起業家の両親、自転車の選手だった兄。自身は、15歳で料理の道へ。

ご自身の幼少期や料理人として働き始めたきっかけについてお話をお聞かせください。

シュルピス氏:子供の頃は課外活動に熱心で、学校には居場所があるようには感じられませんでした。祖父母たちは農業やホテルレストラン業に従事していました。そのおかげでいつもみずみずしく自然な良い食材を口にしていました。小さな頃は祖父母のレストランの厨房によく出入りして料理ができていく様を眺めていたものです。両親は共に起業家でしたから皆仕事熱心でした。熱心に働くことは両親から自然と学んだのかもしれません。
私にとっての料理の原風景は、忙しい母が週末になると作ってくれた料理です。朝早くから台所に立って料理していた母が漂わせていた ソース・ナンチュア(※1)の香りが思い起こされます。

私の家族は、4歳年上の兄を中心に回っているところがありました。彼は自転車の選手であり世界的な選手権にもよく出場していました。しかし、私たち家族に深い心の傷を負わせる事態が起きます。兄が世界選手権での事故で選手生命を絶たれる大きな怪我をしたのです。その後の私たちは、何かに打ち込む事でこの苦しみを和らげようとしていました。

この世界に入ったのは15歳の時。ホテル内レストランの研修生として一週間務めました(※2)。そのあとシャンベリー(Chambéry)のレストラン「レソンシエル(L’Essentiel)」でさらに一週間。ここで体験した料理人の仕事のリズムや、過酷さ、仕事の雰囲気には、私を惹き付ける何かがありました。
そののち、当時一つ星のレストラン「ローベルジュ・ラマルティーヌ(L’Auberge Lamartine)」で見習いとなりました。朝早く出勤し、誰よりも遅く勤務を終えていました。たった15歳の若さでこの仕事を始めたのは過酷でしたが、そういった経験をしたことは私の心や知識を豊かにしました。私が初めて自分でソース・ナンチュアを作ったのもこのレストランでのことです。その後に学校での授業の期間で学校へと戻りましたが、できるだけ早くレストランに戻って仕事がしたいと、そればかり思うようになりました。

※1:ベシャメルソースとザリガニの殻をバターで炒めた赤いソースをベースに作られるソース。

※2:フランスでは学生に社会経験を積ませる為の研修が存在し、中学生は最終学年で二週間の研修が義務となっている。自分で志望する企業を決め実際に働いて実務経験を積むのが一般的である。

世界観の建設者(アーシテクト)、マーク・ヴェラ氏との出会い。

シュルピス氏:そんなある日、テレビを見ていてマーク・ヴェラ(Marc Veyrat)氏(※3)のことを知りました。トレードマークである黒い帽子をかぶったヴェラ氏は、私と同じく自然に対する熱い想い入れを持っていました。
私はそこで働く為に手紙を書き送ることにしました。自分に出来る限りの美しい筆致で、青い便箋に手紙を綴りました。周りの誰もが、「返事など来るはずがない」と思っていましたね。しかし、そうはなりませんでした。手紙には15日後にマーク・ヴェラ氏自身からの電話というかたちで返事が来ました。その電話によってものの数分で私が働き始める日にちが決まりました。

私は躊躇することなく、それに同意しました。しかし、仕事の帰り道に見習研修がその日までに終わらないことにはたと気づきました。どうしたものか、悩みました。
周りには「見習研修を終わらせたほうがいい。」
「まだ君には職務を全うするだけの十分な経験がないんじゃないか?」
と言う人もいました。しかし、私は自分自身の声だけに耳を傾けました。そして1997年の運命のその日、私はマーク・ヴェラ氏の店である「ローベルジュ・ドゥ・レリダン(L’Auberge de l’Eridan)」にいました。このお店は1995年に三つ星を獲得したばかりでした。

ヴェラ氏の元では、料理の全ての方法が異なっており、今まで自分が全く料理を習った事が無かったかのような印象をうけました。6ヶ月程を費やして、ブイヨンやエマルジョンやムース・オ・シフォンといったものの新しいやり方に慣れることができました。

※3:1950年生まれ。Annecyアヌシー市出身。レジオン・ドヌール勲章授章者でもある。ミシュランガイドにおいて二店で三つ星獲得の偉業を成し遂げる。ゴーミヨ(Gault et Millau)では2003年と2004年に前人未踏の二度の20点満点。フランスでは伝説的な料理人として知られる。

マーク・ヴェラ氏は二つの店でそれぞれ三つ星獲得、ゴー・エ・ミヨーで二度の20点満点という前人未踏の偉業を成し遂げました。フランスでは伝説とも言える人物ですね。どんな方なのでしょうか。

シュルピス氏:ヴェラ氏は、果てしなく厳格で、鋭いセンスを持ち、味に関する並外れた知覚を持っています。常に何かを検討して絶え間なく次々と新しいレシピを生み出していました。
マーク・ヴェラ氏は広い心を持った人です。多くの素晴らしい料理人を輩出してきました。彼のそばで働けた事は私にとって今でも誇りです。彼はサービスから一度も離れた事はありません。人生をお客様たちに対して捧げているのです。
そして、マーク・ヴェラ氏は彼のユニークなレストランの世界観の建設者(アーシテクト)です。私に料理に向かう気持ちを涌き起こらせました。

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