カウンターに腕をかけ笑顔の藤巻さんの写真

東京、横浜、大阪で6店舗のイタリアレストランを展開する「サローネグループ」。いずれも予約が取りにくい人気店ばかりですが、その統括ゼネラルマネージャーを務めているのが藤巻一臣さん。サービスマンとしての接客は、“藤巻劇場”と称されるほどで、数多くの熱烈なファンがいました。

そんな藤巻さんは、2013年に大阪「クイントカント」の新店オープンを手がけた後、キャリアを一転させ、山形県南陽市に移住してワイン醸造家への道を選択します。
造るのはテロワール(風土)をいかし、有機栽培したブドウを野生酵母で発酵させるナチュラルワイン。酸化防腐剤を使わず、補糖・補酸をしないワインは、ブドウ本来のジューシーな香りが引き立ちます。
サービスマン時代からナチュラルワインに魅せられ、ついには自身のワイナリーを設立。50才から新たな夢を追いかける藤巻さんにお話を伺いました。

<藤巻一臣氏プロフィール>

1965年神奈川県生まれ。
2005年に銀座「リストランテ シチリアーノ(現在は閉店)」を皮切りに、「サローネ2007(横浜・元町)」「ビオディナミコ(東京・渋谷)」「イル テアトリーノ ダ サローネ(東京・広尾)」「クイントカント(大阪・中之島)」と数多くのイタリアンレストランを手掛け、各店補を予約がとりにくい人気レストランに成長させる。カリスマ性のあるサービスマンとして自身も人気を集める。
2014年より山形県南陽市に移住。ブドウ栽培とワイン造りを未経験からスタート。
2017年に山形県南陽市にワイナリー「株式会社グレープリパブリック」を設立。現在取締役。
ブドウ農家、ワイン醸造家であると同時に、イタリアレストランを展開する「サローネグループ」のゼネラルマネージャーも引き続き務めている。

初めて「うまい!」と思ったワインが、ナチュラルワイン

──サローネグループのレストランでは、ナチュラルワインが提供されていますが、ナチュラルワインとの出会いはいつ頃ですか?

藤巻氏:国内外のいろいろなワインを飲んできましたが、実はワインを美味しいと思ったことは、なかったんです。仕事後にビールを欲するような、飲みたくて飲みたくてたまらないと求めるワインはなかったですね。平(サローネグループの代表取締役、平高行氏)と1998年にレストランを始めましたが、ワインは仕事の道具でしかなかったんです。

ところが2004年のある日、「サッサイア(Sassaia)」というイタリアのナチュラルワインを飲み、衝撃を受けました。今まで飲んだことがない液体で、心の底から美味しいと思ったんです。椅子から転げてしまうほど、ぶっ飛びましたね。そこからナチュラルワイン一辺倒。2007年、横浜に「サローネ2007」をオープンした時は、全てナチュラルワインにしました。

──今でこそナチュラルワインは人気ですが、店でナチュラルワインだけを提供することに反対は当時なかったですか?

藤巻氏:単純に自分が美味しいと思わないものを、売りたくないと思ったんです。レストランは、シェフやソムリエが感じた美味しさを、お客さまに追体験してもらう場所。それをどれだけわかりやすく、しかもこれだったらお金を払いたいと思っていただけるかだと思います。反対する従業員もいましたけど、いつも一人で突っ走りますから(笑)

6本のワインが並んでいる写真

GRAPE REPUBLIC(グレープリパブリック)のエチケットは日本らしさを意識して作られている。南陽市が発祥といわれる「鶴の恩返し」の鶴をモチーフにしたデザインは海外でも好評。左から3本目はりんごのシードル。(ライター撮影)

2011年の東日本大震災が、山形と自分をつないだ

──ナチュラルワインが好きな藤巻さんが、醸造家へ。その過程に、どんな出来事があったのですか?

藤巻氏:サローネグループが、日本のイタリアレストラン業界でしっかりと認知されたと感じたのが2011年くらいです。その後どうしよう、海外いっちゃおうか、みたいなことを考えていた時に東日本大震災が発生しました。

東京も揺れましたし、テレビでは津波の映像が繰り返し流され、福島がとんでもないことになっている。もしかしたら、東日本が壊滅するという不安が頭をよぎりました。ありがたいことに、2週間もせず客足は戻り、横浜の「サローネ2007」は満席になりましたが、何かがひっかかる。東北でとんでもないことが起きているのに、ただ見ているだけの自分が虚しかったんです。

──被災地で炊き出しをすることになったのですね。

藤巻氏:知人に誘われ、まずは150食のおでんを作り、石巻まで運びました。4月上旬に見た光景は、一生忘れることができないです。海岸線を走っているのは自衛隊車輌だけ。そこに、遺品か何かを探している人がポツポツいる。戦争も大災害も経験していない私にとって、トラウマになるくらいのインパクトがありました。Twitterを使って組織的にお金や物資を募り、1年間で30回くらい炊き出しに行きました。

レストラン営業と、炊き出しの仕込みで疲労がたまってきた秋頃、中間地点の山形で泊まることにしました。平の実家が山形県南陽市で、ブドウ農家をしていたんです。翌年春にも訪れたら、ブドウ畑が4分の1になっていて。平の父親は他界しているし、いとこは会社勤めでブドウの作り手がいない。「なるほど、こうやって世の中の農村は衰退するんだ」と、その時は他人事のように眺めていました。

たくさんなっているブドウの写真

山形県南陽市のブドウ畑(2016年撮影)
写真提供:GRAPE REPUBLIC(グレープリパブリック)

残りの人生をナチュラルワイン造りにかける

──2014年には山形に移住されますが、2013年に大阪中之島に「クイントカント」を開店された頃には、すでに醸造家への転身を意識し始めていたのですか?

藤巻氏: 当時、社内には大阪出身者がほとんどいないし、大阪での出店は反対者が多かった。でも、もともと鼻が効くというか、絶対に流行る!という自信があったので「じゃあ、私が立ち上げに行く」と大阪で奔走する日々でした。

その時に大阪で仲が良かったのが「HAJIME」の米田肇シェフや「ル・シュクレクール」の岩永歩さん。そして、大阪・中之島や清澄白河で都市型ワイナリーを経営するフジマル醸造所の藤丸智史さんです。

単身赴任で連日朝帰りの生活が続き、休日が1日だと東京の家族の元に帰る元気もないくらい疲労していました。飲みに行くのも嫌だし、たまたま藤丸さんがブドウ畑の手伝いを募集していたことをふと思い出して、参加したんです。今思うと普通の農作業ですが、傾斜地で草刈りを1日やるだけでクタクタになる。でも、そんな疲労感が、とっても心地よかったんです。

──「クイントカント」が軌道に乗ったら、東京に戻ってレストランでサービスマンをする予定だったのですか?

藤巻氏:実は「クイントカント」で現場は終わりにしたいと考えていました。やりきった感があって、当時は何か面白いものがないかと次を探していました。東京に戻る日が近づいてきて、仲間と飲んでいた時に、藤丸さんが「平さんの実家で、ワイン造ったらいいじゃないですか?」と言ったんです。冗談でしょと笑い飛ばしましたが、そこから色々なことがつながり始めて、ワイン造りを具体的に考えるようになりました。

山形県南陽市に1人移住し、農作業からのスタート

──震災時に数回訪れただけで、親戚や知人もいない山形に移住。ブドウ作りの知識もなかったと伺いましたが…

藤巻氏:2013年11月のドカ雪が降った日に、平と一緒に山形を訪れました。雪景色を見ながら、残りの人生をかけるのはここだと思いましたね。震災の炊き出しをしていた時に、これから10年は東北支援をしないといけないと仲間と話していたのに、大阪に行ってしまったことが心にひっかかっていて。

翌年の2014年4月に再び平と山形に行った時には、心は決まっていました。その日に自分が住む部屋を借り、Facebookに写真をアップしたら、何も知らない家族にバレてしまいました。完全に事後報告です。平からは「凄い鼻が効くし、今まで失敗したことがないからきっと上手くいくと思うけど、一言だけ言っておくよ。俺絶対に手伝わないからね」と釘を刺されました(笑)

──とはいっても、ブドウ畑での農作業は大変だと思います。サローネグループの社員もブドウ作りに参加したのですか?

藤巻氏:誰も手伝わない!(笑)全て1人ではじめました。移住当初、近所の農家に、ブドウ作りを教えてくれと頼んでも、誰も教えてくれない。田んぼのあぜ道を補修する集まりに参加したら「誰だあいつ」みたいにジロジロ見られるところからのスタートです。当時49才でしたが、一番の若造。仕方ないからガンガン働きました。

ある夜、区長さん他50人ほどが集まる飲み会があり、末席で酒を飲んでいると「そもそも何をしに来たんだ」と聞かれて。「ワイナリーを造ろうと思いますが、ブドウの作り方を知らないので誰かに教えてもらわないといけない」と、ベロベロになりながら熱く語りました。その場で一番エラい区長さんに頼みにいけと周りに言われ、酔った勢いでお願いしたら、1ヶ月ほど区長さんのブドウ畑で手伝わせてもらえることになって。ブドウ作りを学び始めたのはそこからです。
そのうち、雪の重みでつぶれて耕作放棄地となっていたブドウ畑2反(2,000㎡)を譲ってもらい、やっと自分でもブドウを作ることができるようになりました。

現在は、山形県南陽市の自社農園と契約栽培農家で作られたブドウを中心に、ナチュラルワインを造っています。スチューベン、ネオマスカット、シャインマスカット、デラウェア、ロザリオビアンコ、ナイアガラなど、さまざまな食用ブドウを、ブドウの果皮にある野生酵母のみで醸造して、ブドウ100%のナチュラルワインを造っています。

斜面に立ち並ぶブドウの木の写真

山形県南陽市のブドウ畑(2016年撮影)
写真提供:GRAPE REPUBLIC(グレープリパブリック)

日本と南半球で造ることで、3倍速の経験ができる

──2017年にワイナリーを設立されましたが、今は山形以外にニュージーランドやオーストラリアでもワインの醸造をされています。どのようなつながりですか?

藤巻氏:私は50才だし、これから頑張っても10回くらいしかワインを造れない。でも、季節が逆の南半球でも造れたら、1年で2回の醸造経験ができる。
そこで、南半球のナチュラルワインで一番美味しいと思った、ニュージーランドの「DON&Kindelli(ドン・アンド・キンデリ)」を醸造修業先に選んで、ぜひ手伝わせてほしいというメールを直接送って、受け入れてもらいました。最初にニュージーランドに行ったのは、2016年春でした。

コペンハーゲンの超有名店「noma」のワインリストにも載っている、新進気鋭のナチュラルワイン醸造家アレックス・クレイグヘッドの元には、1ヶ月間滞在しました。アレックスはとにかく何でも教えてくれて、驚くほどオープンマインド。酸化防止剤などの添加物を一切使わない、補糖や補酸を行わない、菌が繁殖しないように徹底的に掃除する、などナチュラルワインの基礎についてたくさんのことを学びました。

アレックスに「カズはワインを造らないのか?」と聞かれ、グレープリパブリックとしての初めてのワインは仙台のワイナリーで委託醸造することになっていると伝えると、「じゃ俺も行くよ」と、ニュージーランドのオフシーズンに来日して手伝ってくれたんです。ニュージーランドで教えてもらったことを確認しながら、日本で一緒に取り組みました。初めてできあがったワインを飲んだら、本当に美味しくて感動でしたよ!

注:2016年はまだグレープリパブリックのワイナリーが山形県南陽市にオープンしていなかったため、プロデュースワインというかたちで委託醸造して2017年にリリース。2017年にオープンした山形県南陽市の自社ワイナリーで醸造したワインは、2018年春に初リリースされた。

アレックス・クレイグヘッド氏と藤巻氏が笑顔でブドウの木の下でしゃがんでいる写真

ニュージーランドのワイナリー「DON&Kindelli(ドン・アンド・キンデリ)」を率いるAlex Craighead(アレックス・クレイグヘッド)氏と藤巻氏。ふたりのコラボワインは業界からも注目を集めている。
写真提供:GRAPE REPUBLIC(グレープリパブリック)

ブラックホールのような巻き込み力で“GRAPE REPUBLIC(グレープリパブリック)=ブドウ共和国”を現実に

──今後の夢を聞かせてください。

藤巻氏:まずは、日本全国にグレープリパブリックのワインを流通させること。そして、海外のナチュラルワインバーに並ぶことです。
レストランでは、お客さまの笑顔とか、帰りに次の予約を入れてくれるとか、日々明確なリターンがあります。ワイン造りはまったく違う。ブドウは1年に1回しか作れないですし、それを1年かけて売るので結果が出るまでにタイムラグがある。でもストレスを感じないから、フラストレーションはゼロです。

この歳で同窓会をすると、みんな病気自慢。私はそういうのが一番嫌いです。これからこうやって生きていきたい!と未来の話をしたいのに、振り返ってばかり。あとは、子どもの話。子どもの未来ももちろん大事だけど、自分の未来も大事でしょ。子どもに全てを投じ、文句を言いながら会社に通うのって、健康的じゃない。そこからは何も生まれないんです。

真剣な面持ちで語る藤巻さんの写真

GRAPE REPUBLIC(グレープリパブリック)のワイナリーがある山形と、家族が住む東京を行き来しながら全国を飛び回る。ワインに対する並々ならぬ情熱が溢れ出るパワフルな藤巻氏。(ライター撮影)

──自社の醸造施設が完成したのは2017年9月。醸造免許を取得して3万本生産し、今年2018年には5万本を生産予定です。こんなにも順調な要因はどこにあると考えていますか?

藤巻氏:ワイン発祥の地といわれるジョージアでは、伝統的にアンフォラと呼ばれる陶製の瓶を土中に埋めてワインを自然発酵させていました。他の地域でも数百年前までは使われていたこの伝統的な製法は現在世界各地でまた注目を集めています。弊社もこの製法を取り入れ、スペインから直輸入したアンフォラを使用してナチュラルワインを造っています。事業計画では5万本売れば設備投資を回収し、黒字転換できます。1人ではじめたブドウ作りでしたが、今は社員3人・フランス人研修員1人・私という5人体制になりました。すべて運というか、人の縁に導かれた結果です。

陶器の壺を土中に埋めて、その中にブドウを入れて自然発酵させている様子の写真

アンフォラと呼ばれる陶製の瓶を土中に埋めて、その中にブドウを入れて自然発酵させる醸造法。
写真提供:GRAPE REPUBLIC(グレープリパブリック)

藤巻氏:山形県南陽市のブドウ畑は、実は5年間で25%減少しているんです。デラウェアの値段が1kg(ワイン1本に必要なブドウは1.2kg)100円くらい。加工用に糖度をあげていても150円くらいでしか売れない。それじゃあ生産意欲がなくなります。お金と夢の両方がないと、産業は繁栄しないです。夢だけでは食えないことを飲食業で経験しているので、私は1kg250円で買っています。その代わり、除草剤の使用NGはもちろん、糖度や収穫日を指定させてもらっています。

嬉しいことに、うちのためにブドウを作ってくれる農家が増え、年々生産量が上がってきています。そして地区55世帯中、新たに3人の息子がブドウ農家を継いだんです!以前は老人しかいないところでしたが、家を継いだ世代やうちの若いスタッフ、フランス人やニュージーランド人など国際色豊かな人たちがいる場所に生まれ変わってきているんです。

土地ごとの気候、地勢、土壌だけではなく、そこに暮らす人や文化をも含めたテロワールを大切にした、ナチュラルワイン造りをしたいと名付けた「GRAPE REPUBLIC(グレープリパブリック)」。
webサイトには、「新規就農者や新たなワイナリーを集め、増え続ける耕作放棄地を再生させたい。そして、ゆくゆくは南陽市の名産品とのコラボレーションやアグリツーリズムなども展開し、街全体で“GRAPE REPUBLIC(グレープリパブリック)=ブドウ共和国”といえるような一大ワイン産地を形成したい」と書いたけれど、この夢は現実にしたいね。

私が死んでも「藤巻さんがここでワイナリーを始めたのが原点」なんて語り継がれたら、最高の人生じゃないですかね!

取材協力

企業名 株式会社グレープリパブリック
企業名 サローネグループ(有限会社ジュンアンドタン)
Facebookページ 藤巻一臣 ぶどう農家 ワイン醸造家 サービスマン (サローネグループ ゼネラルマネージャー)