木下シェフコラムタイトル

こんにちは。イタリアン料理人の木下です。
最近ときどき、「コラム読んでるよ!」と声をかけていただくことが増えました。ありがとうございます。
「飲食業界で独立を考える料理人に送る10のメッセージ」、第6回のテーマは、「“レストランからバーに転職なんて邪道だ!”は大きな間違い」です。

専門店から、ダイニングバーへ転職して学んだこと

僕は29歳から32歳までおよそ二年半の期間、とあるご縁があり大阪市内の繁華街のダイニングバーで働かせていただいた経験があります。
それまでずっとイタリア料理専門店で働いていた僕にとっては環境の違いから衝撃的なことが多くとてもやりにくくて苦労しましたが、楽しくて勉強になることも沢山ありました。

ダイニングバー

レストランでは、お客様はほとんどの場合、料理を食べに来られますが、バーではほとんどのお客様がまず、お酒を飲みに来られます。
食事を済まされてから来店されるお客様もいらっしゃるので、料理がほとんど出ない日もたまにありました。

バーにもいろいろスタイルがありますが、僕が勤務していたお店は、イタリアンダイニングバーでした。
そしてメニューに載っていない料理をオーダーされるお客様も多かったのですが、そのお店の方針はお客様に「ノーと言わない」精神だったので、基本的にはどんな要望にもできる限り全て応えていました。

イタリアンとしての前菜やパスタ、コース料理を作っている最中に、焼き飯や親子丼といったメニューに存在しない料理のオーダーが普通に入ってくるわけです。
食材や調味料の足りない場合でもオーダーが入ってから買いに行っていたのでとても大変でした。

けれどもそうやってメニューにない料理を作って提供したことで、オーダーされたお客様は必ず喜んで下さっていました。
また、通常のお店の相場よりずっと高値で召し上がって下さいました。

正統派イタリアンでは、喜んでもらえない

僕自身、当時で約9年間お客様に提供するものとしては、イタリア料理しかしたことがなく、まかない料理などで和洋中全般的な料理はしたことがあるとはいえ、商品として提供してお金を頂いたことがなかったので始めはものすごく抵抗がありました。

けれどもそのダイニングバーでは、それまで自分がやってきた素材や調理法にこだわった正統派の料理をしてもあまりウケませんでした。
「美味しい」とは言ってくれますが、なんか薄い反応でした。
そこで少し変わった食材、見ためにも珍しい野菜などを使うと「これ面白い!」と、とても喜んで下さいました。

メニュー

パスタにしても、スパゲッティよりも、波打ったマファルデやねじれた形のカヴァタッピやカサレッチェなど、見ためを変えるだけでとても反応を示して下さいました。

時間と空間を楽しみに来ているお客様が多く、レストランのお客様とは価値観や求めているものが違います。
真っ直ぐの球を投げてもあまり反応を示さず、変化球を投げると絶賛される、といった感じです。むしろ料理に対するこだわり、というものが必要ではなくなってきます。

料理へのこだわりを捨て、お客様の満足を追求する

ずっと専門店で働いてきた料理人にとって、こだわりのない料理を作ることはとても勇気のいることでした。

けれども、バーカウンターの目の前のお客様を喜ばすことを第一に考えると、変なこだわりを捨てることができました。

例えば、ソースやルウなど時間をかけて一から手作りするわけでなく、市販の物を使って早く提供した方が喜ばれるという場合もあります。
お店で提供する料理とは、決して自己満足であってはならないと思います。
そこを割り切って、お客様を喜ばせることを第一に考え料理をすると思い切って遊ぶことができました。

「現実逃避できるパスタ?」のリクエスト

ダイニングバー在職中に、こんな料理を作ったことがありました。

疲れた表情でご来店されたお客様に、「現実逃避できるパスタ作って」と言われました。

僕は出来上がったパスタの皿の上に皿輪をのせ、その上にもう一枚皿をのせパスタが見えないようにし、上の皿にパイナップルの葉の部分だけを立ててお客様の目の前まで持っていきました。

お客様は「んっ!?」と不思議な表情を浮かべていますがそこで上の皿を取り、下のパスタが姿を見せます。
「フルーツトマトの冷製カッペリーニです」と説明し、お客様は召し上がります。

食べ進んでいくとパスタの具材の中にもパイナップルが入っていて、水牛のモッツァレラチーズも隠れている仕組みです。
僕の気持ちの中には「イヤなことを忘れて南の島へ飛んでいって」という思いもありました。お客様は「これ、パイナップルも入ってる!」と驚いていましたが、喜んで召し上がってくれました。

お客様のリクエストには、遊び心を交えたひと皿を

他には、沢山お酒を飲まれてほろ酔いで上機嫌の年輩の女性のお客様に「今の私をイメージした料理を作って」と言われたことがありました。

僕はウコンの入った栄養ドリンクをアルミホイルで包んでお皿の上に横にして置き、そしてその周りに生ハムやパテ、グリッシーニなどお酒の肴となるような物を盛り付けて提供しました。
お客様は途中まで食べ進んで、「これはお肉かソーセージかな?」と言ってアルミホイルを開け中を見た瞬間に、笑い転げて喜んで下さいました。

レストランでは考えられないサービスですが、こういう遊び心でもって料理をしてお客様を喜ばすことのできる空間は、まさにそのダイニングバーの魅力でした。

提供方法を演出して、お客様にサプライズを

料理の提供の仕方も工夫次第で楽しませることができることがよくわかりました。

食べ進んでいくと中からいろんな食材が出てくるように仕掛けたり、仕上げのソースはお客様の目の前でかけたり、デザートのキャラメリゼをお客様の目の前で仕上げたり、お客様にとって非日常的な演出をすることでお客様の心を動かすことができます。

コラム添付用6-3

僕が出会ったダイニングバーのお客様は、面白い時はしっかり笑って楽しんで、面白くない時ははっきりと「面白くない」と言って、人情深く協調性があって優しく、とても人間的なお客様が多かったように思います。

全てのバーがそうとは限りませんが、僕が勤務していたダイニングバーでは「全てはお客様のために」というオーナーの精神や哲学をスタッフが全うし、そしてお客様が自然とお店が一体化するような素晴らしい空間がありました。

自己満足になっていないか?

“サービス業の極み”長く料理の仕事をしていると、いつしか自己満足になってしまい大事なことを見失いがちです。
僕はいいタイミングで素晴らしいオーナーやお客様と出会い、あらためてサービス業の精神というものを学ばせていただきました。

もし、“レストランからバーに転職なんて邪道だ!”と思う方がいたら、そんなことはないと私は思います。
レストラン、専門店という枠にとどまらず、世の中にはたくさんの飲食店があり、お客様が求めるものは異なります。
そういった環境に身を置くことで、お客様の価値観の多様性を知ることができ、料理人にとって必ず自分の糧になることかと思います。

次回は2月7日(金曜)に更新です!
次回コラムは、「子供が生まれた!忙しい料理人パパも、積極的に育児しよう」です。またぜひご覧ください。

<コラム作者紹介>木下誠吾

香川県出身。調理師専門学校卒業後、船上料理人として就職。その後イタリア料理店で、23歳にして料理長を任せられる。レストラン新店立ち上げ、店長兼料理長としてレストラン経営を任せられるも、あえなく閉店。その後、ダイニングバーへ転職し、2010年から「オステリア エ バール インコントロ」の料理長としてオープンから関わり、お店は界隈の人気店として定着。2013年からはイタリアンワイン卸会社へ転職。3年後の独立目指し、今はワインの知識と自身の人間性を高めるべく、毎日仕事に取り組んでいる。家庭では、バリバリ働く妻と4歳の娘がいる。

【連載企画/飲食業界で、独立を考える料理人に送る、10のメッセージ】

転職支援サービス