『ワクワクで満たされる世界を』というビジョンを持つANAグループのなかで、インハウスケータリング会社として『食』を通じてワクワクを体現していく「株式会社ANAケータリングサービス」(通称:ANAC)。機内食・ラウンジ・外販といった方面から「ANA」の料理の美味しさを伝えています。
ブランド力向上を担うのは取締役総料理長の清水誠さんです。調理の指揮をとる取締役総料理長に、航空業界の料理事情についてお話をお伺いしました。
▼プロフィール
清水 誠(しみず まこと)さん/千葉県出身・60歳
株式会社ANAケータリングサービス 取締役 調理統括室長(ANA総料理長)
これまで主にホテルでの調理を経験し、さまざまな分野での料理長も務めた後、2010年「株式会社ANAケータリングサービス」(以下:ANAC)に入社。メニュー開発や海外担当シェフを経験し、川崎工場、成田工場の部長を経て、2017年に洋食統括部長に就任。2018年には同社の入社でプロパーとして初となる執行役員となり、調理統括室長・総料理長として従事。そして2023年4月より、取締役総料理長に就任しています。
インタビュー動画
ホテルシェフからの「ケータリング」
──ANAC入社までの職歴を教えてください
調理師の専門学校を卒業し、ホテルでの調理がスタートです。途中、町場のレストランで働いた時期もありましたが、その後、同じホテルに出戻りしています。当時では珍しいことでした。
しばらく勤めているうちに、全日空ホテルがオープンするという話があり転職。約20年間、調理業務を行いながら、鉄板焼・創作料理レストラン・バンケットなどさまざまな部門で料理長を務めてきました。
そして2010年、ANACに入社しました。これまでの経験からメニュー開発の幅も広がりましたし、失敗や困難に出くわしたときでも即対応ができる判断力や順応性が身に付いていたと思います。
──ANACへの入社のきっかけや決め手はどういったことでしたか?
勤務していたホテルが外資系となり、ホテル内の様子も様変わりしました。その変化に少し悩んでいたところ、以前ANACで総料理長をされていた方とアドバイザーだったシェフから、『違う業態でやってみたらどうだ』と声をかけられたのがきっかけです。
当初、ケータリングでお弁当を作るということに気乗りはしていなかったのですが、話を聞くうちに「単純ではない」ということが分かってきて、入社を決意しましたね。
初めての業態ということもあり、正直未知の世界です。不安な部分と、今までの経験があれば料理人としてやっていけるという想いもありました。
ANACでも「料理を作る」ということには変わりはないので、持っているチカラを振り絞れば何とかなる!と思いながらやっていました。
ANACに入社しプロパーで初の役員就任
──ANAC入社後のキャリアについて教えてください
担当課長という立場で入社し、現場業務をしながらメニュー開発も担っていました。ANACが空港ラウンジも担当すると決まった際には、初代シェフを任されるなど色んな経験をさせてもらいましたね。
機内食は日本発だけでなく海外発もあり、世界各国のケータラー(ケータリング会社)さんと契約しています。そして各地のケータラーさんが作る料理の指導を担当するシェフもいます。私はその役割を長年やってきましたので、当時ANAが就航していた47都市には殆ど行きました。とても良い思い出です。
──総料理長のお仕事としてはどのような業務をされていますか
ANA以外にも、外航といった外国のエアラインも手がけていますので、それら全てのメニューを監修しています。
自分で調理することもありますし、機内食やラウンジ、外販といった新商品のメニューを考案しています。また、現場のシェフやスタッフたちとコミュニケーションをとりながら、状況の確認や悩みなどの相談も受けています。
ANACは「食」が中心の会社ですので、調理が会社を回しているという自負があります。ですので、調理人の教育をするために【調理アカデミー】を立ち上げました。調理技術を撮影した動画を配信したり、観て覚えるだけでなく実技も教えています。そのほか、講習会も開催しています。
──同社のプロパーとして役員登用されたということで、どういったところが抜擢につながったのでしょうか
ANACはANAのグループ会社であり、会長や社長、取締役といった役員はANAからの出向者で構成されてましたが、当社初のプロパーとして私が執行役員に就いたカタチになります。
入社当初から執行役員にはなれないと半ば諦めていましたが、風習に沿るのではなく、しっかりと評価していただけたことに感謝しています。
そして、執行役員として認められたのは、やはり「食」です。自分で言うのも恥ずかしいですが、“料理”を武器にして、実直に向き合い、人を育てる。何より料理を大切にしていることが評価されたのかなと思っています。
──【機内食】で大事にされていることは?
もちろん「味」を大事にしています。和食・洋食ともに、各部門ごとに担当シェフを配置しており、「味」の維持・向上に務めています。
海外発の機内食にも担当のシェフがいます。アメリカやヨーロッパ、中国やアジアなど、各エリアを担当するシェフが定期的に現地に赴き、味をチェックしたり、メニューを決めたり、衛生管理やクオリティを確認します。そういった取り組みを重ねながら、ANAの料理の美味しさを海外発でも作れるように指導しています。
──【ラウンジ】で大事にされていることは?
ラウンジの調理は担当シェフがおこないます。空港のラウンジにはさまざまな国の方がいらっしゃいますし、搭乗前という時間が無い中での食事でもあります。だからこそ一口食べただけで「美味しい!」とインプットさせるようなメニュー構成にしています。
変わりゆく航空業界に挑戦していく
──「ANA」含め、航空業界はどのような変化が感じられますか?
私が総料理長に就任したとき、ANAは右肩上がりの成長をしていました。就航地をどんどん増やそうという勢いが凄かったですね。いろんな方面でチカラを入れていましたが、コロナ禍となり航空業界全体が非常に困った状況になってしまいました。
そんな最中でしたが、たくさんの助けをいただいたのと努力の甲斐もあり、2022年度の後半くらいから回復傾向に向かっているという状況です。
──機内食の影響などはいかがでしょうか?
コロナ禍では、たくさん用意した食材やフローズン化している料理もありましたので、何万食という食事が余ってしまい大変困りました。
ただ、これを放って置くわけにはいかない。どうしようかと悩み、社内やANAグループ全体で相談した結果、外販を仕掛けることになったんです。
それがANAのネームバリューもあって、ものすごい勢いで売れて、大ヒットです!知恵が功を奏して、運営を維持することができました。
──ANACの他社との差別化というのはどういったところでしょうか?
機内食というと、期待されていなかったり、簡単な食事というイメージがあるかもしれません。しかし、当社で活躍しているメンバーには、元ホテルシェフやレストランシェフを経験したチカラのあるスタッフがたくさんいて、ひとつ一つの料理に真剣に向き合っています。
ですので「空の上のレストラン」という風に言われるほど、地上のレストランに負けない料理を提供しているのが当社の特徴です。手前みそになってしまいますが、味や見た目に自信をもって、お客様にお出ししています。
──今後ANACとしては、どんな変化をしていきたいとお考えですか?
コロナ禍で大きな打撃を受けて少し衰退化していましたが、今はまた航空業界が伸びてきています。
2019年に、SKYTRAX社による「World Airline Awards」にて、国際線ビジネスクラスの機内食を評価する「Best Business Class Onboard Catering」で、航空会社で世界一になり、栄誉のある賞をいただきました。まずは、そこを目指し、超えていけるような仕掛けをしていきたいと考えています。
機内食は提供にあたっての制約がたくさんありますので、それらを守りつつ、もっともっと私たちが考案するメニューを進化させていきたいですね。味や見た目の工夫をしながら、ANACの料理を成長させていきたいです。
──清水さんにとって『機内食』とは?
機内食は非常に難しいです。地上のレストランとは異なり、厳しいルールがありますし、最終提供はCAさんに託しますので、前もって盛り付けておいた料理が崩れないようにしなければいけません。
その難しさを乗り越えながら、何千食・何万食という食事を仕上げていますので、いただいた評価は自信ややりがいに繋がっています。
ANACで働くということについて
──ANACで調理の仕事をするうえでのやりがいや楽しさは?
航空業界の特殊なルールや業界用語を覚えながらスキルを身につけていくことになります。機内食という特殊さを楽しめることができれば、やりがいは見えてくると思います。
──職場の雰囲気や人間関係の構築といったところは?
私たちの料理は一人で作るものではなく、みんなで作っています。そのみんなで「今どういう状態になっているか」「美味しく出来上がっているか」というコミュニケーションを取りながら業務にあたるようにしています。
自分ができないことは「お願いします」と頼んだり、相談もしています。まずは、自由に話し合える環境づくりが大事ですね。業界特有の難しい言葉もありますので、悩んでいるメンバーがいたら積極的に声かけをしています。そのうえで、一つひとつの料理を大切に手がけています。
──スタッフの頑張りはどういったところで評価されるのですか?
美味しさの追及をしながら、不具合はないか、未搭載はないか、ミスがないか…という部分も評価に加わります。
調理の技能試験で合格すればステップが上がるという仕組みもできていますし、個々での目標を設定し、達成したレベルでの評価も行っています。
──仕事上またはそれ以外ででも、ANAのネームバリューやブランド力を感じるようなことはありますか?
当社は国内2大航空のひとつという位置づけの認識でいます。そういった意味ではブランド力は非常に高いですし、外販で機内食を販売した際は、120万食を売り上げることができましたので「ANAの料理が美味しい」と多くの人に知っていただくこともできました。
「ANA FINDELISH」というブランドの商品も右肩上がりで売上好調です。それはやはりANAのブランド力だなと思います。
そして、ANAのブランド力を私たちが支えているんだなと自負しています。
私は長年、フランス料理の発展・普及などをおこなっている「エスコフィエ」の活動に参加しているのですが、700名程のシェフが集まる晩さん会では皆さんからの見方が変わったなという実感があります。名刺を交換する際にも「ANAさんなんですね」と、お言葉をいただくようになり、ブランド力を感じています。
まとめ
2023年4月から取締役総料理長に就任された清水さん。ANAグループの一員である株式会社ANAケータリングサービスに入社し、初めてプロパーとして役員になった方です。
同社の主軸ともいえる「食」と実直に向き合い、人間関係の構築も大事にされています。取材では、清水さんのおおらかな雰囲気にその場が包み込まれる感じがしました。
機内食は料理界のなかでも異なるイメージがあるようですが、最近はメディアでも取り上げられるようになったり、料理の素晴らしさを認めてもらえるようになり嬉しいですねと仰っていたのが印象的でした。
コロナ禍による大きな影響を受けた航空業界ですが、機内食・ラウンジ・外販を通じて、「ANAの提供する料理は美味しい」ということを広めていくこと。
そして、ANAのブランド力を高めながら、そのブランド力をANACのスタッフが支えているということが、これからの「ANA」の成長を支えていくのでしょう。これからの仕掛けがとても楽しみです。
クックビズ総研
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