着物姿の小田島さんが店前で立っているところ

小田島 春樹(おだじま はるき)氏/有限会社ゑびや 代表取締役
1985年、北海道生まれ。高校生の時にネット販売事業を起業。大学入学で上京し、マーケティングと会計を学ぶ。大手通信会社に入社。組織人事や事業立ち上げを経験。退職後、三重県伊勢市にある妻の実家の老舗店を受け継ぎ、「ゑびや」代表に就任。AIなどを用いたデータ分析を取り入れ、経営改革に取り組む。三重大学にて地域イノベーション学研究科博士課程単位満了修了。2018年、株式会社EBILAB(エビラボ)を立ち上げ、来客予測を主軸としたデータ分析システムのサービス開始。マイクロソフト「People who inspired us」にて事例が紹介されるなど、世界からも注目を浴びている。

地方にある小さな飲食店が繁盛するためには、一体何が必要なのでしょうか――
三重県伊勢市は、伊勢神宮への参拝客が集う関西を代表する観光地。この地で100年以上続く食堂「ゑびや大食堂」は、2012年に約1億円だった年間売上高を、7年後の2019年に5倍に増加させ、一躍話題となりました。

「ゑびや大食堂」を繁盛店へと変えたのは、データに基づく経営判断。独自開発したデータ解析システムをはじめとする一連のデジタル技術の導入は、お店を繁盛店へと変えただけでなく、フードロスや労働環境など、社会的な課題にも画期的な改善をもたらしました。
代表取締役の小田島さんにお話をお伺いしました。ご自身のクロニクル(年代記)もあります。

地方の小さな老舗食堂が7年間で売上約5倍、収益約10倍に

──小田島さんが「ゑびや」に入社したのは2012年。その頃のお店の状況を教えてください。
「ゑびや大食堂」はお伊勢さん、伊勢神宮への参道「おはらい町」にあります。当時は本当に、いわゆる昭和の古びた食堂でした。

僕が妻の実家の跡取りとして入った翌年に、伊勢神宮の最大のお祭りである式年遷宮(しきねんせんぐう)がありました。観光地としては盛り上がっているはずの時期で、行列の店もあるのに、うちには入らないという状況でした。

──要因としてはどこにあったのでしょう。
時代の変化に対応できていなかったんです。たとえば帳簿は手書き、会計はそろばんだし、古い付き合いの仕入れ先との習慣で仕入額を見直すこともなく、従業員のサービスも決して質が高いとはいえませんでした。昔ながらの変わらない経営が続いていたんです。

えびやの外観と前の道

1912年創業の食堂「ゑびや大食堂」は、伊勢神宮への参道「おはらい町」のなかにある。

──このままでは、経営がダメになってしまうと。
確実に見直しが必要でした。手書き帳簿をデータ化し、POS(※1)を導入したり、さらに取引先やメニューを見直すなど、さまざまな取り組みを実践しました。

──その結果、7年間で売上約5倍、収益約10倍を実現。特に注目されているのが、AI(※2)やIoT(※3)といったデジタル技術の導入です。
2012年で約1億円だった売り上げが2019年には、5億円に達しました。自社開発したシステムではAIやIoTを活用したことで、大きく生産性を上げることができ、嬉しいことに海外からも評価していただきました。

(※1)POS/物品販売の売上実績を集計するためのシステム
(※2)AI/人工知能。学習・推論・判断など人間の知能のはたらきをさせるコンピュータプログラム。複雑な解析を可能にするビッグデータ、画像・映像からの情報の抽出、音楽や文字を生成させる機械学習などがある
(※3)IoT/Internet of Things(モノのインターネット)の頭文字。モノを使ったインターネット経由の通信

<「ゑびや」で開発された主な“見える化”ツール>

①来客予測システム
気象データや過去の売上実績、近隣の宿泊状況などを収集し、翌日の来客数を予測。的中率は9割を超える。

②店舗サービスでのウェアラブルデバイス活用

  • オーダー呼び出し
  • 売上情報の共有 ほか

③プラットフォーム「TOUCH POINT BI」
クラウドデータベースを活用してデータを自動で収集分析する仕組みを開発。
売上管理のPOS、他社サービスほか、店頭や店内に設置したカメラで、通行客の行動や、お客様の年代、性別や店内の行動を分析。自動マーケティングのプラットフォーム。

④Slack(チャットツール)による社内共有

スタッフ全員が腕につけるデバイス

店内でスタッフが身につけているウェアラブルデバイス。オーダー、お客様からの呼び出しだけでなく、その日の入店率、目標売上などが表示される。

店内のテーブルに設置しているタッチパネル

店内のテーブルにはタッチパネルを設置。呼び出しやお冷ボタンを押すとスタッフが身につけているデバイスへ配信される。

──特に注目されているのが“来客予測システム”と“マーケティング効果測定”です。どのようなものでしょうか。
来客予測は天気予報、前日比、前年比など100以上の緻密な数値をもとに抽出されています。僕自身も今はもう、どのような分析のうえで予測されているかは、正直わかりません(笑)。

「ゑびや」では、この来客予測システムの的中率は9割という高い精度を誇っています。

──このようなシステムを使うことで、経営にどのようなメリットがあるのでしょうか。
これらを使うことによって、さまざまなことができるようになりました。

たとえば、翌日の来客予測がお昼の1時にピークがあるなら、その時間帯にスタッフを多めに配置する。また逆に3時ごろが少ないなら、その時間にチラシを配る。効率的なシフト調整や販促が可能になります。予測することで、ゆとりを持った気持ちの良いサービスにもつながっています。

また、注文メニューも予測して絞り込むことができます。これによって翌日の米の炊飯量が判断できるようになり、食材の廃棄がほとんどなくなりました。生産者の方たちと食品ロス分を含まない適正価格での取引ができるようになったのも、大きな変化だったと思います。

さらに、店の前に設置したカメラで通行人の人数を算出し、そのうち来店したお客様の人数、性別、年齢、表情などから入店率を割り出すことで、商品開発や販売促進の予算、内容、効果測定ができるようになりました。

男性スタッフが社内にあるモニターをチェックしているところ

仕入れ状況の共有画面を確認するスタッフ。さまざまな情報はプラットフォームで一括管理されている。

──商品開発、販促、サービス、仕入れ、食材ロスなど店舗運営がガラリと変わるんですね。
「ゑびや」の改革の目的は言ってみれば「経営の“見える化”」なんです。データ解析により経営や運営の状況を数字で把握することで、より生産性の高い経営にしていくという仕組みです。

──小さな規模の企業で取り入れることに、大きな価値を感じます。

個人商店や中小零細企業では、設備や人材に投資しにくく、経営者の主観だったり勘だったりで、経営を感覚的に決めていく傾向が見受けられます。正しいデータで経営を把握していくことは、経営の大きな変革になるはずです。

ゼロをイチに!「モノを売る」仕組みを知った

──小田島さんは34歳。お若いですが、そういった経営に対する考えは、いつごろから持っていたんですか。
僕は北海道出身なんですが、子供の頃、祖母が海外輸入の為替取引を行なっていて、祖母から通貨の仕組みを教わりました。どのドル決済ならお得だとか、そういう話ばかり聞いていました(笑)。

だから商売そのものが自然に好きになっていたし、高校生の頃には、自分でネット通販事業を立ち上げたりしていたんです。学校にも通わずに(笑)。

えびや小田島さんの折れ線グラフ

──学校より商売と。
集団生活が合わなかったのもあるでしょうね。その時に某大手通信会社の社長をニュースで見て、「すごい人がいるなあ」と憧れました。自分もあんなふうになりたいなあと。それで大学進学と同時に上京し、その社長の会社に入社したんです。

──順風満帆ですね。
でも、当時はまさにリーマンショックの直後。僕が新卒で配属された人事部での仕事は、“派遣切り”でした。僕は商売をやりたいとは思っていたんですが、それは「モノを売る」こと。誰かの仕事にランクをつけたり、人生を変えたりすることに、どうしても馴染めなかった。

それで異動願いを出して1年で現場に出ました。あの時が一番つらかったですね。

──異動先は販売店ですか。
会社では代理店と言っていたんですが、そこの現場の派遣スタッフたちと、店舗でDPE(撮影した写真フィルムの現像処理)を扱う新事業を企画したんです。その企画が当たって。それでやっぱり、ゼロをイチにする仕組みを考える方が面白いなと実感しました。

──その後、あっさり退職されて「ゑびや」に。
その事業は後に大きく成長したんですが、ゼロをイチにした後のことには、そこまで興味がないというか・・・。常に新しいことをしたい、とりわけ商売をしたいという想いが強く、その時に妻の実家の跡継ぎという選択をしました。

木を基調にした清潔感あふれる「ゑびや大食堂」店内。

「ゑびや大食堂」店内。伊勢海老、天然活あわび、伊勢真鯛、松阪牛などの食材を取り入れ、三重県産の地産地消にもこだわっている。

──地方の老舗店舗の改革スタートですね。これまでの仕事と全く違う飲食店の経営は大変ではなかったですか。
正直、代々受け継がれてきた老舗店であることの大変さはありました。絶対的な人間関係の閉塞感や不毛さみたいなものがつらかった時期もありました。僕がというよりは、その不毛な関係に周囲の人たちがつらくなっていただろうと。

そういった体験から不毛な関係を変えたい、皆を幸せにできる経営に変えたいというのが、改革の原動力でした。

感覚ではない、「データ」で経営改革を >>