「新月」のお店の前で横山夫婦で撮った写真

前回の花屋「Jardin Clair(ジャルダン・クレール)」代表・フラワーデザイナーの小森 美樹さんからのご紹介。

神戸ハンター坂にあるレストラン「新月」の横山 美妃さん(画像右)が今回のゲスト。洗練されたアートな雰囲気をお持ちの女性です。

結婚を機に夫婦で店をオープンし、長年、料理人の夫・晋也さん(画像左)を支え、店の要としてお客様をもてなしてきました。

そんな横山さんの前職は美容師。「同じ接客業でも、飲食業界に入った当初は戸惑うことばかりだった」と話す横山さん。めざすおもてなしについて話をお聞きしました。

<プロフィール>
■横山 美妃(よこやま みき)さん
レストラン「新月」 マダム
鹿児島生まれ。高校卒業後、大阪の美容サロンで住み込みで修業。美容師免許、管理美容師免許、唎酒師の免許を取得。その後、高い技術力で知られる京都のサロン「Vivimus Vivamus」などに勤務。2010年、30歳で結婚を機に夫婦でレストラン「新月」をオープン。現在は、店の要として店の運営からスタッフの育成・フォローまで行う。

早く一人前になりたかった美容師時代

クックビズ世古:本日はよろしくお願いします。では早速ですがお生まれは鹿児島と聞いています。関西方面にきたきっかけは?

横山さん:鹿児島県南九州市で育ちました。もともと美容師になりたくて、高校卒業と同時に大阪へ来ました。

一日も早く一人前の美容師になりたかったので学校には行かず、現場に入りました。当時、華やかな世界に憧れてたんですよね。シャンプーの仕方から1つ1つ実地で仕事を覚えました。

座談会全体の様子

画像下:横山 美妃さん

クックビズ世古:美容師だったんですね。それでは飲食業界に入ったきっかけは?

横山さん:25歳で料理人だった夫と出会ったことです。でも1度、鹿児島に帰って遠距離でのお付き合いが続きました。

鹿児島でも美容師をしていたんですよ。しかし地元に帰ったら、周囲の実力の高さに衝撃を受けたんです。

数をこなせる美容師から、クオリティの高い接客ができる美容師をめざす

横山さん:自分は大阪での経験があるから、鹿児島でも通用するだろう、みたいなよくわからない自信があったんですが(笑)。

クックビズ世古:私も地方出身なので、都会で通用すればどこでも大丈夫だと思うというのはわかる気がします。

横山さん:そうなんです。でも地元でしっかりとお客様を獲得してレベルの高い仕事をしている。地方で明らかに負けている自分が悔しくて、それで本気でもう1回、美容師の仕事に向き合いたいと思いました。

自分に足りないもの…それは接客の質。もっと自分を磨きたいと思ったんです。それで自分なりに探してブライダルやメイク講習も行うオーナーのもとで表現力アップを図ったり、接客の質を磨くために京都のサロン「Vivimus Vivamus」に勤務しました。

お皿に乗った白くて丸いお料理

クックビズ世古:クオリティの高いお店だったんですね。

横山さん:はい。それまでは数をこなしてただけの、ただ単なる美容師だったと思います。

京都ではオーナーに、
「自分を安売りするな」
「言葉・身に着けるもの・しつらいに心が行き届くように」
などいろんな言葉をもらいました。

接客は「質」が大切だということを教えていただきましたね。

クックビズ世古:横山さんは接客が好きですか?

横山さん:はい、好きです。人と話すことも好きですし。人に何かをして喜んでもらうことが好きなんだと思います。

クックビズ世古:美容師を選んだのもきっとそういう理由からなんでしょうね。

美容サロン業界から飲食業界へ

クックビズ世古:そんな中、美容師からいざ飲食業界に転向されたんですね。

横山さん:はい、結婚を機に飲食の世界に飛び込みました。

クックビズ世古:10年以上続けた美容師から職種を変えるというのは、大きな変化です。ただ「接客業」ということで見ると通ずるものはありそうですが、そのあたりはいかがでしたか。

店内のカウンターで調理をするスタッフさんの写真

横山さん:いえ、それが最初はとまどったんですよ。サロンは平均したら若い女性が多かったので。それにマンツーマンですし、お客様の個人的な髪の悩みやお話をお聞きすることもあります。

しかし飲食店の場合、お客様は複数で来店されることが多く、年齢層や性別などもさまざま。

お連れのお客様との間柄や関係性を何となくくみ取ってお客様への応対の仕方を変えないといけないので、「接客」と一言で言っても、当時は戸惑うことも多かったですね。

クックビズ世古:どうやって乗り越えたんですか?

横山さん:やっぱり夫ですね。今思い返せば、狭い世界で生きてきて世間知らずだった私を、何気なくフォローしてくれていたと思います。

めざしているのは「余韻が残るおもてなし」

横山さん:それで考え方を変えました。お帰り頂くとき、お客様に「楽しかったな」「また来たいな」と思っていただけるように、“余韻が残る接客”を心がけるようになりました。

クックビズ世古:“余韻が残る接客”というと?

横山さん:例えば、一度来ていただいたお客様の好みや希望を把握しておくこと。
前回のご来店時に、飲み物に氷を入れたか、入れないのか、1つだけ入れるのか。その人が何を召し上がって、どんな会話をしたのか記憶するようにしています。

陶器の食器に花の乗ったジュレのような料理の写真

まるで絵画を見るような繊細な一皿。神戸・北野という食通が多く集まるこの町で、日本料理とフレンチを融合させたレストランを営む。

例えば「この前、〇〇だとおっしゃってましたが、その後いかがでしたか」
など。するとお客様も「おっ、覚えていてくれてるんだな」と笑顔に。

だから「料理で勝負する」というのは夫に任せて、私はお客様に「また来たいな」と思っていただけるよう“余韻が残る接客”を心がけています。

クックビズ世古:それらはすべて頭に記憶されているのですか。

横山さん:カルテを作っているんです。サロンでは、お客様の要望や前回どんなカットをしたか、どんなカラーリングをしたかなど、応対する上での注意点などを「カルテ」にまとめていたので、同じように今もそうしているんです。

そうやって事前にわかっている情報はすべてスタッフにも共有。加えて、
「お連れ様はこういう方なので、あまり踏み込まないようにね」
「今日は体調が少しお悪いようなので、この点に気を付けてね」
など、来店時に分かった情報やご要望などは随時スタッフに共有しています。

クックビズ世古:スタッフの司令塔ですね。

横山さん:サロンはファンが個人につきます。しかし飲食業界は店につくという感じです。だから、あそこの店でなく、この店に来たいと思ってもらうには、料理+接客=「みんなの力」を合わせる必要があるんです。

スタッフが定着しない…危機を乗り越えるたびに強く

クックビズ世古:ご紹介してくださった小森さんからは、横山さんのことを男性が多い飲食業界で、長く頑張っていると話していました。

横山さん:そうなんですか?でも当店は半分以上が女性です。いや女性は強いですね。調理スタッフも夫と新人以外は女性です。

クックビズ世古:それは意外でした。しかし夜は遅くなるときも?

横山さん:そうですね。でもサロンも夜は遅かったです。技術力向上のためにレッスンしたりね。

夜がメインのお店なので退勤は遅めですが、おかげさまで当店は定着率も良くて5年以上いるスタッフばかりです。

クックビズ世古:きちんとスタッフのフォローをされているんでしょうね。悩む時は誰かの支えが必要ですし。

店内でスタッフと一緒に撮った写真

今はスタッフの定着率も良く、営業時間が終わってから、みんなでお酒を楽しむことも。

横山さん:はい、コミュニケーションは大事ですね。当店はオープン時、スタッフ3人でスタートしたんですが、3~4年でスタッフが増えたんです。

でもその頃は売上を上げるのに精一杯。軌道にのり始めたばかりでスタッフのフォローまで気が回らなかったんです。

そしたら一気にスタッフが辞めてしまって…「あれ?」と。

横山さん:夫と二人になってしまいました。つらかったなぁ。人がいなくて。

二人で猛省。話し合いました。
「お客様も大切だけれど、スタッフも大切だよね。そうじゃないとうちの良さがお客様に伝わらないよね」と。そこからですね、スタッフが長く勤務してくれるようになったのは。

クックビズ世古:スタッフのフォロー・教育は大事ですよね。

コロナ禍は気づきの時間に。お客様との絆も深まりました

クックビズ世古:ピンチといえば、この1年、飲食業界にとってはコロナ感染拡大の影響で辛い状況が続いていますが、いかがでしょうか。

横山さん:売上はもちろん大きく下がりましたが、私としては考える時間をもらったんだと思うようにしています。視点が変わったというか気づきの多い1年でした。

コロナ禍でお弁当も提供していましたが、温かい料理を食べたい人もいますし、一人しかお客様が来なくても店は開けていました。

クックビズ世古:そうなんですね。

うっすらピンク色のお料理の写真

横山さん:そのためお客様とゆっくりお話ができるようになり、信頼関係は逆に強まったと感じています。

それにフラワーショップの小森さんをはじめ、神戸の飲食店様をはじめ、ご近所の方々も頑張っていらっしゃいました。

この取材だってコロナ禍でオンライン!Zoomを使うのも初めてでつながるかドキドキしましたが、これも良い経験だと思っています(笑)。

クックビズ世古:そう言っていただけて良かったです。本来なら、訪問して取材させていただくべきなんですが。こちらこそありがとうございました。

焼肉・韓国料理専門店「味道園」張 珉住さんを紹介します

クックビズ世古:では最後に、次にご紹介したい人を教えてください。

横山さん:神戸・元町の焼肉・韓国料理専門店「味道園」の女将・張 珉住(チョウ ミンジュ)さんをご紹介します。「味道園」は1961年創業。60年続く老舗です。

ミンジュさんの息子さんは実は当店のスタッフです。いずれは「味道園」の後継者となるでしょう。

ミンジュさんはね、愛のある接客をされるんです。今まさに自分がめざす接客スタイルをしていらっしゃいます。いつ訪れても、まるで我が家に帰ってきたような気持ちにさせてくれる…。オモニ(母)ならではの温かなおもてなしです。

クックビズ世古:お会いするのが楽しみです。今日はお忙しいところ、お時間いただきましてありがとうござました。

まとめ

「“余韻が残る接客”で、安心感・信頼感につなげたい」。
美容師~飲食店と長年接客スキルを磨いてきた横山さん。

今後の夢・目標についてお聞きしたところ、「夫の夢が私の夢」と即答。
コロナ禍など先行きが不透明な時代でも、「日々のていねいな積み重ねが幸せなことで、それが何かにつながっていき最終的なゴールになるんじゃないかと思っています」と希望へとつながる言葉をくれました。

毎日、一生懸命働いて充実した一日を過ごすということ。どんな仕事にも通じそうです。

次回は、みんなのオモニ。焼肉・韓国料理専門店「味道園」の張 珉住さんをご紹介します。

<インタビュー:世古 健太・方城 友子、記事作成:杉谷 淳子>

<取材協力>

「新月」の店頭の写真

店名 レストラン「新月」
URL 食べログ
SNS Instagram

<写真提供>

横山 美妃さん
※インタビュー風景を除く

▼続いてのリレーインタビュー記事はこちら

「小さなお店でも出会いと発見の毎日です」珉住さんが見つけた“飲食店で働く幸せ”とは?【リレーインタビューVol.8】