕がパンを焼いて、目玉焼きを作って、コーヒーを淹れてって、やってましたね。
編集部:それは教わらずにやっていたんですか?
宮下さん:見よう見まねですね。子供の頃はキッチンにいる母の隣にずっといたように思います。僕が小学生の頃は、まだ土曜日は学校の授業が昼まであったんで、学校から帰ってきたらインスタント袋入りのラーメンとか、チャーハン作ったりとか、弟や妹にも作ってあげてましたね。
でも僕がやると、やりっぱなしでキッチンが汚くなるので、それで怒られてました(笑)。
編集部:片づけは徐々に覚えたと(笑)。
宮下さん:そうです(笑)。それからずっと料理は好きだったので本当は高校も、調理系の学校に行きたかったんです。でも近くに調理系の高校がなかったので、「農業高校だったらまだ調理に近いかなあ」と思って入学したんですが、調理の授業が一切なくて…(笑)。
編集部:それは残念ですね。
宮下さん:なので、居酒屋で調理のアルバイトをはじめたんです。3年間同じ居酒屋でずっと。そこのお店は大根おろしはもちろん手で作っていたんですが、刺身の下に敷くツマも機械じゃなく手づくりのお店だったので、基本的な料理の技術を結構覚えることができたんじゃないかと思います。高校卒業後は、調理学校に入りました。
和食の道、ひとすじに
編集部:調理学校では何を学んだんですか?
宮下さん:和食です。個人的には中華を作ることが多かったので、初めは中華がしたいと思っていたんですが、ふと思ったのが、海外に行ったときに日本人として和食がなにも作れなかったらダサくないかと。そこからもう和食一筋です。
編集部:今だったら和食は本当に海外で人気です。
宮下さん:卒業後は新卒で京都の「祇園 丸山」に入社しました。「祇園 丸山」では、料理だけでなく日本の文化的な面もたくさん学べました。店に入ってすぐに打ち水をしたお庭があって、玄関ではお香の香りがして、お部屋に通されたら、お花が活けてあり、お軸(掛け軸)があり、仲居さんの細やかなサービスがあります。「祇園 丸山」では、料理はその一部分なんだという考えですね。
お花、お茶も習わせていただいたし、お軸(掛け軸)もですね。6年ほどいたので、そういうものにいっぱい触れさせてもらえたことは、自分の大きな財産になっているとは思いますね。
編集部:新卒から入社して良い経験を積まれたんですね。
割烹で学んだ、食べる側と作る側の対等な関係
宮下さん:「祇園 丸山」のような料亭では、料理人はお客様と直に顔を合わせる機会はあまりないんですが、お客様と触れ合える「割烹」にもだんだん興味が出てきて、今までと違った新しい世界で、さらに経験を積むために「祇園 さゝ木」で働くことにしました。
ちょうどその頃は、「さゝ木」の大将がテレビ番組で取り上げられたばかりで。単純にもう「すごいなあ!」と、最初はそういうミーハーな気持ちもありつつ…、受けるだけ受けてみようと。結局それから10年にわたってお世話になりました。
編集部:「祇園 さゝ木」ではどのようなことを?
宮下さん:当時は富山県のホテルにもグループ店があって、最初の3年はそこにいました。そこから京都の本店に帰ってきて、そのあとは祇園にある同じグループの「祇園 楽味(らくみ)」に入りました。ひとつのお店とはいえ、ホテルでの経験、“さゝ木劇場”とも呼ばれる本店での経験、一品のアラカルトが主体の「楽味」と、さまざまな経験を積ませていただいたと思います。
編集部:面白いですね。
宮下さん:ほんとに10年経ったの?というくらい刺激があって、楽しくて、あっという間でした。
編集部:本店ではさきほど仰っていた“さゝ木劇場”を目の当たりにされて。
宮下さん:そうですね。お料理の一斉スタートという文化がなかった時代に、カウンター17席、テーブルとお二階の計30席を一斉スタートさせるというパイオニア的なお店です。
6時半になるまで、お客様にドリンクもお伺いしないで、お客様が全席おそろいになって、初めて一斉にスタートします。「全員おそろいになりました」となってから、大将がバンッとカウンターに出てきて、お席の17名お一人おひとりに挨拶します。それから始まります。
本当にそれがこう「始まる!」という感じなんですよ。カウンターにいるお客様17人を同じ自分の空気で包み込んでいくわけです。始まる前もちょっとこうなんかピリッとした緊張感もあって。そこまで演出してるんだなと。
僕なら6~7人だったら何とかなると思うんですけど(笑)。そういうことをどんな店もまだやっていない時代に、初めて「さゝ木」がやったわけです。
編集部:料理人としての宮下さんの基礎となってるんでしょうか。
宮下さん:なっていますね。特に大将からの影響は大きかったです。
たとえば料亭では、お部屋ごとのお客様によって、食事がすすむペースがまったく違うんです。それが「さゝ木」では、一斉スタート。初めてみたときは、圧倒されました。
大将は、お客様に「ささ、どうぞ冷めない間に。次の料理もきますんで熱いうちに」と伝えるんですよ。最初は「えっ?そんなことをお客様に言っていいの?」と驚きました。
その話を何年目かのときに大将に話したら、「当たり前や。こっちも命かけて、一番美味しいものを出してる。お客様もお金払ってわざわざうまいもんを食べにきてる。その期待に応えて最上の状態の美味しいものを出してるんやから」と言われました。
お客様とは対等な関係であって、だから今、このタイミングで食べてほしいという主張をするわけです。
もう単純に、かっこいいな。こうなりたいなって思いました。
編集部:すごいですね。
宮下さん:大将は毎日6時前におきて食材を仕入れに行くんです。20年以上ずっとそれを続けてるんですよ。だからこそ、自信を持ってできるんだと思います。
あと店の大掃除でも、大将が一番動いています。根がきれい好きなのもあるんでしょうけど、それを見ていたら周りも「おやっさん、あんなに動いてるのに(自分も)」ってなりますよね。
自分の背中を、ちゃんと体現して見せてくれる人です。僕はそこまでいろんな店の大将を知っているわけでもないですが、「さゝ木」の大将のような人はあんまりいないんじゃいかと。だから大将のまわりには、自然に人が集まってくるんだなと思います。
編集部:「祇園 楽味」はどんなスタイルなんですか?
宮下さん:「祇園 楽味」はまた本店とは全然違って、アラカルト(一品)で出すんです。まずお客様の目の前に食材をお見せします。祇園は食通の方が多いですから、「これを一口だけ食べたい」というような要望があるんですね。それを叶えるような割烹料理を提供します。
ずっとお客様の前で料理をふるまうのですが、あらためて僕はお客様の前で仕事するのが好きなんだ!と気づかせてもらいましたね。
わくわくする「楽味」スタイルの楽しみ方
編集部:現在、宮下さんがカウンター料理長をされているホテル「THE THOUSAND KYOTO(ザ・サウザンド キョウト)」の「KIZAHASHI(きざはし)」では、食材を見せて何を食べたいかの要望を聞いて料理を作り、お出しする「楽味」スタイルですよね?
宮下さん:「楽味」スタイルです。先付け以外は全部、お客様に選んでいただけます。
食材を並べたネタ箱を見せて、お刺身なら5種類の中から3種類を選んでいただきます。「5種類を1口ずつ」とかでもいいんですよ。
焼き物もお肉、魚で3種類ずつあって、1つずつ選ぶ。あとはお野菜。今だったら、お野菜だけのお椀を、合間に挟んでいきます。最後に「祇園 楽味」で人気だったすっぽんで炊いたフカヒレのソテーも出しています。
編集部:食べる方は、かなりわくわくしますね。お客様の反応はいかがですか?
宮下さん:僕はそこを意識したわけではないんですけど、まず見た目のインパクトがあるようです。お客様によっては、食材から選べるシステムをご存知ない方もいて、大きなまな板皿に食材を並べてお出しすると「うわあ」「選べない」と驚かれます。
食通の方は、例えばお肉だったら、「半分は焼いて、半分はビーフカツにしてほしい」といった要望をお話しされます。「どういう料理がいいか分からない」という方には、こちらから提案していきます。
編集部:お客様によって構成を変えるというと大変なイメージがあります。
宮下さん:お客様が食べられる量と、僕たちがこれは絶対食べてほしいというバランスを取るのはありますね。最初にちょっとお客様と会話して、ドリンクの時などに、お腹のすき具合を聞いたり、途中で声をかけながら、確認しながらすすめています。
お腹がいっぱいだったら「これを減らして」とか「半分のポーションにして」とか。最初から全体のポーションを減らして、全部を召し上がっていただく場合もありますし、本当にいろいろです。
今はコロナの関係で、来店数が決して多いわけではないので、逆に細やかにヒアリングしながら進めています。
編集部:その時の状況を読むというのは、難しそうです。
宮下さん:確かにお客様の注文を聞いてから調理していくので「お待たせして、申し訳ありません」とお声をかけることはあるんですが、細かい下処理も含めてお客様の目の前で作業しているので、「あぁ、いいよ。見てるのも楽しいから」って言ってくださいますね。
編集部:そういう楽しさもあるんですね。
美味しいのは当たり前で、「何か今日おもしろいことできへんの?」
編集部:お客様の要望で困ったことはないですか?
宮下さん:「祇園 楽味」にいた時ですが、常連のお客様から「海老チリが食べたい」と言われたことがありました。たまたま忙しくない状況だったんで、本当に海老チリを作ったことがあります。
編集部:海老チリ…。
宮下さん:「麻婆豆腐が食べたい」もありました(笑)。そんな風にして実際に公式なメニューとなったものもあって、シャトーブリアンを200グラム使った「ビーフかつサンド」は、お客様の要望から生まれまたものですね。
もちろん忙しい時は難しいんですが、「祇園 楽味」の料理長の水野さんが「お客様が喜んでくれるなら、やれることは全部やろうぜ」という考えなんですね。
編集部:お客様も「まさか本当に出てきた」という感じではないでしょうか。
宮下さん:常連様で「今日はおもしろいこと、できんの?」とおっしゃる方もいます。その方が来るときは、もう先に食材を用意して(笑)。おもしろかったですね。
編集部:お客様との掛け合いですね。
宮下さん:「さゝ木」でも、アワビのパスタを出したことがあるんです。アワビの肝のリングイネの上に、ソテーしたアワビの柔らか煮をのせて、アワビソースをぶわっとかけて。大将に「それOKですか?」と聞いたら、「うちは“うまいもん屋“やからOKや」と。
編集部:自由なんですね。
宮下さん:自由です。美味しいのは当たり前。「この取り合わせ、おもしろい!」というのを大事にしていますね。
発想力は「まかない」でみがくことができる
編集部:前回のリレーインタビューをさせていただいた角谷さんから「宮下さんは発想力がすごい」とお伺いしました。発想力はどのように鍛えているんですか?
宮下さん:発想力をあえて鍛えてはいないですね。でも今ふと振り返ってみれば、僕の発想力の源は「まかない」だったと思います。
店でスタッフが食べる「まかない」について口を出さない店もありますが、僕はまかないに口を出すんです。「これはここがおもしろかった。でも、ここはこういう風にしたらもっと良かった」とか「これは、なんでこんな風に作ったん?」とか。
編集部:結構、細かく。
宮下さん:めちゃくちゃ細かく言います(笑)。しかも全員に言います。だから僕もその手前、真剣に作ってましたね。
「まかない」は当番制で順番に作っているんですが、1週間から10日おきに自分の順番が回ってくるまでに「なんか面白いもんないかな」と常に考えてました。
後輩から「まかないについて言ってもらったことが今、役に立っています」と言われることも多いんですよ。
編集部:「まかない」は大事なんですね。
宮下さん:食材のことをずっと考えたり、こんな感じの味にしたいから合うものないかな、と考えて「あ!この食材といけそう」とか。合わせてみたら美味しかったとか。“おもしろい要素”を考える土台になると思います。
若い料理人が続けていける環境とは
編集部:そういえば宮下さんと一緒に「京都里山プロジェクト」をされている日本料理の料理人・酒井 研野さんが、以前の取材で「まかないにはその人の料理人としての姿勢が、食べたときにわかる」と言っていました。
宮下さん:そうなんですね。酒井さんとは仲良くさせていただいているんです。
それで一つ、僕が「こうなったらいいな」と考えていることがあるんです。酒井さんにも相談しているんですが、飲食業界は、若い料理人がなかなか続かないと言われていますが、お店で若い子を雇うときに、自分の店だけでなく、いろんなお店での職場体験ができるのがいいんじゃないかと。
せっかく料理人をめざしたんであれば、飽きずに長く続けてほしいなと思うんです。だから、お店同士で給与体系をすり合わせて、違う店に研修に行ったり、一年間などの期限付きでスタッフをトレードしたり、ひとつの店だけじゃなく、違う店や料理を学べる環境を作れないかなと。
僕自身が、いろんな経験をさせてもらえたことが良かったと思うので。
編集部:いいですね!
宮下さん:たくさんの人を雇えない小さな店も多いから、一人を雇って、ずっと大将と二人きりで顔つき合わせて、というのも限界があるじゃないですか。そんな時に、横のつながりを作る機会にもなると思うし、常に新しいものに触れる機会ができます。
店側も、他の店に行かせる手前、恥ずかしい姿を見せないよう、きちんと伝えないといけないという自分の戒めにもなります。今はまだ、構想段階なんですけどね。
紹介したいのは、クラシックもイノベーティブもこなす、イタリア料理の菱田 雅己さん
編集部:宮下さんがぜひ紹介したいという方はいますか?
宮下さん:菱田 雅己(ひしだ まさき)さんです。ミシュランの一つ星から三つ星まで、さまざまなイタリアのレストランで腕を磨いてきた方です。同じ「ザ・サウザンド キョウト」のイタリアンレストランのシェフをされていて知り合いました。現在は大阪府北部の島本町にある一軒家レストラン「MyS(マイス)」をオープンされています。
物腰がとても優しい方で、尊敬できる料理人のお一人です。
編集部:分かりました。菱田さんとお話できるのを楽しみにしています。
まとめ
日本料理と一口に言っても、そのもてなしのスタイルはさまざまです。料亭と割烹という形式の違いだけでなく、店ごとにこだわりがあり、理想があって、料理人の思いがあります。
母の横で見よう見まねで料理を覚えた少年が、料理することをひたすら愛し続け、大人になってなお、好奇心につき従って生きてこれたのは、伝統のなかで「新しいもの」を築いてきた先駆者との出会い、刺激を与えあえる仲間との出会いなど、料理に夢中になれる環境を無意識ではあっても自らの感性で選んできたからではないでしょうか。
宮下さんいわく、料理人として大事なことは何より「料理することが好きなこと」。日本料理の“わくわく”を、これからも期待しています。
<インタビュー:峯林 晶子・杉谷 淳子・方城 友子、記事作成:峯林 晶子>
<取材協力>
店名 | THE THOUSAND KYOTO(ザ・サウザンド キョウト)「KIZAHASHI(階)」 |
住所 | 京都府京都市下京区東塩小路町570番 |
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<写真提供>
THE THOUSAND KYOTO(ザ・サウザンド キョウト)
宮下 司
※インタビュー風景を除く