社員教育はいつでも試行錯誤しながら正解を探す日々。「迷った時には、畑に行け」と指導している。

藪ノ:先日、御社の「やさい家めい」さんにお邪魔したのですが、非常にお野菜が美味しかったです。どのようなきっかけで生産者と直接かかわっていくというスタイルが確立されたのでしょうか。

渡邉氏:一号店をスタートさせた時から、すべてに対して本気で取り組みたいと考えていました。食材を選ぶ際にも直接農家さんの顔を見ながらお話をしようと、漁師さんともお話をしようと思って実行に移しました。そのような取り組みをはじめると面白いことに、徐々にチェーンが繋がって、ネットワークが広がっていきます。農家さんが農家さんを紹介してくださり、食のイベントを開催すれば、そこでも新しい出会いが生まれます。今では、こちらから働きかけなくとも、みなさんの方からすばらしい食材をご紹介していただけるようになりました。

藪ノ:確かに、ものすごい数のイベントを開催されていますよね。あちらはすべて自社内で企画・運営されているのですか。

渡邉氏:いえいえ。日本野菜ソムリエ協会と連携して進めているものと、自社内で運営するものと、その両方を交互に開催しているといったところですね。

藪ノ:先ほど渡邉さん自らが旗振り役となり、会社を引っ張っているとのことでしたが、日頃からスタッフの皆さんにお話ししていることや、教育についてのお考えをお聞かせください。

渡邉氏:教育についてはいつも正解が見つからず、色々試行錯誤を繰り返しています。例えば、マニュアルを何回も作って運用してきましたがなかなかうまくいきません。ウチは業態ごとにオペレーションに違いがあるので、画一的に指導することが難しいのですね。それで、いつもスタッフに言っているのは、「みんなで畑にいきなさい」ということ。そして、「農家さんの顔を見てきなさい」と。これが一番の人材教育といいますか、気持ちの作り方だと思っているのです。アルバイトも含め、スタッフ全員が「こんな思いをして作っているのか」という思いを共有すれば、食材を大切に扱うようになりますし、朝、農家さんが直接持ってきてくれた美味しいキャベツを一生懸命に売りたくなるし、しっかりサービスをしようと思うようになります。それが私たちにとって、もっとも大切なマニュアルであり、その原点は崩さないようにしようという意識を持っているのです。料理人もサービススタッフも、迷ったら畑に行けと指導しています。朝礼で、接客の基本などは確認しあっていますが、まずは基本を押さえておくことが大切だと考えているのです。

藪ノ:人事評価に関してはどのようなお考えをお持ちでしょうか。

渡邉氏:毎月、評価シートを基に店長とスタッフの間で個人面談を実施しています。自分が何をすべきか、そして何をやってはいけないのかを明確にすることは大切です。やはり、人間は最終的にお金に意識が行きますから、楽しく働くこととお金のバランスを意識しながら働いてもらうことが必要です。

藪ノ:評価基準はしっかり定めておいて、そこに向かって走り出すかどうかは自らが決めていくというスタンスですね。要するに畑に行くのは強制しないけれども、目指すかどうかは自分次第ということなのですね。

渡邉氏:はい、そういうことです。

商業施設を中心に、今後も積極出店を続ける。パートナーとしてデベロッパーの期待に応えていきたい。

藪ノ:昨年、「PIZZERIA Sole&Luna」と「PANINO VINO」といった新しい業態を立ち上げていらっしゃいますが、今後も積極展開をされていく予定でしょうか。

渡邉氏:「PIZZERIA Sole&Luna」に関しては4月には博多でのオープンが決まっており、以降も積極的に国内展開を進めていく予定です。「PANINO VINO」に関しては、まずは路面店としてモデル店舗を出店し、商業施設の方々に見ていただきながらブランドを確立していきたいと思っているところです。

藪ノ:やはり商業施設がキーワードになっているのですね。

渡邉氏:なっています。もう路面店の出店は止めようと思っているくらい(笑)。新しいブランドを作っていくことに注力したいため、AWキッチンに関しては、東京近辺の出店はやめようと思っています。「やさい家めい」に関しては、もう少し増やしたいとも思っています。

藪ノ:大阪といえば、今回、阿倍野の商業施設を選ばれたのは、どのような理由からだったのでしょう?

渡邉氏:競争が激しい梅田にいまさら進出するのも意味がないかなと。どうせ出店するなら面白いエリアがいいなとは思っていました。ちょうどそのタイミングで、近鉄さんから話が来て「待っていたんですよ!面白い場所を!」という話になったのです。近鉄さんが社運をかけて取り組んでいる施設だということで、意気込みも感じますし、ホテルもマリオットが入りますしね。近鉄の社長さまもウチに期待を寄せて下さっていて、記者会見にも一緒に登壇させていただいたりしました。その期待に応えたいと思っています。

業界で働く意義や楽しさを伝えていく役割と自覚。職場環境の改善が業界全体のレベルアップに繋がっていく。


藪ノ:飲食店が不人気業種だといわれますが、それを感じる場面はありますか?

渡邉氏:そうは思いませんね。飲食店の数が多すぎて、人材の需要と供給のバランスが取れていないから、常に人手不足で人気がない業種という印象を持たれているのだと思います。

藪ノ:なるほど。国のデータによると、飲食企業・店舗への転職者のうち、4割が別の業種から流入しているという調査結果があるのですが、業界内での人材の取り合いとなっている以上に、業界外から来ている人材が定着していないようにも見えます。渡邉さんは、講演やイベントを通じて、消費者の方にお会いする機会が多いと思いますが、その活動が食業界の魅力を伝える活動にも繋がるのではと実感することはあるのでしょうか?

渡邉氏:もちろんです。イベントは食そのものの喜びを伝えるだけでなく、飲食業界で働く意義や楽しみを伝える、良い発信地になっていると思っています。先日も、博多でイベントを実施したのですが、実際にそういった声が寄せられて、改めて自分の役割というものを再認識しました。

藪ノ:飲食業界での働き方は、今後どのような変化していくとお考えでしょうか。

渡邉氏:ようやく最近になって、業界内でも労働環境を見直すような動きも出てきました。世界的に見ると、アメリカあたりは労働環境が整備され、一般的にも、“働きやすい良い仕事”になっていますから、日本だってできないわけがない。仕事が好きというだけでは続かないですね。もちろん、会社の中でもトップを取りたいから休みも取らずに働きたいという人もいるでしょうし、逆に年収はそこそこでいいから自分の時間や家族と過ごす時間を大切にしたいという人もいるでしょう。そのどちらにとっても良い職場であるべきなのです。ただキツイだけの職場では、ポテンシャルを持っている人間でも、スタート地点に立つ以前に辞めてしまうかもしれません。ベースを整えることは、店の、あるいは飲食業界全体のレベルアップに繋がっていくことは間違いないと思います。

藪ノ:日本では、働きたい企業ランキングのベスト10には、銀行を始めとする金融業種ばかりで占められていますが、それこそアメリカではベンチャーやNPOまでバランス良くランクインしています。すなわち、それぞれの企業の魅力が均衡を保っており、それが業種を超えた人材の流動性となっていくのですが、人が流動しないことが、日本経済の弱点になっているようにも思えます。

渡邉氏:それは私も感じますね。全体の意識の問題ですよ。業界が変わっていくためには、一人一人の意識変革に始まり、やがて店舗、企業へと大きく波及していかなくてはなりません。当社も個人企業から、組織的な企業へと移行していく時期です。昔のように「チームワークね」だけでは済まされないと思っていますし、リーダーといわれる立場の人間の意識から変わっていかなければ、企業としての成長はあり得ないと思っています。

日本人が手掛ける店の強みを生かしながら海外出店にも積極的にチャレンジ。

藪ノ:今年の2月には「焼きの匠 KOTATSU」を香港にオープンされましたが、今後も積極展開を考えているのでしょうか。

渡邉氏:日本食は注目度が高いですから、もちろんきっちり増やしていくつもりです。スタッフは社内公募し、ビザを取得して現地駐在が決まりました。香港でビザを取るのはなかなか難しいのですが、今回はうまくいきました。

藪ノ:やはり日本の食は世界で通用するという実感をお持ちなのですね。

渡邉氏:それは和食というジャンルに限ったことではないと思うのです。香港で「パスタマルシェ」という店を出店しているのですが、これが非常にはやっていまして。業種がウケるのではなく、日本人の仕事の丁寧さ、食に対する思いというのが、世界的に見てもレベルが高いからだと思うのです。「パスタマルシェ」は90香港ドル、日本円にして1,000円前後のパスタを提供する店ですが、その価格の中で、香港に絶対にないようなパスタを作ろうと、その思いが現地での人気に繋がっているということです。

藪ノ:なるほど。日本人が手掛けることで店の魅力が増すということですね。最後に、渡邉さんがこれまでにもっとも影響を受けた“食のメンター”をご紹介いただけませんでしょうか。

渡邉氏:やはり、第一にあげたいのがグローバルダイニングの長谷川耕造さん。これまでにあった経営者の中でも異質な存在でしたし、大きな影響を受けてきたのは先ほどもお話した通りです。そして、もう一人。箱根にある「オーベルジュ・オーミラドー」のオーナーシェフでいらっしゃる勝又登さん。この方は日本で最初のビストロを作った方で、もちろん、この「オーベルジュ・オーミラドー」も日本初となるオーベルジュですから、まぎれもない食の先駆者です。今年63歳となられる今でも厨房に立っていらっしゃるのですが、食のクリエイターという部分で大きな影響を受けましたし、私のことを非常に可愛がってくださった恩師でもあります。私は、63歳になっても現役で厨房に立つ自信はなかったので、組織として仕事を進める楽しさを長谷川耕造さんから教わったというカタチになりますね。

藪ノ:今日はどうもありがとうございました。お話を伺っていると、渡邉さんご自身の中にダイバーシティ(多様性)がみなぎっているような印象を受けました。

渡邉氏:これまでいなかったような経営者にならないと面白くないと思っています。やはり最盛期のグローバルダイニングに在籍していたことは、私の誇りでもあるので、それに恥じないような存在となっていきたいと思います。

編集後記


対談の中でも挙がりましたが、渡邉社長とお話していて感じたのは、類まれなバランス感覚とダイバシティでした。組織にダイバシティを感じる瞬間は過去にありましたが、個人の方にここまで感じたことは初めての感覚で、とても不思議な時間を過ごすことができました。
また、設立当初の企業理念を現在でも貫いており、今までのキャリアを通してのメンターとの数々の出会いが、独立してからのブレない経営スタイルに繋がっていると想像されました。
(取材:クックビズ藪ノ)

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