世界が注目する「HAJIME」が新しい仲間を求めている。
その「オープンカンパニー」に潜入取材してみた。

大阪・肥後橋駅から程近いオフィス街に佇むガラス張りのビル。スタイリッシュでシンプルな外観。この建物こそが「HAJIME」だ。

「HAJIME」といえば、もともとエンジニアだった米田肇シェフが、オープンからわずか1年5ヶ月というミシュラン史上最短で三つ星を獲得し、一躍世界にその名を知られるようになった。

今もAsia’s50 best restaurants、Foodie top 100 restaurantsに選ばれ、ミラノデザインウィーク2015では空間と食を融合させた芸術の提供で、ベスト・エンターテイニング賞を受賞している米田シェフの率いる「HAJIME」は、今、最も注目を受けるレストランの一つだろう。

そんな「HAJIME」が、就職会社見学会「HAJIME オープンカンパニー」を行うと聞き、潜入取材を敢行した。

はじめに―「HAJIME」の世界に潜入。

7月末、「HAJIMEオープンカンパニー」(就職会社見学会)が行われた。「最高峰のガストロノミーレストランであり、そこで働く人々は、日夜、たゆまぬ研鑽の日々を過ごしている。その頂点に立つ米田シェフは、さぞ厳しい方に違いない」。そんなイメージを持ちながら、私はおそるおそる、「HAJIME」のオープンカンパニーへ潜入した。

参加者は20名近く。意外なことに皆さんカジュアルな格好だ。調理学校の専門学生から劇団員の方、すでに料理人として働いている方など様々。しかし聞いてみると、共通しているのは全員が「HAJIME」のスタイルに惹かれているということ。

米田シェフは、普段からFacebookでの発信を行っており、多くの料理人や料理人を志す方々に読まれている。そうしたところからも、シェフの哲学はすでに彼らには伝わっているのかもしれない。

そんな方々に交じり、我々も兜の緒を締めて、いよいよ「HAJIME」の店内へ。

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HAJIMEが見せた、良い意味でのギャップ

朝10時、「HAJIME」の中に足を踏み入れた。実は私も、料理人のインタビューサイト「Foodion」に出ていた米田シェフのインタビューを読んでいたのだが、その記事に書かれた熱さと厳しさの入り交じる言葉を思いだし、緊張感が高まる。

しかし入ってみると良い意味でのギャップに驚かされた。

まずは、にこやかな「HAJIME」スタッフたちの握手が我々を出迎えてくれた。「ようこそ、HAJIMEへ」。同じ志を持つ参加者へのスタッフのまなざしは温かい。

入り口でシールを配られ、ファーストネームを書き胸に貼ってくださいとの指示が。なんと、今日は全員がファーストネームで呼び合うそうだ。なんだか親しみを感じて嬉しい。さらにミネラルウォーターを頂いた。自分の中で、緊張の糸が少しずつほぐれてくる。

店内に入ると、テーブルにはハジメさん(これからはあえてファーストネームで)が描いたというイラストや文章が、まるで美術館のように美しくならんでいる。そこには、会社のビジョンや料理のイメージなどを描いたものが集まっていた。細密なイラストは、設計図のような美しさがあり、文章はなんだか詩を読んでいるようだ。

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美術館にいるような気分で飾られたイラストを見ていると、声がかかりいよいよ説明会が始まる。まずはマネージャーのケンジさんから挨拶があり、その後、昨年4月から働いているというリョウカさんから、「HAJIME」の簡単な紹介などがある。

新卒一年目のリョウカさんから、「HAJIME」のコンセプトや哲学の説明がある。これは、お店のことを深く理解していないとできないことだ。自分と同い年くらいなのに、感心してしまう。

特に印象的だったのが、「”chikyu”地球」という料理の説明。もともと「mineral」という料理があったのだが、2012年にランチタイムをやめ、ディナータイムのみの営業にシフトするにあたって、もっと壮大なスケールの作品を創りたいという思いから改良を重ね、「”chikyu”地球」ができたそうだ。

約100種類もの野菜が芸術的に盛られたこの一皿は、“地球の循環”を表現した作品だそうだ。しかも、一皿を二人でシェアしながら食べる。何とも言えない美しい色のグラデーションは、見ていると吸い込まれそうになる。そして、テーブルいっぱいの大きさにデザインされている。

この約60cmの大皿は軽自動車が1台買える値段だそう。触って良いですよ、とのことだったのでここぞとばかりに触らせてもらった。このお皿に並べられた料理を想像するだけで、幸せな気分になってくる。

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そして私たちは3チームに分かれ、厨房を案内される。

さあ、いよいよ厨房へ…!

0.1mm単位のこだわりと柔軟な発想が詰まった厨房

私のチームの説明を担当してくださったのはフミさん。彼に続いて厨房に入る。

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まず目に飛び込んできたのは、見慣れない調理道具…というより機械。それもそのはず、この器具はもともと医療用の遠心分離機だそう。例えば、HAJIMEの料理では、ヨーグルトの液体を分離させるために使うらしい。口に入った時に感動的なテクスチャーになるように研究すると、この機械を使うことが今のところベストとのことだ。

他にはガストロバックという気圧を変化させて食材を調理する機械。これを使えば、食材の食感はフレッシュなまま、味や風味を浸透させることができるそうだ。噛んだ時の食感はフレッシュなまま、味や風味をその食材に浸透させることができるそうだ。

それからたくさんの器具を見せて頂く。0.1度単位で温度を測れる機械、工業用の0.1mm単位の定規、盆栽などにも使われるはさみ、医療用のピンセットなどなど。どの器具も綿密で繊細な料理を作るために必要なものなのだ。

医療器具や工業製品を調理に使う、という発想をする人がどれほどいるだろうか?しかし、”良いものを作る”というゴールのためならなるべく沢山の選択肢からその方法を選ぶという「HAJIME」にとっては、むしろこうなるべくしてなったのだろう。料理をその範囲内だけに留めない、「HAJIME」のクリエイティブな一面が伺える厨房だった。

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そのあともいろいろな調理道具や機械を見せて頂いていると、なにやらフミさんたちが作業を始めている。凄いスピードと精密さだ。いや、まさか、これは・・・?

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そう、なんとオープンカンパニーでは、「HAJIME」で提供する料理の一部を、実際に食べさせてくれるという。普段、なかなかこうしたお店に行くのが難しい学生には、嬉しい!フォアグラの料理を試食させて頂いた。

先ほどの医療用ピンセットを使って、フォアグラに塩やハーブ、ヘーゼルナッツなどを美しく盛りつけ、とても薄く焼いたパリパリのジャガイモでサンドしてある。人間が味を感じる舌の部分も研究済みで、塩を置く最適な場所にも理由があるのだとか。

そしてそのお味は…コクのあるフォアグラがハーブなどと混ざって口の中で複雑にほどける。完璧に温度調整されたとろけるようなフォアグラと、ジャガイモのパリパリッとした感触の違いが絶妙。大きさは2㎝角程だが、その中にぎゅっと複雑なハーモニーが凝縮していた。ここには宇宙がある……!

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スタッフそれぞれの想いを語り合う

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さて、試食の興奮も冷めやらぬまま、厨房を後にする。続いて、来たのは5階のオフィスだ。

大きな窓から光が取り入れられて明るい室内には、センスの良いモダンな家具が並ぶ。奥のデスクには最新のコンピュータが。こじんまりとしていて清潔感があるが、温かさを感じるオフィス。レストランのオフィスとは思えないほど、お洒落なオフィスだ。

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オフィスについてリョウカさんから説明が入り、その後ソファにスタッフの方々と参加者の皆さんが丸くなって座る。しばらくするとドアが開き、ハジメさんが登場した。なんというか、いわゆる「料理人」の見た目ではない。細いフレームの眼鏡にすっきりとあげた髪、白のTシャツに紺のパーカー、白のハーフパンツというファッション、そしてスマートな立ち姿は、料理人というよりファッションモデルのようだ。

そして、和やかな雰囲気の中、懇親会が始まった。参加者にとって憧れの存在である「HAJIME」のスタッフ。そんな方々と体がくっつくほど至近距離で語り合えるのも、このオープンカンパニーの魅力だ。

お会いする前のハジメさんは、自分にも他人にも厳しい、有り体に言うと、「怖い」シェフのイメージだった。しかし、その印象はこの懇親会で一変した。「オープン」で「若い」。スタッフとの掛け合いも軽妙で、ポケモンGOの話なども飛び出したりした。

スタッフによると、営業時間中はオーラが変わる、ということもあるそうだが、少なくとも、この懇親会では「爽やかで頼れるアニキ」という印象だった。

ひとりひとり自己紹介を終えると、早速質問が飛び交い、そのひとつひとつに丁寧に答えてくださるハジメさんとスタッフの方々。いくつか抜粋して紹介したい。

Q.医療用の器具などを調理に使うのはなぜですか?

ハジメさん:基本的に料理っていう概念があまりないんですね。先に着地点を決めておいて、そこに到達するための手段として器具を使う。だから調理の手段は、はっきり言って選ばないです。料理だからこれはダメ、とかはなくて、むしろ可能性のほうをいつも探している、という感じです。

Q.どんな人材を求めているのですか?

ハジメさん:「HAJIME」はガストロノミーを通して人類に貢献したいと思っている。だからその思いに共感してくれる人でないと。修行をしにくるのではなく、僕たちと一緒に何かをやっていこうと思ってくれる人がいいですね。それから大胆な子、繊細な子、いろいろな人材がいる方が良いかな、と思っているので、チームとして一緒にやっていける人かな。

Q.料理人を辞めたいなと思ったことはありますか?

ハジメさん:料理人を辞めたいな、と思ったことはないけど、働いていたお店を辞めたいな、と思ったことはあるかな。若い頃だけど。僕がいたお店は厳しくて、毎日毎日怒られて。やっぱりしんどい時ってうまくいかない時なんだけど、結局辞めても何もないかな、と思うんですよね。やめても必ず問題はくっついてくる。しんどいな、やだな、と思うもう一方のところで、何か方法はないかな、って考えてる。その繰り返しです。そうやってるうちに、解決方法が見つかるっている。それを繰り返していますね。

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ここに書ききれないほど、参加者からの質問は途切れることがなかった。それに対する回答も、「HAJIME」に対する熱意、料理に対する熱意を感じた。他にも1日のスケジュールや厨房の様子など様々な質問が出るが、その返答から一貫して思ったことがある。「HAJIME」は、お客さんもスタッフも、どちらも大切にしているのだろう、ということだ。

すべてはゲストの皆様に満足していただくため、と口をそろえておっしゃるスタッフの方々。最高のパフォーマンスを、最高のスタッフが届けてくれる。それが「HAJIME」だと感じた。

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これからの「HAJIME」、これからのガストロノミー

懇親会が終わり、もう解散かなと思っているとサプライズが!2015年イタリア・ミラノで展示した、「LEXUS – A JOURNEY OF THE SENSES」で「HAJIME」が担当したインスタレーションガストロノミーの3つのブースのうちのひとつ、「RAINー雨」を再現して頂けるという。なんという贅沢。ミラノに行った気分だ。

入口には黒い傘を差したスタッフが立ち、ひとりひとりに小瓶を渡してくれる。小瓶には「RAIN」の文字、中身はキラキラした粉のようなもの。「口に含んでください」と言われ一気に流し込むと、甘い味とともに粉がパチパチ。中身は粉状の飴だった。

驚いていると、目の前の大きなスクリーンには、雨の映像と音が流れ始める。自分の口の中のパチパチという音と一緒になり、感覚がふわふわしてくる。参加者は皆吸い込まれるようにスクリーンを見ている。映像と空間に味覚を巻き込んだ体験。すごい!!!

「食べる」という行為だけに食を留めず、新しい体験を提供し続ける「HAJIME」を感じた。

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料理に留まらないガストロノミーの進化を目指す「HAJIME」。レストランで培ったガストロノミーの力を、宇宙や医療といったいろいろな分野との融合によって、新しい可能性を見出していくのが今後の目標だそうだ。

こうしたオープンカンパニーを実施するのも、さまざまな分野に挑戦する上で、人材の受け入れも積極的に行っていきたい、ということがあるのだろう。

これからの「HAJIME」が目指すのは、日本一のレストランではなく、AppleやGoogleといったところだそう。誰も見たことのないような、何か面白いことがここ「HAJIME」から起こりそうだ。

あとがき―「HAJIME」と若い力

今回のオープンカンパニーの目的は、「HAJIME」をもっと身近に感じてもらう、ということだったそうだが、その狙いは完璧に果たされただろう。集まっている参加者の多様な顔ぶれ、「HAJIME」スタッフと会話を交わすときの好奇心に満ちあふれた目を見ていると、「HAJIME」が、「次の時代のガストロノミー」を創る集団へ進化していく過程を見ているようだ。

もちろん、その進化を支えるのはスタッフの方々だ。

本イベントも、中心となって進行していたのはスタッフの方々であった。若いスタッフが主体的に活躍している点も、「HAJIME」の「HAJIME」たる所以の1つだろう。「HAJIME」を強く支えるスタッフ、その姿も今回の取材では非常に印象的に感じられた。

今回のようにオープンカンパニーという形で学生に自己表現するお店はまだまだ少ない。ただ、こうした動きは、今後、これまでとは違った種類の人材を求める次世代の料理店にとって、一つの型になるのではないだろうか。

若い世代に門戸を開け、伝えていく「HAJIME」。今回参加した中から「HAJIME」の次のビジョンを実現する人が現れるかもしれない。

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こちらもお読み下さい。
「HAJIME」米田肇氏 インタビュー。
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