農地はバックに立つ堀内さんの写真

堀内 俊孝(ほりうち としたか)氏/株式会社堀内果実園 代表取締役
1972年生まれ。奈良県西吉野町で農林業を営む農家の6代目。東京農業大学を卒業後、事業を継承。28歳の時に奈良県4Hクラブ(農業青年クラブ)連絡協議会会長に。2013年法人化。生産出荷オンリーの事業スタイルから、6次化を図り、加工~販売を経て、2017年6月、カフェを併設した直営のフルーツショップ「堀内果実園・奈良三条店」をオープン。2019年3月には「グランフロント大阪」、続く11月に「エキュートエディション渋谷」に出店。2019年夏、地域の農業、食品産業の育成に寄与し、優れた経営体を表彰する「アグリフードEXPO輝く経営大賞」(主催:日本政策金融公庫)受賞。

日本のフルーツが、海外、特にアジア圏で注目されていることをご存じですか。日本では、「皮をむくのが面倒」などを理由にフルーツ離れがすすんでいますが、海外では富裕層を中心に、品質の高い日本のフルーツが大人気。輸出も伸びています。

そんな「フルーツのおいしさを多くの人に伝えたい」と、奮闘する堀内果実園の堀内さん。奈良県五條市で6代続く果物の農業生産法人です。家業を20代で継ぎ、ドライフルーツなどのヒット商品を生み出すとともに、いち早く、香港、台湾など海外に販路を見出します。

2017年に飲食業界に参入。現在、奈良、大阪、東京にフルーツショップを出店。“フルーツのおいしさが詰まったショップ”としてメディアでも話題になっています。

今回、トップインタビュー「食×クロニクル」始まって以来、山の上での取材!堀内さんにお話をうかがってきました。

ご自身のクロニクル(年代記)も最後にあります。

東京初出店!3店舗目となるフルーツショップが、「エキュートエディション渋谷」にオープン

──11月1日に、東京に初出店。おめでとうございます。
ありがとうございます。ちょうど店をお任せできる良い人材が見つかったし、タイミングが良かったんです。

──オープン前の話題のショップとしてTVでも拝見しました。
そうなんですね。「エキュートエディション渋谷」では、これまで出店した奈良三条店、大阪グランフロント店と同じように、ドライフルーツやコンフィチュール、シロップを販売するほかに、あんぽ柿にチョコレートをコーティングしたスイーツなど、少し大人向けの商品にも力を入れました。

──コーヒーやワインなどお酒にも合いそうです。
ありがとうございます。商品開発はかなり力を入れて行なっています。

「エキュートエディション渋谷」にオープンした「堀内果実園」の商品ディスプレイの写真

11月1日「エキュートエディション渋谷」にオープンした「堀内果実園」。
3店舗目にして東京初出店!<画像提供:株式会社堀内果実園>

農業から飲食業界に参入!“その先の満足感”を届けたい

──なぜ飲食の直営店を開こうと思ったのですか。
それは何よりも「フルーツを楽しむことを伝えたい」と思うからですね。
当園は、「フルーツを楽しむ」がコンセプト。楽しさを伝えるのに、どういう手法があるか考えた時、最初はHPでのフルーツの紹介から始まり、通販を経て、百貨店での販売、1週間だけの期間限定ショップと、いろいろ試してきました。
その中で、直営店でお客様にダイレクトに接することが、一番、永続的に伝え続けられると感じたんです。

──グランフロント大阪の「堀内果実園」を時々利用します。フルーツが丸ごとドンとのっかっていて、食べる人をワクワクさせます。
今は専任の商品開発、メニュー開発担当者もいて、生産部門などと連携をとりながら進めるようにしているんですよ。

柿の果実が16ピースものったボリューム満点のかき氷柿ティラミスの写真

かき氷柿ティラミス。柿の果実が16ピースものったボリューム満点の一品。
<画像提供:株式会社堀内果実園>

──柿ティラミスは、素朴な柿の味わいとマスカルポーネのコクのあるチーズクリームが絶妙です!
できるだけフレッシュなおいしさをお届けしたいので、余計な味付けは一切しないように心がけています。

──フルーツ本来の味わいが楽しめるのがいいです。また透明カップから見えるフルーツの層が、とても美しいですね。
盛り方ひとつで変わります。そこは地味だけど大事なんです。現場のスタッフには、そういった細かいところまで丁寧な仕事をしてもらえるよう指導しています。

──ブランド戦略も考えていらっしゃいますよね。
そうですね。「食べておいしい」「体にもやさしい」フルーツをお届けするのは当たり前だと感じています。どこの農家もおいしさを追究してつくっているはずです。だからこそ、店を出すならその先の満足感をお届けするのが務めだと思っているんです。それにはブランド戦略は欠かせません。

──出店場所も大事ですよね。
たかが3店舗目なのにとは思うけれど、ブランド戦略を考えると自ずとそのあたりは慎重になっていきます。人材もそろわないと出店できませんし。「エキュートエディション渋谷」は良いタイミングでお声がけいただいたと思っています。

赤ベースのドリンクの上に生クリームがのった商品の写真

<画像提供:株式会社堀内果実園>

──出店の判断を誤らないために心がけていることってありますか?
「エキュートエディション渋谷」の場合、出店する数年前から期間限定で品川駅のショップやその他の商業施設にも出店しました。売上実績や数値は重要な判断基準です。あとはヨコのつながりも大事にしています。

──ヨコのつながりというと。
期間限定ショップの出店仲間とかね、情報共有は有効ですね。あとは業界の研究会など、日々情報をとって日々勉強ですね。

──堀内果実園のスイーツは高級感があり、「自分へのごほうび」に購入する人も多そうです。
例えば「グランフロント大阪」に出店している会社なんて、資金が潤沢にある企業ばかりで当社が太刀打ちするのは正直しんどいんですけどね(苦笑)。でも、出すからにはパッケージやラッピングひとつにしてもこだわりたいんです。
そうした小さなことをケチったり、手っ取り早い商売はしないと決めています。

フルーツがたっぷり入ったサンドイッチの断面の写真

<画像提供:株式会社堀内果実園>

20代で柿農園を継いだら、経営は下降線だった

──今日は、フルーツの生産事業、海外輸出事業、飲食事業と多角的な展開をみせる堀内さんに話が聞けることを楽しみにしてきました。
こんな果樹園の山頂まで、わざわざお越しいただきましてこちらこそ恐縮です。

──それにしても気持ちいい秋晴れ。青空の下でインタビューできるとは思っていませんでした。
ははは。奈良でも五條市のある南西部は、吉野杉など林業も盛んな地域です。実は当園も農地より林地のほうが面積が広いんですよ。

柿の木がスラーっと並ぶ風景の写真

奈良県五條市にある堀内果実園(画像はその一部)。五條市は和歌山との県境にあり、日本で3本の指にはいるほどの柿の名産地。西南には世界遺産・高野山。東には桜の名所・吉野があります

──えっ?今もですか?
そうそう。林業は商売としては、父の代で限界を迎えました。高所の作業も多く、危険と隣り合わせの仕事なんでね。担い手がいないですね。今は管理している程度です。

──農園の6代目ということですが、いつ継いだのですか?
東京農業大学を卒業して間もなくです。実は父も同じ大学出身。超まじめな優等生だったようで、大学の先生からは「お前は本当に堀内君のせがれか?」なんて言われてね。

──東京に残りたいとは思わなかったんですね。
家業は継ぐのが当たり前だと思ってました。周囲の同級生たちもみんな農業など家業を継いでいましたし。疑問に思わなかったんですよ。

──1990年代頃はバイオテクノロジーの研究が盛んでした。各業界の研究職や薬品メーカーなどへの就職も引く手あまただったのでは?
大学では確かにバイオテクノロジーの研究が盛んでしたね。しかしオーガニックにも注目が集まり始めた頃で、対極した2つの研究が盛んな時代でした。私はオーガニックのほうに興味があり、そちらの講義やセミナーに出ていましたね。

笑顔でベンチに座り右手を挙げている堀内氏の写真

──今のナチュラルな商品構成に通じるものがありますね。でも20代で継ぐというのは、早い代替わりですよね?
農業界では早いかもしれません。卒業してしばらくは決算書も見ずに農園の手伝いをしていただけだったんですが、帳簿をみるようになって「こら、あかん」と。

──経営は傾いてたと。
経営は下降線。弟や妹も学生だったし、これから学費もまだまだかかります。なんとかしないとと焦りました。

作った柿を山に捨てた悔しさをバネに。トラックでの行商が転機に

──それでどうしたんですか…。
ある年、柿が供給過剰で卸値が大暴落したんです。市場に持っていっても引き取ってもらえず。

──卸したほうが、人件費や梱包代などでかえって赤字が増えると聞きます。
そうですね。それで父が「おい、俊孝、柿いらんって言われたわ。ちょっと山に捨てに行こうか」と。私は父に「ほんまに正気か?」と何度も問いただしました。「売れへんねから仕方ないやろう」と。あの悔しさは忘れられません。

木になっている柿の写真

「堀内果実園」では、柿のほかに、梅、ブルーベリー、かりんのほか、2019年からリンゴも生産。贈答品用の高級柿から、最近はドライフルーツも人気。
7つの果樹園があり、特別栽培(※)など体にやさしい農法で育てられています。
※特別栽培農産物とは、化学合成農薬および化学肥料の窒素成分を慣行レベルの5割以上削減して生産した農産物のこと

──せっかく育てた柿をすべて捨てるというのは無念です。
そうでしょう。だからそれからは捨てる柿を軽トラックに積んで、休み返上で売りに行くことにしたんです。片道1時間以上かけて大阪城公園や、泉北ニュータウンなどの住宅街にも行きました。いわゆる行商ですよ。

──柿の行商?豆腐や焼き芋のように?
そうそう。拡声器片手にね、ゆ~っくり軽トラックを走らせて。それが結構売れたんですよ。売れないときは、一軒一軒、訪問販売です。そのうち昼過ぎには荷台が空になるようになってきたので2トン車で行くようになりました。

──売れ残る日もありますよね?
雨が降った日とかね、時々売れ残ることもあります。そんな時はどうするか。あなたならどうします?

──無人販売…とかでしょうか???
そういう手もあるね。大阪市内で露天商をしている人たちがいてね。売れ残ると、その人たちに安く卸しました。ほぼ毎回、荷を空にして帰ってきましたよ。

──最後の1個まで売り切るという気概がすごいですね!
こっちは必死やからね。それがいつのまにか行商でキャッシュが貯まりはじめ、商いの面白さを知りました。大変でしたが、思い返せば楽しかったですよ。それが私の商売の原点です。

内果実園 グランフロント大阪店の商品ディスプレイの写真

「堀内果実園 グランフロント大阪店」には、トラックを模した商品棚がある。「原点を忘れないためにね、作ってもらいました」と堀内さん。

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